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二十日目~狼狽~

時計の針が午前十時を指す土曜日。

結城は、ずっと布団にその身体を潜めて、起きてからそれまでの時間を過ごしていた。

点けられていない照明と、陽を遮るように閉ざされたカーテンが、その部屋を時間帯にそぐわない明るさに落としていた。



目覚めてからすぐに、彼女の起床に気づいた家族から金曜日の自分の様子を聞いた。

自分の身体は熱を出し、時々うなされたような声を出し、昼食以外の一日の殆どを眠って過ごしていたのだと言う。

まだ本調子で無い、と言い訳をして、半ば言い争うようにしてベッドの中に居続ける権利を勝ち取った。

空腹という感覚はあったが、新しく栄養を摂取する気力は、疲れと、昨日の夢が剥奪してしまった。



(……連絡、きてる。)



光を放つ携帯を開いて、その画面を、重い瞼で見つめた。

未読のメール三件、不在着信が一件、と画面の表示に現れている。

だが、彼女は折り返そうとも思わなかった、メールの中身を確認しようとも思えなかった。

そうする意味も理由も、今の彼女には無かった。



携帯の画面が放つ光が目を突き刺す、遮るようにゆっくりと片手で閉じると。

無気力な身体が誘う眠気に自身の意識を委ねたくなった。



目を閉じて、彼女の感覚で5秒ほどの後に、それを阻害するような細かい振動が手元から伝わった。

発信してきた相手の名前すら見ないで、拒否のボタンを一度押して布団を完全に被り頭を隠す。



それでも、無礼にも彼女を責め立てるように、表の世界へ引きずり出すように携帯は再び鳴り出した。

ぎゅっと布団を握り締めて、それを一度やり過ごす。

そんな彼女の苛立ちを感じ取っているのかいないのか、三度目の振動が始まった。

乱暴に開いて、応答のボタンを強く押す。



「何回もしつこいな!いい加減にしてよ!」

「……う、あ、その……すま、ない。」



ぼそりぼそり、と怯えたような調子で聞こえたのは海部の声だった。

言葉を告げられないまま、黙り込んでいる相手に痺れを切らして、結城が問う。



「……何の用事、どうでもよかったら切るけど。」

「その、なんだ、他の奴らとは連絡取れたのに、お前と悠斗だけ無反応だから、心配になって、な。

 まぁ、その、お前が無事なら、いいんだが。」

「良くない!何も良いことなんか無い!」

「なっ、なんだ、どうしたんだよ?」



何もわかっていないような驚き方が、彼女の琴線に触れた。

驚くほど冷静な、そして冷酷な声で、告げる。



「悠斗くんが捕まってたの、目の前に宮内がいて、しかも後ろに宮内が倒れてた。意味が分からない。

 アイツは一体誰なの!ねぇ!?」

「なっ!?……少し待ってろ!」



海部が、口頭でその場に居る誰かに事実を告げたらしい声が聞こえた、

聞き覚えの有る男女の声が遠くからぼやけて聞こえる。

彼女達が集まっているという事実だけであるのに、彼女を急き立てているようで不快が積み重なる。



「もしもし、それで……」



相手の声が聞こえたのと同時に、無意識に迫力を持った言葉が溢れた。

それを申し訳ないと思う配慮は、彼女の頭の中には残っていなかった。



「アイツは誰なの、アンタは知ってるんでしょ?アイツのことを。」

「その、私には、まだ、わからない、あいつと会った事はそりゃあ、私達にはある、けど……

 まだ話をまとめる所で……」

「宮内は、何か聞いてないの?そこに居るんでしょ?

 アイツが絡んでない訳ない、アイツの姿なら、アイツが一番……」

「それは、今から聞くつもりだ、それで……お前は来れない、よな?」



恐る恐る、綱渡りをしている最中のような慎重さと緊張感を含んだ声が聞こえた。

結城は彼女をそこから宙に突き落とすように冷たく吐く。



「私はアンタたちみたいに話す余裕が無いの、アンタたちと違って、

 目の前で、悠斗くんは、アイツは苦しそうで、私達のために戦ってたのに、私は何もできなくて。

 ……アンタたちには、わかんない。」

「お前が辛いのは、わかる、けど……やらなきゃならない、だろ?」



海部の声音が少しだけ険しくなる。

結城はうんざりした、彼女はそうやっていつも無自覚に自分を追い詰める。



「そういうの今はいいから、放っておいてよ……」

「出来ないんだよ!そんな状態ならなおさら!これでも、心配、なんだよ……」



力の無い淡々としたトーンで返し、じっと自分のベットの柵だけをじっと見つめた。

それでも電話口の向こうの人間は、必死に言葉を探している。



「心配ならなおの事、放っておいて。

 あんな辛そうな叫び声聞いて、あんな苦しそうな姿見て……

 アンタは何も見てないから言えるだけ、どうせ同じ物見たら、何もできなくなるに決まってる。

 今、そうなの、何もしたくないの。」

「私だって見たんだよ!目の前で仲間が苦しんでるのを!助けられなかったんだよ!

 だから、もう、これ以上、誰も見捨てたくない……」

「自分がそうしたいならそうしてるなら自分勝手でしか無い、そんなの余計なお世話なの。」

「お前……」



一言突きつけると、相手が一段低いトーンで答えた。

と、同時に遠くから聞こえる声の後、耳元でガタガタとした物音の後から、彼女とは別人の……

宮内のものである「もしもし」という声が聞こえた。



「何、どうしたの?」

「別に……放っておいてほしいってだけ。」

「うん、そっか、わかった、コッチで何とか説得する。だから……」



結城の声音に、宮内は冷静に言った。

相手が引き下がる言葉を続ける、その前に、結城は自分の中に抱く不信の牙をいつの間にか突きたてようとしていた。



「アンタは何か知らないの、アイツが何者か、アンタにはわからないの?」

「それは、悠斗くんを捕まえてた奴のこと?」

「それ以外誰が居ると思ってんの、アンタの姿しておいて、アンタと関係ない訳が無い。」

「んー……」



聞く人間によっては敵意、悪意さえも感じられそうなそれを、宮内は受け流すように考えた。

応答が無い数秒、焦れて返事を急かそうとした瞬間に、至って冷静に普段どおりに彼女は答えた。



「今の貴女には言えない、としか言いようが無い。」

「……少なからず、アンタと関係はあるってことね。」



突き刺さるような言葉に、宮内は返さない。

逆立った感情のまま、結城は急かすように叫ぶ。



「どうなの、アンタがアイツとどう関係があるのか、教えてよ、今すぐに!」

「それは出来ない。」

「なんで!」

「私にもはっきりと言い切ることが出来ないの、アレがどういうもので、私がどう関わってるのか。

 さっき聞いたでしょ?情報がまだ出揃ってない、って。私にも海部さんにも、誰にもわからないの。」

「だけど!」



結城が急き立てた。

それでも宮内の言葉のテンポは変わることなく続けられる。



「悠斗くんを助けるためにも、あの偽者と決着をつけるためにも、

 今から私達ができるのは自分達の情報を整理する事と、足並みをそろえる事。

 今の貴女に私がいくら無実だと伝えても届かない、貴女もわかってるでしょ?

 だから今は貴女には何も言えない、し私の勝手な判断では言いたくない。」



静かな、意識のはっきりとした声を聞きながら、次は結城が黙っていた。

彼女の言葉の勢いだけが喉元につっかかって言葉として、形として表に出せなかった。



「貴女は、ゆっくりでいいから、気持ちの整理をして。

 ……なんて、私が言って信用する状況でないことはわかってるし、

 私だって、それにみんなも、今聞かされたことへの気持ちの整理なんてできてないけれど。」

「……」

「落ち着いたその時に、全部話せるようにしておく。

 だから、今は私に何も聞かないで、私達も今はあなたにこれ以上は尋ねない。

 お願い、今は、私を信じて欲しいとしか、言えない。」



切実な声、この騒動の最初の夢で出会ったときと同じ、嘘偽りを感じない声を聞くと

視線は自然と持ち上がり、机の上に映った。

カーテンから漏れた光が、いつもは見える筈の部員の集合写真を、白く照らして隠していた。



ほんの少し落ち着いた頭で、ゆっくりと深呼吸をしてから、口を開く。



「……うん、わかった。その……取り乱して、ごめん、って伝えといて。」

「はいはーい。」

「えっ、何その返事。」

「あんまり揉め事引きずりたくないから?」



まるで何事もなかったように、気のぬけた声で返された返事に、

結城はいつも通りの彼女への呆れの表情を浮かべていた。



「ったく……私は私でふんぎりつけるから。」

「りょーかい、連絡はどっちがする?」

「今日か明日、それまでにできたら、お願い。

 アイツも飲まず喰わずではないとは思うけど、それでも……余裕のある状態だとは思えない。」



先ほどよりも鮮明な、飢えの信号(サイン)を感じながら、それを身に感じないであろう彼を案じた。



「それまでには、多分ふっきれてるから。そう決めたら早いって自分でわかってるし。」

「伝えておく……無理はしないでよ?みんなお人よしで心配性なんだから。」

「気をつける。」



笑い混じりの声で言う、恐らく宮内の視界の届く範囲に居て、会話を聞いていたであろう

他の三人の表情を思い浮かべて結城も笑った。



「それじゃあ、話待ってるから。」

「うん、それじゃあね。」



ブツリ、と音が鳴ったことを確認して自分の方からも通話を切り、携帯電話を閉じた。。

筋肉の緊張をほぐすように、両腕を組んで全身を伸ばした。



(……さっきよりは、落ち着いた、かな。それでも、不安だけど。)



脳裏に浮かぶ叫び声は、未だ耳の奥に響いている。

それに打ち勝つ力を求めるように、ぎゅっと先ほどまで仲間の声を届けていた箱を握り締めた。


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