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リュキアの小人  作者: 五十鈴 りく
4♦妄信の咎

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17/23

4-3

 そこから状況が動いたのは昼下がりのこと――。

 ミアを部屋に残し、リーンハルトは去った。もともとゆっくりと食事を摂れるような立場の人ではないことをミアもようやく思い出した。


 少しだけこのまま待ってほしいと言われたのだ。ミアとしてはとにかく、アヒムに会いたい。エーディトたちがいない今、現実ではアヒムが一番気を許して話せる相手なのだ。けれど、彼はエンリヒの館にいる。ミアがいるのはセントラルで、キメラがうろついている中を一人、徒歩で向かうのは難しい。


 取り残された部屋の中、ベッドを背もたれに床で膝を抱え、あれやこれやと考えを巡らせていたミアのもとへ駆けつけたのは、リーンハルトではなくエンリヒであった。リーンハルトのように入室を断ってくれるでもなく、扉は唐突に開く。


「バルツァー管理官」


 ミアはその長身が室内に踏み入った時、とっさに立ち上がった。顔が険しいのはいつものことだ。だから何も気に留めなかった。エンリヒがミアを連れ帰ってくれると思ったけれど、事態はそう簡単なことではなかった。

 エンリヒは猛禽類を思わせるほどに鋭い目をミアに向け、そうして押し殺した声を漏らした。


「宿舎で火災が発生した」

「え?」


 あまりに唐突なことで、ミアは頭がまるでついて行けなかった。首から上がどこかに置き去りにされたような感覚でそこにいた。


 宿舎で火災が発生したと言う。けれど、詳細がまだわからない。どの程度の規模なのか、死傷者はいるのか――。曲がりなりにも戦闘訓練を受けて生きて来た管理者たちの宿舎だ。そう大事には、と希望を持ちかけたミアを見透かすように、エンリヒの目がその希望を打ち消す。最初から、エンリヒの面持ちにすべての答えがあったのだ。


「つい一時間ほど前のことだが、内部で爆発が起こったのを確認したそうだ。入口は閉じたまま、管理者たちが外へ出た痕跡はない。現在消火に当たっているが、火元も現段階では絞れていない」


 外へ出た痕跡はない。つまり、ケヴィンたちもまた炎と煙に巻かれて命を落としたと言うのか。

 呆然と立ち尽くしたミアの脳裏に、今朝の夢がフラッシュバックする。


 ――僕が終わらせるから。


 クラインはそう言ったのではなかったか。終わらせるという言葉の意味は、こういうことだったのだろうか。だとするならば、ケヴィンたちを焼き殺したのはクラインだということになる。

 ミアの兄弟、唯一の味方のクラインが。


 けれど、何故。

 ケヴィンたちがミアの敵だとクラインは判断したのだろうか。寝食を共にした仲間であるはずの彼らでさえ、クラインにはミアの敵に見えたのか。


 ぞくり、と体の芯から冷え切った。ミアは思わず自身の両肩を掻き抱く。

 もし、クラインが起こしたことだとするのなら、終わらせると、そう言ったクラインを止められるのはミアだけであったのではないだろうか。それをミアはクラインを信じることで考え込むのをやめた。ただふわりと漂い、任せた。その結果がこの惨事ではないのか。


 そもそも、クラインは何者なのか。

 ミアはそれをもっと真剣に突き止めなければならないのではないだろうか。

 言葉をなくして震えるミアに、エンリヒは冷ややかな視線を注ぎながら続けた。


「管理者の中で生存しているのはお前と、093だけということになる」


 アヒム――。

 彼に会いたい。会って話をしたい。


「彼に宿舎の火災のことは?」

「まだ伝えていない」

「アヒム……093はまだ管理官のところですね? 会わせて下さい」


 エンリヒならば、今はそれどころではないと答えると思った。けれど、そうではなかった。深々と嘆息すると、広い手の平を額に当てた。どうにも疲れて見える仕草であった。


「……私がこの島へ赴任したのは副総帥と同時期――二年前のことだ。それまでの前任者のデータはすべて受け継ぎ、保管して来た」


 データとは、キメラ研究に関するものであろう。今、何故エンリヒがそれを語り出したのかはわからない。けれど、無駄なことを語る人ではないと思うから、ミアは大人しく続きを待った。


「エリアB前任者はフロレンツ・フーゲンベルグ。根っからの研究者気質で気難しく、人付き合いも上辺ばかりで深くは好まなかった。そうして、海に身を投げて生涯を閉じた。私が直接彼に会ったことはない。彼は独自の研究を重ねていたが、誰もがそれに賛同することはなく、認められないが故の投身であったとされた」


 エンリヒの前任者。二年前というのなら、ミアは彼を知っているはずだ。生まれてからこの島を出たことのないミアなのだ。ずっと、管理者として生きて来たのだから。

 そこでふと、ミアはエンリヒの前任者のことを思い出そうとしてみた。けれど、まるで何も浮かばない。そのフーゲンベルグという管理官のことだけではない。過去のことをどこまで遡れるかといえば、せいぜいがその二年前である。ミアは気づけば管理者であり、自然とそう生きて来たつもりだった。ただ、どのようにして管理官になったのか。それが思い出せない。


 子供であったミアはどこにいたのか。誰といたのか。

 思い出せない。知らない――。

 そのことに気づいてしまった。


 浅く呼吸を繰り返し、脂汗が額に滲むのを感じた。エンリヒはそんなミアに続ける。


「今、副総帥はそのフーゲンベルグの残した研究結果(・・・・)がこの島の脅威となっているのではないかとお考えだ。お前には『印』がないと言う。お前が『小人』か?」

「え?」


 小人。それが元凶だと言うのか。

 小さき者――クライン。


 震えが体の芯から沸々と湧き上がるようにして表面に現れる。そんなミアをエンリヒはどう思ったのだろう。射るような視線は変わらない。


「あ、あたしは――」


 違う。

 流されるままにただ生きているだけだ。

 けれど、クラインを信じ、何も考えなかったミアはこの島にとってはクラインと同じ害悪なのではないだろうか。

 ずきり、と頭が痛む。激しく打つ心臓が負荷を訴えた。



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