十八日目~捨て身~
「“三人”を助けに来た」
宮内に向かって笑って返された言葉、相手の姿を認識した彼女の目の虚空は深く濃くなっていく。
三人の背中を、ぞわぞわと足の複数ついた虫が這う感覚が襲う。
「あなた達もそんな目をするようになっちゃったんだ、誰も彼も同じ方向向いちゃって
助ける守る、全員で一緒に……馬鹿みたい、
アイツを倒す、気に喰わない、そんな復讐心のほうがよっぽど人間らしくて面白かったのに。」
「生憎つまらない人間なんでな、諦めろ。」
海部は芝居のように気取って笑った、その心はそうでもしなければ戦意を失ってしまいそうだった。
後ろの二人が居なければ頼りない自身の心を軽い調子で誤魔化した。
それは、鳴滝も塚本も同じだった、隣の仲間の存在に意識を寄せて、どうにか前を向いて彼女に対面していた。
自分の心の弱さへの嫌悪が、ここにきて滲み出ていた。
「……でも、それでも私は、みんなで一緒に居たいからここに来た!」
「僕も、そうだよ、もう、終わらせたいから、こんなの、嫌だから」
宮内の不快だ、という表情と同時に蔓は空を駆ける。
だが、塚本に向かった蔓が、そして鳴滝に向かった蔓の先端が、ぼとりという音と同時に消えた。
海部の斧がそれを遮った。
鳴滝の直線上にある刃を自身にひきよせるように柄を引っ張り自分の体の前で両腕でそれをしっかりと握りしめた。
「ふん、流石に斧には負けるみたいだな」
「……そうね、でもどうするの?まさか、あなた一人で、この蔓全部捌くつもりなの?」
周りから伸びる蔓が、外部を脅すように三本現れる。
この植物を断ち切れるであろうもう一つの武器は、今は相手の手中にある。
「海部さん、皆で昨日考えたから……きっとなんとかなる、大丈夫!」
「頑張って話し合ったからね……僕も、少し不安だけど」
焦りの表情でその光景を見つめていた海部から二歩ほど進んで塚本が振り返り言う。
鳴滝も、ほんの少し緊張した表情ながら、塚本の隣に立つ。
結城ほど相手の感情を認めて割り切る心は無い。
一ノ瀬ほど自分が傷ついてまで前に進む意思はない。
宮内ほど自分と相手の位置を把握して立ち回る知恵は無い。
それでも三人は確かに決めたのだ、一ノ瀬と結城が自分たちに任せたのなら
精一杯の自分たちの力で全員を助けようと、ちゃんと六人で帰ろうと。
そう、確かに誓い合ったのだ。
「背を向ける余裕まであるなんて……それなりの覚悟はできてるんだ」
「……頑張れよ、お前ら」
宮内が呟くのと同時に、三人に向かって飛ぶ緑の槍。
それに気づいた海部が、合図のように言うと二人はその場から離れる。
その場に残った海部が左腕で蔓を受け止めた。
彼女の目は、かつて自分の犯した過ちを示す傷跡とにらみ合う。
蔓が引き抜かれ、赤に染まるその腕の先には斧ではなく、銃が握られていた。
「ふうん、そういう知恵は回るんだ」
「まぁ、な!」
海部はそのまま左腕を伸ばし宮内に銃弾を放つ。
宮内はソレを鎌の側面で受ける瞬間に塚本と鳴滝が彼女の横を通り抜ける。
二人を阻止しようと蔓が延びるが、鳴滝は斧でそれを斬り払う。
塚本は伸びたその蔓を前のめりの姿勢で避けながら、転けそうになるのをぎりぎりで踏ん張った。
(もう、あの時みたいな真似はしない、だからこそ私は、武器を変えると決めたんだ
私はもう、その場の憎しみで相手を壊す馬鹿な真似は、しない。)
改めて、この場に居る人間全員に誓うようなつもりで思う。
蔓をふたたび仕向けようと、宮内が意識を集中させようとしていた。
彼女の左手に回りこみながら足元に、銃弾を二発。
発砲音と石の砕ける音と破片が、彼女の注意を海部に逸らした。
「やらせるわけないだろ?」
「嫌な武器を嫌な相手がの持つと厄介だわ」
「痛いのは慣れてるからな」
宮内の肩を狙い、赤い左腕で発砲する、それを刃で防ぎながら鳴滝の方へ目をやる。
体に絡みついた蔓を大振りの武器で傷つけないように外すのに難儀しているようだった、
あの背後から貫いてやれば、そう思うと同時に銃弾が肩を掠める。
「無視するなっての」
「貴女がアレだけ嫌ってたんだし、もう少し見逃してくれると思ったんだけれど……」
「悪いがその件に関しては私が謝罪済みだ……もう興味なんて無い」
搾り出したような乱暴な言葉に、宮内は笑う。
海部は一歩後ずさりをして、顔ごと目線を相手から逸しながらも、
相手の言葉を全力で予想して反論しようと高速で文章を思い浮かべる。
「……興味なんてない?本当にそうだった?」
言いながら海部に向けて蔓を飛ばす、それを半身を下げて避ける。
海部は銃口を上げる、と同時に宮内は口を開いた。
「あなたはどうしてこの力を欲しいと思ったの?
結城のヤツを打ち負かしたい、悠斗をボコボコにしてやりたい
自分勝手で人の話なんか聞きやしないアイツらを打ちのめしてやりたい……そうじゃなかった?」
言葉を発せない、自分の心にその感情があったのは事実だ。
自分だけではない、塚本も鳴滝もその感情を引き出されたのだ。
「……特に貴女は酷かったじゃない、前は自分だろうがそうでなかろうが、
あの人たちが絶望すればそれでいいって」
「……そう、だ」
もはや弱っていることを隠さない目を伏せた表情で、腕を降ろしながら答える。
これでもう邪魔はしないだろう、宮内の視線が四人に向く。
相手の興味が自分から離れていくのがわかる。
それだけは防がなければならなかった、意識を、心を奮い立たせて、息を吸った。
「それでも!そうだったとしても!私はお前を救いたい!」
真っ直ぐに顔を上げた海部の叫び声。宮内の視線は再び海部に戻る。
「私を?」
「お前を、あの力を手にした時……そして、今も助けたいんだ!
悠斗や結城が、お前と傷つけ合うのなんか見たくなかった!
お前が一方的に疑われるのも嫌だった!
アイツらにもお前にもこれ以上余計なものを背負わせたくなかったんだ!私が全部背負えば良いと思ったんだ!
だから私は悪役になりたかった、お前みたいに口が上手くなればそうなれると思ったんだ!」
食らいついた闇を振り払うように叫んだ。
確かに彼女の言うような負の部分はあった、それでも自分がなぜあの時一人を選んだのか、
自分への宣言のように、ハッキリとそう突きつけた。
「私を助ける、ね。そこの偽善塗れのお二人さんと違って健気なこと。
でもね、それがそう簡単にいかないってわかってる?
……私は自分の好奇心のためだけにあなたたちの関係を滅茶苦茶にした、
そしてそれはもう完全にバレている
心も、体も私欲のためにボロボロにした、それが普通の人間なら許さないことだってわかってる?」
対照的に、どこまでも冷静に宮内は海部の目を見つめていた。
思わず逸らしたくなる視線を堪えて、言葉を受け止めると、迷いながら話す。
「……わからない。
私もあいつらを斧で真っ二つにしちまったんだ、許されないってんならこっちもだろ。
それに……普通の人間が許さないことを、私は許したい……?
いや、私だからこそ許せることを許したい……だな。
とにかく……私は目の前の友達を助けたい、それだけだ。」
宮内はその目の意思が、もう揺らぐことのないことを察した。
不快なまでにまっすぐな感情。打ち消したくなる、どこまでも忌々しい奇麗事。
心配と、思案、二人は違う思惑で視線を四人の方へと向ける。
既に結城の体は解放されていて、三人は一ノ瀬の救出に取り掛かっていた。
鳴滝を中心に斧の曲線をを自身に向けて、反り返りの先端部分で少しずつ切り落としている。
「……もうすぐ、だな」
「貴女が私を止められればの話だけれどね」
「そのつもりだ」
相手の足元に二発、それを避けた相手の影からまっすぐ自分に向かって抜ける緑の槍
反応が遅れて、右半身を下に転倒すると、コンクリートがゴリゴリとえぐれる音が聞こえる。
「あぐっ!いっつ……」
反射的についた左腕から伝わる痛みに思わず声を上げる。
それでも手を出させてはいけないという義務感に脅されながら、海部は立ち上がる。
鎌をもって構えている相手の姿が、眼前に。
構える余裕も時間も存在しなかった、そんなものは許されてなど居なかった。
「諦めてもらおうかな、いい加減に。」
海部が右腕を上げるより前に、宮内が一気に武器を振り下ろす。
右肩から胴の真ん中まで鎌は深く突きさり、塊のような血がドロリと流れ出た。
右手の力が抜け、血の池の真ん中にドシャリと赤く染まった銃が落下する。
宮内の力が無意識に彼女を弄ぼうとしていたのか、それとも海部自身の気力か、
その体は消滅することなくその場に残る。
「……がっ、ぐっ、つっ、うるさい、黙れ!」
「あら、まだ残るんだ……なら
せっかくだし、あなたの戦意が折れるまでゆっくり楽しませてもらうから。」
蔓が完全に二人を包囲する。
友人の声が鈍く遠くから聞こえる、答えようと腹部に力を込めようとするのを、
そこに埋まった鉄の塊が阻害する。
「叫ぶのに邪魔でしょ、それ?動かしてあげようか?」
宮内は、数歩近づいて、柄の上部を掴み、軽く刃を前後に動かす。
刃の先が腹の先でグチュグチュと音を立てて少しずつ沈んでいく。
痛みと、未知の感覚が与える本能的な恐怖に、声が漏れる。
「ひっ、うっ、つっぅ、あっ……」
「あ、流石に怯えた?ようやく素直なリアクション返してくれるから嬉しいわ……」
両腕でしっかりと鎌の沈み込むのを防ぎながら宮内は笑う、
それが自分を突き落とすためだとわかっていても、あの不快な感覚から解放されていることに
海部は安堵を感じてしまっていた。
「どうしたの?私を助けるんじゃなかったの?」
嘲笑うような言葉と再び鎮め始めた刃への反応は無い。
それどころか、彼女は左手の銃を手放して地面へ落としてしまう。
俯いた表情と、動かない体、友達だ、友達だと言っておいてこんなものだったか。
ならさっさと消してしまおう。
宮内は、鎌を沈めるスピードを速めようと両手で柄を握りしめた。
それを見計らったかのように、海部の右半身は後ろに下がる。
鎌の刃はその力では抜けることなく彼女の体に引っかかり、宮内の体のバランスを僅かに崩す。
海部の手は、グッと握り締められたまま、回り込むように宮内の頬へと直撃する
捻じ込むような、パンチ。
衝撃に従うように左に体を捻って宮内の体は地面に仰向けに倒れた。
それを見届けると海部も力を使い果たし、両膝からその場に崩れ落ちる。
殆ど動く気力の残っていない彼女の耳に、蔓の崩れるボトボトという音が聞こえる。
「「海部さん!」」
緑の壁を崩したのは武器を持っていた塚本と鳴滝、
その目に飛び込んだ凄惨な光景にすかさず二人は海部と宮内に近寄る。
後ろに居た一ノ瀬と結城も事態の緊迫に気づいて、それぞれ別の人間に近寄る。
「海部さん、大丈夫か?」
「…………」
一ノ瀬が肩を叩くが海部の反応は無い。鳴滝がその様子に顔を青くして鎌の柄に手をかけたまま声をかける。
「ど、どど、どうしよう、大丈夫?痛い?抜こうか?」
「待て京くん!もっと大惨事になる!」
「え、あ、そっか……」
パニックで見当外れの言葉ばかり連ねる鳴滝を宥めつつ海部に声をかけると、ようやく彼女も左手を軽く上げる。
音も聞こえどうにか反応はできるが言葉で返す力が今は無いらしい。
「あー、痛い、ふらふらする、舌切った、あー……痛い」
「痛いっていうのはアンタの目の前と隣の人間にどういう仕打ちしたか理解してから言ってもらえる?」
宮内の方は結城の手を借りながら、左頬を撫でながら海部の傍に近づく。
その目と雰囲気から、敵意は完全に消失していた。
「悠斗、京くん、平気、だ。」
海部は二人に声をかけてから右ひざをついて、ゆっくりと足と左腕でバランスを調節しながら立ち上がる。
それでも見ていて不安定な彼女の肩を一ノ瀬が支える。
立ち上がった目の前に丁度宮内が立っている。
「前の、ビンタの、仕返し」
「にしては重過ぎない?」
「私に、刺さってるのを、見ろ、よ」
笑おうとした海部の腹に伝わる強い痛みに、思わず体を縮めこませる。
心配でたまらなかったらしい塚本が近づくが、顔を左右に振ってそれを止める。
「っていうか、アンタが元凶じゃなかったわけ?」
「あ、うん、それは……なんか、よくわからないんだけど……」
「それは、もう、目が覚めてからで、いい、だろ……?」
海部が会話を止めようとした瞬間、ガコンという音が響く。
全員が音の方に注目すると、蔓がずるずると音を立ててコンクリートと擦れる音が聞こえきた。
「な、何で急に!?」
「……多分、私のとき……獣が暴走した、アレと、同じ」
結城の言葉に、塚本は緊迫の声で答えて槍の刃を上に構え、鳴滝も両手でしっかりと斧を支えてそれを見つめる。
数本の蔓が、生き物が首をもたげるようにその鋭い先端を彼らに見せ付けていた。




