Lienhard
『お前が私の跡を継ぐのだ。私の家を、財産を、研究を、思想を、すべて――』
リーンハルトはミアを部屋に残し、それから一人で隣室のコンピューターパネルと顔を突き合わせていた。リーンハルト専用のコンピュータールームである。
メインコンピューターは依然として変わらず、クラッキングの痕も完全に修復できたとは言えないけれど、コンピューターそのものは生きている。
ただし、本土との連絡は取れず、メインコンピューターから得られる情報にも限りがある。それでも、調べなければならないことは山ほどあった。
リーンハルトは、先ほどの会話で得た情報の中に手がかりがあると思えたのだ。ミアの言葉の中に。
だから、管理者たちの個人データを開いた。
先ほどミアの口から出たナンバー093。そのページを開いてみる。
ぶわん、と小さな電子音がして開いたページは、目元を長い前髪で隠した少年のものだ。ミアはアヒムと呼んでいた。
この少年が所属するのはエンリヒの担当するエリアB、チームⅣ。リーダーはナンバー080。
そのページへ飛ぶ。
すると、そこにはまっすぐな髪を持つ、つり目がちな少女の顔が映し出された。先ほどまで、リーンハルトを見つめていたあの瞳だ。
けれど、そのページに書き込まれているはずのミアの情報は、文字化けしてしまってまるで読めなかった。
「どうして……」
リーンハルトは愕然としたが、誰も答えてはくれない。どうにかして解こうとしても、文字はリーンハルトを嘲笑う。
そうして文字は、カーソルから逃れ、踊るように文字が画面から逃げ出した。ウィルスがデータベースを侵略しているというのだろうか。
今ならばその間隙があったとしても不思議ではない。
責任者として、この状況は自分の失態である。
ただ、誰であったらこの事態を回避できたのか教えてほしいとも思う。
リーンハルトの祖父は本土で機関の総帥を務める。自分はその後継者として幼少期より教育されてきた。
このリュキア島へ向かわされたのも、経験を積めということだった。
親とはもう十年以上顔を合わせていない。現在、どうしているのかもよく知らない。聞くところによると、祖父に歯向かい絶縁されたらしいが。
両親はそれほど優秀ではなく、リーンハルトが特別だった。だから祖父は孫を幼いうちから手元に置いたのだ。
子供らしい遊びとは無縁に、祖父の機嫌を取りながら大人に囲まれて過ごした。
結果、同世代の相手と話すこと自体が珍しく、多少の戸惑いもある。
ミアたちはむしろ同世代の相手とばかり接しているから、変に畏まらない方が話しやすいだろうと無理に親しみを向けてみるが、向こうがどう感じているのかはわからない。
もしかすると、副総帥という仮面を被って接する自分は滑稽なだけかもしれない。
――それにしても、データの異常がミアのところだけというのが気になる。
他のページになるとデータは正常に映し出されるのだ。
彼女には何かがある。
そのことに少しだけ納得してしまった自分もいる。
キメラの檻がまた開き、そのせいでひどい怪我を負った彼女。
ヘリコプターで飛行中に上空から見つけ、キメラを撃ち殺して救った。彼女だけしか助からなかったけれど、あのキメラに襲われて一人でも生きているだけ僥倖とも言えた。
血塗れの彼女を見つけた時、最初は人に任せるつもりだった。
けれどふと気になって、リーンハルトは彼女の背中の血を拭いつつ、『印』を探したのだ。そこにその印はなく、これが何を意味するのかがわからなかった。だから、自らの部屋にまで連れ帰ったのだ。
エンリヒの館には、エンリヒの前任者のデータが残っている。
そこになんらかのデータがあればいい。エンリヒに探してくれと頼んだのだ。
――不思議な彼女。
夢見るような瞳で見つめて来る。
あの瞳の奥には何が眠るのか。
彼女の存在が鍵となる。
少なくとも、リーンハルトにはその予感があった。
【 3 ――To be continued―― 】




