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十七日目~言葉~

意識が、鈍い。

目を瞑ったまま、覚醒と混濁の狭間の中に意識を沈まされていた一ノ瀬は

その手をギュッと握り力が入ることを確認してから、体に力を込めて立ち上がろうとする。



海部から受けた腹部の傷が伝える痛みに、何度も膝を折りそうになる、

そのフラフラとした動作は無力な幼い獣のようで、傍目からみれば滑稽な動作にも見えた。



(傷が治ってねぇのか!……起きてないからなのか?ちっ……)



動作1つに苦戦する彼の傍らに倒れていた結城は、彼に誘われるように両腕で地面に触れて体を持ち上げる。

彼女もまた、半ば忘れていた腕の傷の主張に腕をガクリと折って軽く上半身を地面に打つ。

転んだことなど、どれほど昔のことだっただろうか、

顔と触れた地面の冷たさを感じながらそんなことを思った。




(あ、悠斗……くん?)



ぼんやりとしている感覚を残した頭を動かして、一番手前にあった一ノ瀬の体に焦点が合う。

同時にその腹から流れる赤い液体、血に気づくと、意識もあたりの景色も瞬時に鮮明になった。

目を見開いて慌てて体を支えて立ち上がると、彼を支えようと手を伸ばす。



「悠斗くん、傷……!」

「うっせぇ、コレくらいで良いハンデだからな、じゃないと俺の完全勝利で終わって面白く無いだろ?」



一ノ瀬は視線すら彼女に向けないまま右手の手甲を見せるようにして遮って、その両足で体を支える。

自分の腕を遮られた少しの不満と、それだけを言える相手の余裕への安堵が混ざってこみ上げる。




「ソレより何処なんだよここ……ってあの草ばっかりじゃねーか!!」

「うっわ、本当、何、これ……」




二人の視界に広がるのは、二人の立つ場所の縁を取るような緑の壁。

この場所から出るための扉がある場所すらも、その壁に完全に覆われていた。

上には、月以外の星が黒く塗りつぶされた空が遮るもの無く見上げることができた。




「完全封鎖されてる……学校の、屋上?」

「ぐらいしか思い浮かばねぇな、下も見えねぇから本当に学校かはよくわかんねぇけど……

 まぁ、目的がわからねぇまんまフラフラするよりかはいいだろ?

 アッチが運んだんだからな、顔向けもあっちからしてくる、多分」




二人がその存在感と圧力を感じずにはいられなかった物体に、ほぼ同時に体を向ける。

漆黒の空に向かう塔のように聳える蔓の塊。

目測だが、恐らく自分たちの体を二倍にした程度の大きさだろう。


    

体をまだ伸ばしているのか、ズ、ズと不気味に立てる音は言いようのない不快感を湧き上がらせる




「……これってやっぱり」

「大本だろうな、俺達を連れてきやがった」




目の前の塔は注意が自分たちに向けられたと理解したように動き出す。

蔓はコンクリートと擦れる音を鳴らし、その中にいる主を気遣うかのようなゆっくりとした動きでその形を割るように崩す。



塔を崩した蔓の描いた形は悪魔の羽のようにも見えた。




夢の主は、ゆっくりと立ち上がると、目の前に形成される階段を降る。

コンクリートの床に足をつけながら、蔓から渡された鎌を受け取り、その刃を地面に降ろし

二人のあまり好かない笑顔を向けた。



「あんた、なんでここまで!」

「この事件を招いた張本人たちには、色々話してあげようと思って」



結城が剣の切っ先をまっすぐ相手に向ける。

宮内は怯むことなく見下すような笑みを浮かべて刃を見つめ返した。



「張本人?それは」

「『それはコッチの台詞』?よく言うわ……前にも言ったけど、本当にあなた達って薄情だよね」



薄情、自分たちにつきつけられた言葉に、その口を無理矢理にでも封じたい衝動が湧き上がる。

宮内は向けられた感情が面白いと、ケラケラと、おもちゃのような無機質な笑いをしながら続ける。



「私が全部招いたって、そうあなたたちは言い切るんだ」

「アンタがそう言ったからね」

「海部さんのは、嘘だって思ったくせに?」



結城が返す言葉に迷って一瞬口を閉じた、隙。宮内はそれを逃すわけもなく続ける。



「そういうあなた達の言葉が、考えが、何もかもが嫌いなの

 自分たちはやれ絆だ友達だ壁は作るな信じてるって嘯いて、当の本人は誰一人も信じてない」

「俺たちはそんなこと!」

「なら、どうして塚本や京くんはあんなことになった訳?」

「それは、お前が……」

「前も言ったのに、まぁいいけど……」



大きくため息を吐いて、馬鹿にするような呆れ調子の相手に堪えきれずに結城は剣を降りかかった、

堪え切れなかった、相手の発し続けるその不快な調子が。




瞬時に現れた緑の線がそれを遮って、剣を挟むように掴んで放さない。

何度も手前に取り戻そうと試みるものの、

そこに固定されてしまったかのように引き抜けなくなってしまった。




それでも諦めない結城を、別の蔓が剣と彼女の間に割って入って突き飛ばした。

一ノ瀬が咄嗟に近づいてその体を支える。




「結城!」

「ご、ごめん……」




彼女の体を立たせながら彼は緑の壁に目をやるが、

既に蔓は彼女の剣諸共消え去っており、宮内の姿を再び彼らの目の前に晒しているだけだった。



無力となった結城の心の隙間に突き刺さるように、目を細めて笑いながら彼女は再び口を開いた。



「……そうやって、都合のいいこと以外理解したがらない、自分の不快な言葉を力ずくで防ごうとする

 頭の弱いあなた達にもう一度説明してあげる」



その目に拡がっているものの質は、

確かに塚本や鳴滝と同じ虚空であるのにも関わらず、何故か光を放つ。

その双球に、二人は心の奥底が打ち付けられたように声を発する能力を失う。




「今回の原因は、紛れもなくあなたたちなの。

 あの時の塚本の言葉、忘れたの?

 『認めてほしい、認められていたなんて事実があっても伝わってこない、信じられない

  だって二人で何もかもやってるから、私の手を使ってくれなかった』

 可哀想、あなた達に応える準備はしていたのに、それに見向きもしなかった」

「それは、結局誰がやっても同じになるから、面倒だったから、私たちだけで終わらせようって」

「意思疎通が面倒くさい?

 わかり合うための前提条件を放棄してそれを理解して欲しいなんて、

 あれだけ最初に面倒面倒って言ってた相手と変わりないじゃない!」




空虚な光が、結城を突き刺す。

抵抗のために前に踏み出していた足は、もう前には進まない。

言葉を失い、泣きそうな目になる相手を

まるで好物を食べたときのような満足げな笑顔で見つめながら足を一歩踏み出す。

それから彼女をかばうように一ノ瀬が前に立って叫んだ。



「それでも、その事はもう終わっただろ!アイツらは自分たちのやったことをちゃんと謝った」

「そうやって、都合の悪いことは“過去”にしてなかったことにするんだ。

 謝るって、まだあなた達のほうが絶対的に正しいって物言いしてるんだね

 それに、京くんの事は貴方のせいなんだから

 あの子、私たちの前で夢が覚めた後に言ってたじゃない?

 『僕は強くなりたかった、二人みたいに強くなって、僕は悠斗を助けたかった』

 健気だよね、手を差し出しすらしなかった貴方に対して、そこまで必死で」




抵抗の意思を失わない意思に向けられるその冷酷な響きに、神経を削られているような感覚を覚える。

一ノ瀬はそれに一瞬考えたように俯いた後、まっすぐに人の目と思えないそれを直視する。



「……誰に何を言われようと文句は言わねぇし、誰の言い分も否定はしねぇ、

 誰かが俺たちを非難するならするで構わねぇ」

「悠斗くん」



わかってる、と再び結城を手で遮って続ける。

この言葉がどう転ぶかなどわからなかったが、

このまま相手の言葉に負け続けることは、彼自身の感情としてしたくなかったのだ。



「それでも俺は俺が正しいと疑ったことはねぇし、これからもそう思い続ける

 俺は俺の意志を貫く」

「へぇ、立派だこと、それがあの子たち三人ともの首を延々締め付けたにも関わらずまだ貫くんだ……

 本当に立派で……虫唾が走る」




一段声のトーンが下がるのと同時に、宮内はその身体を無防備のままにして地面を蹴る。

武器を持たない結城を守ろうと一ノ瀬が前に出る。



「私の相手してていいんだぁ?」

「うっせぇ!」



あざ笑うような相手の言葉の意図がわからずに、不機嫌な調子で言葉を返しながら拳を前に捻る。

腹に打ち込まれたそれに空気の抜けるような音を発しながら数歩よたよたと下がる。



腹部を押さえながらも彼女はニヤリと笑っている。



「何がおもしれぇんだよ……」

「ちょ!?何!?やめっ!?」



背後で聞こえた声に一ノ瀬が振り返る。

蔓が、結城の腕に、足にまとわりついて、彼女の体をYの字で宙に浮かせている。



「っ!てめぇ!」

「なーんていってる間に……ア・ウ・ト!」



彼が振り返った一瞬に、彼の腹に激痛が走る。

彼の体の傷を蔓が締め上げた、苦痛に屈む体に蔓は絡みつきながら拷問で使われる椅子のような形を作り、

その上に乗せた彼の体を覆って動けないようにしてしまう。



「あっははははは!あっという間に二人とも惨めな姿になっちゃったね!あはははははっ!」

「てっめぇ!何する気だ!くっそ!!」



一ノ瀬が体を動かそうと色々な方向に向けて力を込めてもがく、

だが捉えた彼が開放される訳など無かった。

無駄に消費するに終わった体力を補おうと、荒く彼は呼吸をする。



「……貴方には、これから見て欲しいものがたっくさんあるの、どうせなら、特等席で……ね?」

「ふっざけんな!」



椅子の横を通り過ぎたところで振り向いて、邪気だらけの笑顔を向ける。

そのまま視線を吊り上げられた結城に当てた。



「じゃあ何からして遊ぼうか?」

「一方的に私がおもちゃにされるだけだと思うんだけど?」



どうにか笑顔を作ってみせる相手の反応が気に喰わないと無視して。

蔓が結城の腕を、主に差し出そうと動かす。

抵抗しようと反対側に力をやるが、それは正攻法で破られて、手を前に突き出す形になる。



その指先に彼女の目の前まで近づいた宮内が軽く触れた。



「爪剥いじゃう?剣じゃ指こと逝っちゃいそうだけど」

「アンタ、最低、最悪、悪趣味」

「お褒めに与り光栄です」



それだけ告げると、蔓は結城の腕を元の位置に戻し。

宮内は数歩下がりながら思案すると、わざとらしく何かを思いついたというようなジェスチャーをすると一ノ瀬に結城の姿が見えるようにずれて言う。


「あぁ、そっか、まずは私にできること、見せてあげるね?」



視線が結城に向けられたと同時に、彼女の胸を蔓が貫通する。

かっと見開かれた目、彼女の背中から突き出た赤く輝く、丸太のように太い先の尖った物体。



「結城!!」



一ノ瀬が思わずその光景に相手の名前を叫ぶ。

おかしいのは、その後だった。

海部が結城を切ったときも、塚本が海部を銃で撃ちぬいたときも彼女の体は“消えた”

そう、夢の世界で死ねば、その体は跡形も残らず消えて、目が覚めるはずだった。




「かっ、はっ、あぁ、っ!!」

「ねぇ、苦しい?心臓が脈打ってるのに、その真ん中に異物があるから気持ち悪いでしょ?

 あはははははっ!」

「お、まえ……」



目の前で血を流しながら苦痛に顔を歪める相手に、一ノ瀬は目を見開いた。

消えない、つまり結城は胸を貫かれる痛みを、感覚として感じているのだ。



「これがあなたに見せたかったもの、京くんが自分に使ってた力の真逆。

 心臓を貫かれるくらい痛くても、呼吸ができないくらい苦しくても、

 あなたたちの体は夢から消えないの

 まぁ、あんまり痛々しいのは見たくないから、傷はすぐに治してあげるけど……飽きるまでは」

「宮内!てめぇ!くっそ!はなれろ!!」



無駄な抵抗などという文字は吹き飛んでいた、憎い、憎い、相手の行動がなしたことが憎い。

人に無意味に痛みを与える行為が、それを自分がどうにもできないことが

目の前で行われることに自分が関与できないことが、つらい。



蔓の引き抜かれる音とビチャビチャとコンクリートに打ち付ける塊の音。

その不快さが、一ノ瀬の感覚を深く刺激する。


結城の傷は確かに見た目には治ったように見えたが、結城はそれでも痛みにぜぇぜぇと息を吐く。



「かっはっ……悠斗、くん、コイツの挑発に、のったら……」

「この状況でまだそんなこと言える余裕あるんだね?それじゃあ次は……地味になっちゃうけど……」

「ああああああああああ!ぐっ!!」



結城が歯を食いしばる、彼女の両腕の蔓が彼女の骨ごと粉砕しようと締め上げているのだ。

咬まれた傷から噴出す血が腕から流れ出す。



ミシ、ミシ、と鈍い音が静かな闇夜に響く。

何が発している音なのか、一ノ瀬は理解したくなどなかった。



「……俺の前で、こうして、どうする、つもりなんだよ」

「貴方達の心をへし折るにはコレが一番だと思って、二人とも“優しい”からさ

 他人に手を出される状況をだまーって見てるのがいいと思って

 ねぇ……今どんな気分?」

「答える気もねえよ」



一ノ瀬の、今まで聞いたのことのない怒りに満ちた声に、何故か結城の心が反応した。

彼が怒りを露にすることなど、今までに無かったがために、

その感情を感じたことが酷く不安を揺さぶった。



「そう、答えないんだ……」

「ちょ、な、何!なんか、もう、どうでも、よくなってきた、けど……」



力尽きそうな声で呟いた彼女のまさに“目”の前に蔓は迫る。


「なっ!?」

「大丈夫大丈夫、どうせすぐ治るんだから……目から色々いじくったってたいしたことならないって」



言葉すら出せなかった。

結城は既に諦めたような表情で、蔓に頭を固定される。



「うっわぁ、どうなるんだろ、私あんまりグロいの嫌なんだけど……まぁいい経験ってことで……」

「なっ、やめろ!!」



一ノ瀬の叫びと、結城の目と蔓の先端の距離がほぼゼロになった瞬間に、轟音。

頭を動かせない結城以外の視線が発生源の扉に向かう。



「なに?もう来たの?……せっかく本番だったのに、興ざめしちゃうなぁ」



感情を読み取れない声で呟いて、扉に近づく。

蔓は一ノ瀬と結城の体を持ち上げて並べるように後ろに運んだ。




「大丈夫か?」

「うん、まぁ、全身痛いけど……それより、この音。」



扉に絡みついた蔓がまるで怯えたかのように素早く扉から離れて、扉はガン!と音を立てて開かれる。

斧の刃の先端だけがその三人の居る空間から見える。



屋上の空間に足を踏み入れたのは、海部と、塚本と、鳴滝。

宮内のまっすぐ正面に、二人を守るように海部が立つ。



その目は、先ほどの一ノ瀬と似た雰囲気を持っていた。

忌々しそうな目つきで彼らの姿を見つめながら、宮内は口を開く。



「助けに着たんだ、二人を……」



笑って、塚本と海部と鳴滝は声を揃えて返した。



「“三人”を助けに来た」




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