十六日目〜思考〜
「フフフッ……本当にすっごく待ったんだから、まぁ、それだけ楽しんでもらえたならいいんだけど?」
右手と左手、それぞれに斧と大鎌を持ち上げながら、狂気に歪んだような笑顔を海部は四人に向ける。
その目から放たれているギラギラとした不気味な光が、闇の中に浮かぶ。
初めに全員を見ていたその目はゆっくりと動き、結城の腕から滴り落ちる血に向けられる。
その視線に含まれた言い表せない不快感に耐えかねて、
結城は前に出て剣を抜くと冷静にと自分に言い聞かせるために息を吐いてから
そうしたくない、という思いを隠しつつ、まっすぐに相手を見つめて話しかける。
「……それ一体誰のつもりよ?それともアンタは宮内なの?」
「私は私だ、海部要以外の誰でもない」
はっきりと堂々とした普段の彼女の調子で、その目の形を相手を睨むような形に変えた。
それが先日の偽一ノ瀬と同じ質のものなのか、本当に海部要から零れた言葉なのかを掴みきれない。
「……目的は、何?」
「あの時言ったでしょ?私はお前らを貶めて、その反応が見たいだけだ」
再び相手の表情はニヤリと、獣が牙を向くように笑ってみせた。
声の調子、表情、全てがフラフラと正体を煙に巻くように変化する。
状況、思考、聞こえてくる音と調子の不和にクラクラとした感覚を覚えて、結城の口は閉じたままになる。
「あの時?あの時って何のこと?」
「あぁ、お前と塚本はいなかったから知らないんだったな……クククっ」
鳴滝が自分が口を開けると判断し、目の前の狂気を氾濫させた友人に問うと、
彼の質問をどこか待っていたかのように、海部は肩を震わせて笑う。
そして、その不気味な狂喜に染まった目を、何故か一ノ瀬に向けた
思わず背筋に悪寒が走るほどの何かがそれに充満していたが、彼は彼女から目を逸らすことはしなかった。
「お前ら二人は知ってるだろ?……」
「あの時?もしかして宮内が俺達を嵌めたときに……」
「フッ、フフフッ、フハハハハハハハハ!」
一ノ瀬の言葉に益々海部はその不気味な笑い声を増幅させる。
音量からではなく、不安をかきたてる何かを孕んだその音から、
できないとわかっていながらも、彼女達は逃避したくなる。
「お前らまだわからないのか?アハハハハハハ!」
「……まさか、本当はアンタが、海部さんが犯人でしたって言うわけ?」
遠く響く高笑いに、耳を防ぎたくなるのをこらえながら結城は口を開く。
ますます笑い声を大きくして両腕を大きく広げて体を逸らした。
「フフフフッ!ハハハハッ!私は、あなた達を二回も裏切った!ハハハッ」
「……海部さんが?でも、でも、海部さんだって一緒に止めようと……」
塚本に向けて、海部は左手に持った鎌の刃に、相手の瞳を写すように見せる。
薄く鈍く映った少女の表情は、自身の思っていた以上に不安を浮かべている。
「そんなの、近くで見たほうが面白いからに決まってるじゃない
それに、コレの意味わかんねぇのか?」
不安の刃の少女の表情は、突きつけられた言葉と笑いの意図に目を見開く。
「部員の、女子の声……だけど!」
「聞いた声とは違う?私が姿を変えた話は聞いてなかったのか?
そんな簡単に足跡付けると思ったら大間違いだ……クククッ」
鳴滝の否定の言葉は、平静になった相手の表情の冷淡な言葉に切り捨てられる。
悲しみに染まる顔を見ると、彼女は自分の中の快楽が満ち足りたように大音量を放つ。
「フフフフッ、そうよ、恨め!憎んで!その視線を望んでいるんだから、フハハハ!
その視線のままお前ら全部壊してやる……クハハハハハハハハッ」
その声の後に、大きく息を吐きながら上半身を前にだらんと倒し、頭だけもたげ、四人に向けてニヤリ、と笑った。
どこまで嫌悪を誘う動作と口調を、彼女は進んで選んでいるような感覚をその視線の先は覚える。
「話せることは全部だ、私はあなた達を裏切った、そして互いに戦わせた、これが全部だ
お前達を惑わせた、動揺させた、それが私の望み、願いなの」
「宮内はどこに居るんだ?」
「それは、私を倒してからのお楽しみ、
捕らわれの“ヒメ”との対面は“マオウ”討伐の後が相場だろ?“ユウシャサマ”?」
一ノ瀬に気取った言葉で海部はぎらついた目と同じ質の光を放つ斧の刃を向けながら告げる。
そして、海部は斧をゆっくりと地面に降ろし、両腕で持ち手を軽く上に投げ、持ち手の中心から少し上を持つと。
四人に向かって無防備に近づいていく。
「私を……“マオウ”を倒してみろぉ!アッハハハッ!」
「そもそもそのつもりなんだけど!」
叫ぶ海部に答えながら、結城も近づいて彼女に近づく。
至近距離、剣の刃を当てるには十分すぎる距離で、結城は相手の腕目がけて左手で剣を振る。
「クククッ、そっちの腕でどこまで保つか……そらっ」
「うわっ!?」
海部は右手の斧の先でその剣を受け止めると、右手と剣の隙間に入れるように鎌の刃を下から持ち上げる。
結城はよろめくように後ろに下がり、どうにか攻撃を浴びることだけは避けた。
「くらえ!!」
「やらせん!」
彼女の右側に回りこんだ鳴滝が槍を突き出すが、海部は素早く斧を彼の方向へ向けながら
その槍の起動を持ち手同士の激突で逸らし、鎌の刃を振り上げる。
腹の左に鎌の刃先は深く突き刺さり、彼を完全に捕らえた。
鳴滝は刃を抜こうにも思うように体が動かせずに、目を瞑って痛みに堪える以外に出来ることが無かった。
「……あ、くっ、ふっ」
「京くん!」
一ノ瀬が叫びながら近づくが、海部は意に介さずに斧の先を鳴滝に向ける。
だが、海部の背後に立った塚本が彼女の斧を握る腕に銃弾を打ち込む。
右肩からあふれる、血。
鳴滝から乱暴に刃の先を抜くと海部は忌々しいと塚本の方に振り返り、相手を睨む。
一ノ瀬は、海部の相手よりも先に鳴滝の救助が先だと、彼の傍に駆け寄る。
「……京くん、もう下がってたほうが」
「大丈夫、それより、塚本が……」
腹を抑えて立ち上がろうとする鳴滝と一ノ瀬は同時に海部へ視線を向ける。
向こう側には銃を構えたままの塚本と距離を詰める海部。
「効いて、ないの?」
「……ククッ、まぁ良いタイミングだけどなぁ、痛み事態は寧ろ心地良いかなぁ……アハハ
だけど面倒だし、お前から先に消えてもらうか」
その間に結城が塚本を守るように立ち塞がり、剣の切っ先を突きつける。
だか海部はそれに怯むことなく数歩近づき、少しだけ手を緩め持ち手の後方を握った。
「アンタも前の京くんレベルに痛覚鈍ってるわけ?」
「クッ、ククッ、コレくらいで終わるわけ無いだろうが!!」
叫びながら、飢えた獣のように光る目をカッと見開いて斧で横になぎ払う。
結城は後ろに下がりそれが過ぎたのを見届けると、銃声と両頬の空間から何かが通過する感覚。
その銃弾を、海部は鎌を盾にするように刃で体を覆って防ぎ、それを体の前から外すと
目の前の結城目がけて斧を突き刺そうと前に突き出した。
怯まない相手に驚きながらも右に回って、がら空きになった右腕を切りつける。
防御する術の無いそれを海部は直接腕で受け止めた。
「……どうせまだ続けるんでしょ?」
「よくわかってるじゃねぇか!」
鎌を無理矢理振りあげるのが見えて、咄嗟に距離を置く。
自分の立っていたところにまっすぐに鎌の刃が突き刺さるのが見えて、悪寒が背中を駆ける。
「本気で来てよ、殺しに来てよ、そうじゃないと、殺しちまうからなぁ!」
右肩も右腕もだらだらと血を流しているが、彼女は笑みを絶やさない。
寧ろその痛みを望んでいるかのように、内に秘めた狂気はどこまでも増えていくように思えた。
「俺の相手もしやがれ!」
一ノ瀬がその背後から、頭部を狙って飛び掛る。
同時に傷を庇いながら鳴滝が彼女の右側から攻める。
「……ククッ」
「がっ!?……ぐっ」
海部はボロボロなはずの右腕を、一ノ瀬目がけて突き出す。
驚いた表情のまま、空中で無防備なその体に、その刃先が突き刺さる。
「グッ……」
「ハハハッ!……どけ」
暫く刃を抜こうと、手足を動かしてもがくその様を嘲るように見た後、
そのまま海部は鳴滝目がけて斧を振り回す。
鳴滝が防御しようと試みたものの、その体に持ち手が激突し、刃先の一ノ瀬諸共空中に投げ出される。
「ぐぅぅ!?」
「カハッ!!」
回転しながら吹き飛ばされた体はコンクリートに鈍い音と共に地面に激突する、
回った視界と、傷口に走る激痛に、立ち上がれずに二人は悶絶する。
「悠斗くん!京くん!」
「織枝!ダメ!」
結城の制止を聞かないままに慌てて駆け寄ろうとする塚本。
その無防備の時間を、海部は逃さなかった。
彼女の左肩に落ちる、鎌。
深々と突き刺さるそれは彼女の腕の一部を乱暴に引き裂いて消し飛ばす、
地面に落ちた銃は、その場に溢れた血しぶきで真っ赤に染まっている。
「ヒッ、ヒヒヒッ、ハハハハハハッ!!」
「っ!あんた!」
怒りで完全に火のついた結城が感情のままに海部の左腕を深々と剣で突き刺し、貫通した。
痛みに顔を歪ませ、鎌が手から離れた。
剣を引き抜かれた、真っ赤になった左腕を見つめた目に、先ほどまでの光はは消え、
かつて塚本や鳴滝の示したそれと同じ目の色に変わる。
その笑い声だけが、先ほどまでの異常さを保ったまま響く。
「ぐぅ……つっ!フフフッ、ハハハハッ、そうよ、そうだ!ソウダアァ!アハハハハハッ!
倒して!倒せ!私を!倒して!!!
アハハハハハハハハッ!?私は、私は、お前らを、お前らを、ハハハハ、アハハハハハ!」
落ち着いた結城が呼吸を整えている間に、一ノ瀬は塚本に駆け寄る。
痛みにうずくまって、必死で歯を食いしばって彼女はその傷を抑えている。
「……はぁ、はぁ……っ、うぅ……」
「……京くん、塚本を頼む」
「え?、あ、悠斗!悠斗は大丈夫なの?」
「俺はこのくらいなんとも無い、それより、アイツを何とかしないといけないだろ
だけど塚本を放っておくのも怖いんだ、頼む」
鳴滝が頷いたのを確認して、一ノ瀬は結城の隣に近づく、改めて彼女の笑い声を聞く。
武器を一つ失った彼女の声は、ようやく、ほんの少し彼女の本音をさらけ出しているように思えた。
彼女の癖のような、自嘲めいた響きが、僅かに。
「……いくぞ、あと半分、怪我した右腕ならいけるだろ」
「悠斗くんは?大丈夫なの?」
「俺はさっき塚本を庇いきれなかったから、こっちでいいんだ」
「りょーかい」
これ以上は引き止めても無駄だろう、それに、この立場が自分たちに背負わされたものなのだろう。
諦めと、覚悟と、内交じりの感情を持って相手を見つめる。
斧を持つ右腕は、左腕と違いまだ完全に機能するようだ。
「ク、ククククッ、倒せ、倒して?アハハハハ!全部終わらせてみせろぉ!!アハハハハハッ!!
殺せ!殺して!殺せぇえええええええええ!!」
仕掛けてきたのは相手からだった、大きく上げた斧で二人まとめて切り下ろそうと斜めに振り下ろす。
二人が左右にばらけると、地面の砕かれる音。
「まだあの破壊力って、流石に意味わかんないって!」
「うぅ……っ」
切りかかる結城に斧を引き抜いて、両腕で持ち手を構えて刃を受け止める。
左腕に走る痛みに、海部は呻くような声を上げる。
「忘れんなよ!」
「っ……しまっ!」
再び背後から迫る一ノ瀬、武器を持ったまま体だけ助けようと左腕を離しながら半身を後ろに下げた瞬間。
彼女の右腕に走る衝撃と、見開かれた目に宿る、正気の光。
彼女の目の前には持っていた斧を地面にたたきつける手甲と、剣。
闇に溶けるように、黒い煙を発しながら消えた武器を彼女は見届けると、
膝から崩れ落ちて俯いたまま声を漏らす。
「ぐっ……つっ……がぁっ!?」
感覚を取り戻したらしき彼女は、体を前に折って声を上げる
結城が咄嗟に手を差し出したがそれを無理矢理上げたで遮って断ると、
どうにか体だけを持ち上げて、俯いたまま声を振り絞る。
「ゆう、き……わたし、は」
「最初のあれが全部嘘なのは途中でなんとなく察したからもういい」
「……そう、か」
気が緩んだ、口の端の緩んだ海部が顔を上げた瞬間、岩の割れる音と何かが地面を這う音。
全員がその場で辺りを見渡すと、先ほどまで静寂を守っていた蔓が一斉に動き出したのだった。
「これって、織枝の洗脳解いた後の……!」
「とにかく逃げるぞ!こんなの相手にしてら……」
一ノ瀬が言いかけた瞬間、ニ、三本の人の腕の太さほどの蔓が瞬時に結城と一ノ瀬の胴に絡みついて宙に浮かせる。
彼らの体が後方に下がる一瞬前に反射的に伸びた結城の右腕と一ノ瀬の左腕を、海部は傷を無視して掴む。
蔓の勢いは、わざと彼女を痛めつけるためか、
彼女が踏ん張れる、それでも後方に引きずっていける力を保っている。
だらだらと両腕から流れる血液、に歯を食いしばる海部と結城を交互に見て、一ノ瀬が叫ぶ
「ぐっ……っ……がぁっ」
「おい……結城!」
「わかってる!……けど、堅い、こいつ!」
開いた方の腕で剣を持ち、自身を縛る蔓を切ろうと試みるものの
表皮を僅かに傷つけるだけで切断に至らない。
それでも何度も、傷の入った部分を斬る。刃を傷に当てたまま上下に、鋸のように使う。
どうにか断ち切ろうと、様々な手段を試みる。
「塚本はどっちかの腕を掴んであげて!僕はアレを斬りに行く」
「わかった!」
腹の傷を庇いながらの鳴滝に、塚本は頷いて一ノ瀬の開いている右腕を掴む。
彼女も左肩に負った傷に苦悶の表情を浮かべながら少しずつ引きずられていく。
「放せ!!」
鳴滝は蔓の方に向かって一ノ瀬を掴んでいた蔓に向かって槍を突き刺す。
刃の半分ほどが突き刺さり、このまま引き裂けると思った瞬間、彼の視界の外から蔓が現れその柄を覆う。
自身が連れ去られては適わないと、武器から手を放した瞬間、
彼の武器は緑の物体に包まれたまま闇の向こうに連れ去られてしまった。
呆然とする彼の視界に、引きずられる二人の姿が見えて我に返り。海部の掴んでいる結城の右腕を共に掴む。
「っ!この!くそっ!」
「結城!行けるか?」
「まだ!一つ目の!半分!」
一ノ瀬も蔓を引き剥がそうともがき、結城に尋ねる。
応える声は息が上がっている、目の前の三人が捕まえてくれているとはいえ、時間の問題なのは、目に見えていた。
一ノ瀬の視界の後方新たに数本の蔓が伸びる、
それの目標は自分たちではなく、止めている三人の喉元へ、後方から。
「ぐっ!?」
「うっ!」
「ふっ!」
引き剥がすためというより、単純に彼らに苦痛を与えるために
彼女らの気道は締め上げられる、それでも掴んだ腕を放さないように歯を食いしばり閉じかけられた目を開く。
あふれ出る血で真っ赤に染まった体がそのまま痛みを視覚的に訴える。
くわえて明らかに呼吸を妨げるそれは、現実の彼らの命に影響を与えてしまいかねなかった。
確実に弱っている自分の腕を掴む感覚に、一ノ瀬と結城は顔をあわせて、頷く。
それにもう三人は気づいていない。
「……後は、任せたから」
「それ、どういう、意味……」
海部の言葉に答えないまま、二人同時に、一ノ瀬と結城は腕を大きく動かして、彼らを手を振り払った。
それと同時に、彼女ら三人の首からだけでなく、周囲の建物からも、蔓は解けてなくなろうとしている。
「待って!」
塚本が咄嗟に腕を再び伸ばすものの、寸前のところで手を掠めて、二人は闇の向こうに消えてしまう。
それと同時に、音も無く辺り一体を支配していた緑の植物の姿は消える。
支える必要の無くなった三人の体は、互いに言葉をかわすことなく、どさりと地面に倒れる。
濁っていく意識に伝わるのは気持ちの悪い、堅さのコンクリートとじわりと伝わる血液の冷たさ。
沈黙と、暗闇と、そして彼女達が集まっていた時と全く変わらない姿のマンションだけが
三人の消えていく姿を見つめていた。




