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二十一日目~一閃~

結城の視界から時計は見えない、その代わりに見える窓が、外が暗闇である事を示している。

下がった気温が、落ち着いた心に醒めた空気が通り、頭をはっきりと冴えさせる。



(……怒鳴った事と、迷惑かけたことは……一応、悠斗くんの事情の説明と一緒にメールで謝った。

 話を聴いてあの宮内の事は判断する。今はそれだけ、かなぁ、それ以外、考えられないし。)



準備のように手元に置いていた携帯が振動する、気がついて咄嗟に画面を自分の顔に向けると、

文字を表示したライトが僅かに彼女の顔を白く照らした。



『塚本織枝』



表示された文字を見て携帯を開くと、電話着信の画面を注視せずに、

殆ど反射的に応答のボタンを押して、いつもより早口で話しかける。



「もしもし?……織枝?織枝が話すって事になったの?」



「涼香ちゃん!……良かった……

 あ、えっと……うん、そう、話は他の人じゃ、話しづらいかなって」



半ば捲くし立てるような声にも取れるそれを電話の向こうの相手は気にせず安堵の声を上げるが、

自分が説明する旨を伝えるとなると、少し弱ったようなトーンになる。

現場に居た人間二人の完全に沈みきった表情が浮かんで、彼女はどこか懐かしさを感じた。




「別にもう気にしてないんだけど……まぁ、いいや。」

「……その、えっと、何から話したほうがいい?まとめてもらったけど

 私も色々知ったから、混乱しちゃってるし。」

「んー、別にどんなんでもいいんだけど……」





彼女も昼間の会話の緊張感を感じ取っていたらしく、怯えか、優しさか、どこか張り詰めた声を出していた。

相手の緊張をほぐすように勤めて、それでも自分の急き立てる気持ちのこもった声で、結城が尋ねた。



自分の耳元の遠くから、カサッカサッと紙の擦れる音が聞こえた。



「……それじゃあ、その、みんなの状況の共通点、かな。

 悠斗くんも合わせて、そこまで違いがなかったみたいだし。」

「うん、お願いできる?」



結城に促されて、塚本は糸を両手でひっぱったような声で話しだす。



「皆、一人きりのときに、舞ちゃんの偽者に……その時の姿はね、人によって違ったみたいだけど」

「私が悠斗くんだった、みたいに?」

「うん、京くんは涼香ちゃんの、舞ちゃんは私の、海部さんと舞ちゃんのままだったって」

「ふーん……私にとってアイツの姿が誘導されやすい姿だと思われたなら割とアレなんだけど」

「あははっ!」



結城の冗談めいた調子につられるように塚本は笑うが、

自分の務めを思い出したような真剣な調子に、結城の意図に反して戻る。



「あ、それでね、とにかくどこかに連れ出されて、相手の雰囲気が一瞬で変わって

 そのあと、その舞ちゃんの偽者に、舞ちゃんの姿に戻った?なった?……相手に話しかけられてね、

 なんでかわからない、わからないけど 話しちゃったの、自分の不安に思ってることをみんな。」

「……それは、自分の意思でってこと?それとも、あのとき無理矢理に?

 私は誘導尋問みたいな形だったけど……」

「私と京くんは……なんて言えば良いのかな、無理やりじゃないけど、

 言いたくなかったことを言っちゃった……って言えば言いのかな

 普通に見る夢みたいに、勝手に口が動いて言葉が出てきちゃう、あの感覚で……」



塚本の言葉に結城の記憶がひとつ、スイッチ一つで部屋全体に灯りがいきわたるようにぱっと蘇る。

もう、かなり以前の、そもそも、この夢の騒動の始まりのことに関する記憶。



「前に宮内が海部さんに私達の愚痴をバラした時も、同じ様なこと言ってた気がするんだけど……」

「うん、舞ちゃんもそう言ってた……多分、その頃から何かしらしてたのかもって……」

「……」



黙り込んだ結城の向こうで、塚本も言葉を発さない。

互いの心が一度落ち着いただろうかという頃合を見計らって、

塚本は沼地に足を踏み入れるように話し出す。



「大丈夫?」

「うん、平気、どうぞ」

「えっと自分の不安に思ってることを言っちゃうってことまで、だから……

 その次に、相手の……偽者の目が、濁るというか、精気の無い、何も感じられない目になっちゃって……

 それから目を逸らしたくても逸らせなくなって、力が抜けていって。

 聞こえるのは、舞ちゃんの声がね……『願って、祈って、それだけで構わないの』って声が

 すごく、暖かく、優しく聞こえるの、もう、このままでいいやって

 そんな感じになっちゃう。暖かい毛布に包まれて眠るときみたいな……」

「……逆らえないって感じはわかるかも、けど、そこまで居心地よかった気はしないんだけど」

「うーん……やっぱり、私達は、望んじゃったから、なのかな?」

「……まぁ、だとしてもアイツの変な力の一つなんでしょ?そこまで気にしなくていいんじゃない?」

「ありがとう」



結城は背負った罪悪感を振り払うように言った。

その声に気を取り戻して、塚本は躓きそうになった心を立ち上がらせて続ける。



「……それで、声が聞こえてから、どんどん遠くなって、『夢』を見るの。

 ものすごく現実に近い、はっきりした感覚で、

 私のときは、涼香ちゃんに負けないくらい自分がちゃんと皆と話してて。

 京くんは……涼香ちゃんや悠斗くんに完全に成り代わる夢を見てたみたい

 舞ちゃんは、二人ともを苛めてる夢、海部さんは、自分が居ない部室で全部が解決した夢。」

「……他の三人は自分の願望だってなんとなくわかるんだけど……宮内のそれは何?」



尋ねられて、塚本は不明瞭な調子で、相手がそこに居ないのに視線をあちらこちらに逸らしているように、

そのまま、彼女が精一杯冗談めいて言葉を発する。



「えっと、その、舞ちゃんの願い、っていうのが、その、一番最初の事件の時から……

 『私達が本気で仲違いをしたらどうなるのか見たい、

  そして二人が打ちのめされる姿を見たい』っていうのらしくて……」

「……それ、冗談、よね?」

「ど、どうなんだろう?笑いながら言ってたから、わからないけど……」

「……あー、でもこんなときに嘘言う奴とも思えない……でもなぁ、本当とはあんまり……」





頭が痛くなって、手を額に当てる。

標的を、恨むべき敵に、標準を合わせていた銃口が突然揺らされた気分に襲われていた。



「ま、まぁ、そう思ってたのは本当でも、本当にやる気はなかったんだよ!

 私も京くんもそうだったしじゃないと洗脳して引き出すなんてこと……」

「する前にやられてる、ってこと?……まぁ、今は保留でいいや、

 今は、それよりも、その後……っていっても、後はそのリアルな夢から覚めたら

 一つのこと、その願望を夢を使って叶えないといけないって気になるってやつだっけ?」

 


塚本の必死で宮内をかばうような言葉にとりあえずは頷いき、本心は別にあると信じながら、話を進行させる。



「うん、皆に実際に起こったことは、それで終わりだと思う。」

「……なるほどね、それで、他に話すことは」

「皆が操られる直前に聞いた事があって、それが気になるってことかな」

「聞いた事?」



塚本はうん、と言って、遠くから聞こえる紙の揺れる音が聞こえてから、

使命を帯びた声が耳元に届く。



「うん、『あなたは誰なの?』って、みんな聞いたんだって、不審に思ったあの雰囲気が変わったときに、

 その時に帰ってきたのが『私はずっとあなたたちの願いを叶えてきた、あなたが願ったからここに居る』って」

「……願ったから?そもそもの元凶って事?」

「うん、そうだと思う、殆ど確定なんじゃないかって、他の事も聞いて、余計にそう思ったの」



塚本は自分の感情を、緊張を、焦りを、全てを剥き出しにするように、言う。



「それに私には『初めまして』って言ったのに、他の三人にはね、前にあったみたいな言い方をしたって!」

「前にも?でも前って……海部さんがやらかした時以外、何が……?」

「……うん、それ以外、無いよね?

 京くんも『貴方は前にも私に頼ってきたじゃない』って言われたし、

 舞ちゃんも『私はずっと、貴女の願いを叶えてきた、貴女のために動いてきた』って」

「それじゃあ……」



結城は、引っかかった言葉を反芻して呟く。

塚本はさらに、喉から溢れそうな言葉を流れるように言う。



「それに、海部さんが言われたんだって『結城涼香と一ノ瀬悠斗が自分をどう思っているのか知りたいって

 その願いを、叶えてあげただけ、私はその頃から、貴女の味方なの』って!」

「っ!」



記憶が、鋼鉄の武器で真っ直ぐ射抜かれたような衝撃を受ける。

塚本の話を聴いたときに浮かんでいた疑念が、武器の刃先に突き刺さり、動かない。



「でも、なんで?そもそもなんでアイツは人の願いを、歪んだ方法で叶えようとしてるわけ?」

「……それは、わからない、何か目的があるんだろうけど……でも、

 『私が望む事は何も無い』って、言ってただけで、自分の目的だけは話してくれなくて……

 それと、わからないのは蔓のこと、相手が操ってるってこと以外は……何も」

「……誰か見たの?あいつが直接蔓を操ってるの」

「海部さんが脅されたらしくて……舞ちゃんが捕まってて、首を絞めるって」

「……そっか、二人は同じ日に捕まったから」



昼間の海部が怒り任せに吐き出した言葉を思い出すした。



「アイツが、私らのことを大層昔からごちゃごちゃにしてくれてたことだけわかったわけね」

「その、ごめんね、相手のこと自体はあまりわからなくて」

「ううん」


塚本の謝罪をはっきりと気にしないように言う。

彼女の目は冴えていた。気持ちが抑えられなくなって、上半身を起こした。



「それだけでも十分……あの偽者を止めないといつまでも終わらないってことでしょ?」

「うん、だから、次、それか悠斗くんを救うだけでもしてその次にでも、終わらせようって」



言葉を出し切った塚本の呼吸は、少し荒い。

それでも、その声の根に暗さは感じ取れなかった。



「……わかった、それならもう今晩ってことになるのかな?」

「どうなんだろうね、偽者があっちから誘ってくる事ばっかりだったけど

 まぁ、そもそも悠斗くんのことも心配だし、すぐに迎えにいきたいけど、涼香ちゃんはもういいの?」

「勿論」



塚本が心配する声に、結城は笑って返した。


「それと、すごく、個人的に思うこと、なんだけどね」

「……何?」


「舞ちゃんがね、舞ちゃんが本当に皆がもめたらどうなるとか考えてたとしても、

 本当になっちゃったのはね、色んな偶然が、重なっちゃっただけだって、そう思うの。

 海部さんの考えてた事、私の考えてた事、京くんの考えてた事……

 全部が偶然重なって、今こんなことになったんじゃないかなって……

 私があんまり皆に悪い感情を持ちたくないだけ……なんだけど……」


塚本の声は、どこか泣きそうで、それをこらえて自分の意思をどうにか走りきらせようとしていた。

そもそも結城にも、既に味方への敵意を抱く気は無くなっていた


「……うん、それでいいと思う、私もあんまりいい気はしないし

 今アイツが私達の敵で無いなら、どうでもよくないけど……まぁ、いいってことにしたい、今は仲間同士でそういうのは、ごめんだし」



電話口の向こうから、安堵したような声が聞こえた。

自分もどこか安堵していた、『都合がいい奇麗事』と思われても、それが一番良いと、結城は思っていた。



「んじゃ、とりあえず、心づもりしとけって、皆にメールしなきと」

「うん!えっと……」

「私がするから大丈夫、織枝、ありがとうね」

「う、ううん!そんな!私もやれることがしたかっただけだから!」

「……そっか」



どこまでも突き抜けた声だった。自然と結城は笑っていた。


「それじゃあ、また夢で、ね」

「うん!私も頑張るから!」



そう言って切られた携帯電話を閉じて、結城はじっとその画面を見つめながら、一人で頷いた。




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