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リュキアの小人  作者: 五十鈴 りく
5♦リュキアの小人

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20/23

5-2

 リーンハルトの部屋からヘリポートまではエレベーターに乗ればすぐらしい。それは緊急時、速やかに避難できるようにとのことだろう。ガラス張りの卵のようなカプセル状のエレベーターに三人で乗り込む。セントラル・ビルディングの上層からは島を一望できる眺めだ。いつの間にか空は鈍色に、太陽は翳りを見せている。それでも緑の広がる島は美しい。


 ミアの知る、小さな世界。

 ミアは他の世界を知らない。

 この島はミアにとって楽園であったのか、キメラたちと同じように檻であったのか。今となってはもうわからない。


 ミアたちが乗るエレベーターのカプセルの部分が横に動いた。トンネルに差しかかって少し暗がりになり、それが途切れた時、エレベーターのカプセルが止まり、そして縦に割れるようにしてカプセルが開いた。

 明るいライトに照らされた収納庫は、ミアが思う以上に広かった。あの日エンリヒの館の上空を飛んでいた深緑色シングルローターのヘリコプターが、床に描かれた緑色の丸の中央にあった。それともう一機。ミアがその機体をぼんやりと見つめると、リーンハルトがエンリヒに訊ねる。


「エンリヒ、燃料は館への往復くらいなら残ってたね?」

「はい」

「じゃあ、頼むよ」


 そういえば、燃料庫が開かないと言っていた。この機体に搭載されている燃料で最後なのだろう。もう一機の燃料はもしかすると切れたままなのかも知れない。

 エンリヒがヘリコプターの重たそうな扉をリモコン操作でスライドさせて開いた。真っ先に乗り込み、正面の操縦席へ。続いてリーンハルトが機体に足をかけ、そしてミアに向かって手を伸ばした。


「ミア」


 リーンハルトはいちいち手を貸してくれる。管理者として逞しく戦って来たミアはそれに馴染めないけれど、ほんのりと嬉しい気持ちはあった。その手を取ると、リーンハルトはミアを引っ張り上げ、そうして席へ座らせた。その隣の座席に座ると、シートベルトを音を立ててはめる。ミアもそれに倣うと、リーンハルトがそっとうなずいた。


 その様子を確認し、エンリヒはヘリコプターを起動する。ヘリポートの遠隔操作も同時に行っているらしく、プロペラが音を立ててゆっくり回転を始めると、ヘリポートの天井が割れ、床がせり上がる。

 そうして、一機のヘリコプターが曇天に浮かんだ。ミアはその内部から、初めての浮遊に軽く痙攣する体と心をなんとかして落ち着ける。ぎゅっと目を閉じると、リーンハルトが隣から突然ミアの手を握った。


「大丈夫、落ち着いて」


 リーンハルトがそう言ってくれると、不思議と大丈夫だと思える。ミアはクラインのこともリーンハルトのこともすぐに信じてしまう、そうした愚かな性質なのかも知れない。けれど今は信じられるからこそ、気持ちが楽になったような気がした。


 ヘリコプターから見下ろす島の風景の中、ミアたちが暮らした宿舎は、一部の骨格だけを残して黒く焼け焦げていた。爆発が起こったということは事実なのだ。その猛火は周囲の木々も焼き、あれが元通りに戻ることはあるのだろうかと思わせる悲惨さである。むしろ、あの一角だけで済んだのは、対応の迅速さだろうか。

 あそこでケヴィンたちは死んだ。即死でなかったなら、苦しかっただろう。


 けれど、もしかすると、ミアたちが出かけたままであったように、彼らも出かけて不在であった可能性はないだろうか。そう考えたけれど、その場合、キメラに狩られたかも知れない。檻から逃れたキメラは自由に敵を駆逐し始めるのだろう。けれど、そのキメラも管理者なくしては生きて行けないのだから皮肉なものだ。



 程なくしてエンリヒの館が見えた。上空からあの館を見たのは初めてだ。屋根の色は焦茶色だったのかとぼんやり思った。みんなと戦ったあの噴水の前、ヤンと剣の手入れに行った裏手、夜にベッドを借りた使用人たちの小さな離れ。すべてがよく見えた。


 エンリヒはその場で機体を旋回させた。屋敷の裏手にヘリコプターを着陸させるつもりのようだ。

 ふと、ミアは正面の門を見遣った。門は閉じられていた。アヒムがしっかり管理してくれているのだろう。


 ディートリンデたちと顔を合わせたら、カルラのことも詫びなくてはならない。一人生き残ったミアにしか、それはできないことだから。

 ヘリコプターは降下し、細かな粉塵を巻き上げながら無事に着陸する。その軽い衝撃をミアは体を僅かに浮かせて軽減した。隣でリーンハルトがシートベルトを外す気配がした。ミアがそれを眺めていると、リーンハルトはミアのシートベルトも外してくれた。


「さあ、会いに行こう」


 その力強い言葉にミアはうなずく。扉から、段差を飛ぶようにしてリーンハルトは芝の上に降り立った。そうしてまたミアの手を引いて降ろしてくれた。

 ただ、ミアが降りてすぐ、リーンハルトは自分の制服の上着の内側を探るようにして触れる。そこにあるものをミアは垣間見てしまった。木目と黒鉄が合わさった銃身が、皮のショルダーホルスターに収まっていたのだ。

 今、何故それを確かめるのか。あの拳銃の中に弾は込められているのか。


 愕然としていると、エンリヒも操縦席から降りて来た。背後でヘリコプターの扉がスライドする。

 リーンハルトはエンリヒに視線を流す。そこには笑顔の名残すらなく、厳しさだけが際立って見えた。けれど、それこそがリーンハルトである。孤高の、高貴な、彼本来の美しさである。

 ぞくりと身を震わせるミアに構わず、リーンハルトは言った。


「エンリヒ、アヒムはどこにいる?」

「……093は地下に」


 淡々とそう答えた。


「地下?」


 思わずミアが目を瞬かせても、エンリヒはミアなど存在しないかのように振り向かない。リーンハルトはうなずいた。


「わかった。会いに行こう」

「はい……」


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