5-1
終章になります。
5-5で完結です。
ホムンクルス。
耳慣れないその言葉。
「けれど、こんな製法で人が作り出せるはずがない。誰も信じなかったけれど、現にクラインは存在する。フーゲンベルグが行った施術は記載されている部分は一部で、全貌は秘匿されているのだと思う。もしくは彼ではなく、生み出されたホムンクルス自身が秘匿を行ったのかも知れない」
リーンハルトはミアにもわかる言葉でそう伝えてくれた。
クラインはフーゲンベルグの作り出したホムンクルス。ミアをきょうだいと呼ぶ――。
作られた命のクライン。
クラインはフラスコの中で何を思ったのだろう。フラスコの中から何を見たのだろう。
すべてを識るクラインは何を望んだのか。
ミアはその心を忖度する。けれど、そう簡単にわかるものではない。無知なミアにはクラインの心などその一端ですら触れることができないのだ。
「この島のどこかにいる。ミア、君だけが手がかりなんだ」
そう重ねられても、ミアにも確かな答えがない。リーンハルトが必死であることはわかるけれど――。
一度眠ってみたらクラインはミアの夢に現れてくれるだろうか。それとも、リーンハルトを信じたミアは、クラインにとってすでに裏切り者であるのか。
そこでリーンハルトは小さく息をついた。あまりにミアが思いつめた顔をしたからだろう。
「焦ってすまない。……そうだね、君は今、何をしたい? 少し気を楽にしてもらった方がいいみたいだ」
したいこと――。
急にそう振られても、結局のところミアは返答に困るのだ。末端の管理者であり、活動していた時の自分は、もう少しとっさに判断し、動けていた。戦う必要のない自分はこんなにも愚鈍かと、どこかでミア自身さえも呆れていた。
ミアたちのやり取りを、エンリヒは口を挟まずにただ聞いている。聞いているのかすら怪しいほどに何も言わない。それは、リーンハルトの決定に異を唱える気がないからだろうか。じっと直立し、成り行きを見守っている。けれど、何を考えているのか、正直なところは見当もつかない。
エンリヒはどうにもミアが気に入らないのだ。それはフーゲンベルグとは関わりのない部分であっただろうけれど、そこに更なる嫌悪が上乗せされたような気がした。
そんなエンリヒを意識しつつ、ミアはようやくしたいことをひとつ口にする。
「アヒムに会いたい。バルツァー管理官の屋敷にいるから」
そうだ、アヒムに会いに行きたい。エーディトたちの死の悲しみを分かち合えるのはアヒムだけなのだ。それに、賢いアヒムならば何かを教えてくれる、そんな気がした。アヒムはいつもそうだ。物静かにそこにいてくれる。
「アヒム……。ミアのチームメイトで、もう一人の生き残りだったね?」
リーンハルトが自分の言葉を咀嚼するようにつぶやいた。ミアはその唇の動きに目を向けながらうなずいた。
「ナンバー093ですね」
いちいち言い直すエンリヒにミアは苛立ちも覚える。そういう風に呼ばれたことのないエンリヒにはきっと気持ちはわからないのだ。不思議なことに、それ以上に高貴なリーンハルトの方がミアの心を気遣ってくれる。
「ミア、アヒムはどんな人なんだい?」
「え? アヒムは……多分チームで一番賢かった。端末の操作とか、全部アヒムに頼ってたし……。でも、戦闘は苦手で、小柄で大人しくて口数も少なくて、前髪でいつも目を隠してるのは、目を合わせるのが嫌いなんだと思う……」
アヒムは今、どうしているのだろう。エンリヒの使用人たちと一緒にいるのだろうけれど、人見知りなアヒムが溶け込めている気はしない。ディートリンデのような大人びた女性もいることだから、気遣ってもらえているとは思う。そうあってほしいとミアが願うだけだろうか。
「ミア、僕もアヒムに会ってみたい。一緒に行ってもいいかな?」
突然、リーンハルトがそんなことを言った。エンリヒがまた嫌な顔をすると、そう思った。
けれど、恐る恐る盗み見たエンリヒは、何かを堪えているように見えた。じわりと額に汗が滲んでいる。何が彼をそうさせるのか――。
「あたしが決めることじゃない。あたしはただアヒムに会えたらそれでいい」
それだけを言うと、リーンハルトはうなずいた。けれどその目に煌めく光には、ミアの不安を煽るだけのものが潜んでいる風にも感じられた。
「ありがとう。エンリヒ、急ごう」
「はっ」
一礼して背を向けたエンリヒ。退室しようとする彼を尻目に、リーンハルトはミアに促す。
「さあ、行こう」




