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十五日目~絡まる~

空を覆うのは、雲。

この世界の主の心をそのまま移したような、暗く暑い雲。

ほんの少しだけ欠けたように見える月だけが、時折その合間から顔を覗かせる。



街に横たわる体は4体、その中で最初に意識を取り戻したのは、結城。

普段のように自分の居る位置を把握しようと周囲を見た瞬間、彼女の呼吸が一瞬止まる。



細いものでは人の腕程の、太いものでは人の胴ほどの太さの蔓が、

道路に、マンションに、街灯に絡まっているのだ。

今までは見慣れた街の様子を呈していた夢の世界がここまで変化を見せたことに、彼女は困惑する。



完全に動きを停止した彼女の後ろで、ゆっくりと一ノ瀬、塚本、鳴滝の三人も立ち上がる。

既に起き上がっている結城の方を見ながら先ほどの彼女と同じように

位置を確認しようと辺りを見るとそれぞれに驚いたような反応を示す。



「何だよこれ……」

「わかんない……けど……」



結城は本来の目的である場所の確認のために蔓を纏った建物の壁と周囲の地形を見る。

国道沿いに立つ結城の家からそう遠くは無い、古本屋の前にある歩道だった。



「えっと、ここは?」

「私の家の近く、ここから行ける距離で居るとするなら私の家のマンションの広場か宮内の家か……」


付近の情報に疎い塚本が結城の近くに近づいて尋ねる。

その言葉に返している間に、一ノ瀬と鳴滝は近くの建物に絡まる蔓を探る。

軽くそれを撫でた鳴滝は首を傾げていた。



「硬いね、見た目は蔓だけど強度で言うなら幹っぽいなぁ」

「……海部さんがやったんだろうけど、ここまでやるか……

 本当に街中張り巡らされてるのか?つーか、これの目的は何なんだ?」



一ノ瀬が蔓を視線で辿り、そのまま結城の見ている彼女の家と反対方向に続く道路の先に目をやる。

幸い証明をつけているのと同等の範囲を彼は見渡せた。

遠くには見慣れた看板が連なっており、異変は見当たらない。


彼は数歩足を進めてその先にもこの植物があるかを確かめようと道路へ足を踏み入れた。



「悠斗!」



鳴滝の叫び声に一ノ瀬が足を止める。

それから一、二秒の間を置いて、彼の右腕から体を後方に引っ張る力が働き

それに驚きながら目を閉じ、そちらに数歩下がる、体は不安定に勢いのまま後ろに倒れこんだ。

どん、と誰かに支えられたらしき感覚に自分の体が安定したのを感じてゆっくりと目を開くと、そこには緑色の壁。



ゆっくりと建物の方へと目をやると、かつてそこにあった建物同士の間の道路、

先ほど彼の立っていた場所も含めたそれが完全に蔓に飲み込まれている。



「そういうのは本気で卑怯だと思うんだけどな」

「ホント……アレ直撃してたら終わりだろうし」



自分の右後方から聞こえる声に、一ノ瀬は何も理解できていない油断しきった表情でそちらを向く、

その正体を知った瞬間に、自身の苦手な虫を見たかのような嫌悪感を露にした顔になる。

結城は相変わらずの反応にため息を吐きながら、掴んでいた右腕を放すと、

一ノ瀬は彼女へと腕を払うような動作をしながら距離を離す。



「京くんじゃねぇのかよ!素で一瞬驚いただろ!なんでお前なんだ!なぁ!なんでお前なんだ!」

「見たら体が動いてたんだから仕方ないじゃん!っていうか助けたんだから感謝してよね!」

「ありあとごぜーっしたー」

「……はぁ、まぁ無事ならなんでもいいけどさ」



結城はため息を吐いて、改めて新たに出来たその壁を見る。

蔓が幾重にも重なって目の前に壁のように反り立っていた。

先ほどのようなことが起きないか、念のため左右の壁を見ながらその動きが無いことを確認してから

右手に持った剣でその蔓に切りかかろうとするが、鳴滝の声が止める


「待って?」

「なんでよ?段差が多いからよじ登れば向こうに行けないこともないし、

 調べないとどうにもなんないし」

「調べたり登ってる途中に襲われたらどうするの?それこそどうしようもないよ……」



鳴滝は怯えたような表情で緑の壁から目を逸らす。

今のところ沈黙を保っているその壁だが、その言葉を否定できない結城はゆっくりと距離を置く。



「……ククッ」



聞き覚えのある声ながら、悪魔のような邪悪さを含めた声。

それを真っ先に知覚した塚本が真っ先に二丁の銃を上げる。

視線の先には一ノ瀬……目を赤く光らせた、それ愉快そうに肩を震わせて笑いながらゆっくりと近づく。



「……涼香ちゃんを洗脳しようとしたのは、あなたなの?」

「サテ?ドウダロウナァ?」


銃声から数秒後に彼の右腕から僅か黒い血が漏れる。それでも彼はその笑みを絶やさない。



「……答えてよ」

「ソウダナァ、ヒトツ言エルノハ、ココニ無限ニ居ルヨウナ獣一匹ニソンナ能力はネェッテコトダナ」

「違う、の?」

「ソモソモ、オ前ハマトモナ答エヲオレニ期待シテタノカァ?ハハハッ」



嘲笑、という表現のふさわしいその声。

塚本は潰えそうな願いを必死で自分の中で保とうと真っ直ぐに相手を見続ける。



「ハッキリシタ答エナラ、主人に直接聞ケバイイ……出会エレバノ話ダケドナァ!」



目の前の偽一ノ瀬は理性の箍の外れたような笑顔のまま、塚本に向かって駆ける。

彼女も咄嗟に引き金を引く、それは彼の左目を確かに打ち抜いたが、その姿は消えない。


「嘘!?」

「ヒヒヒッ」


その表情を保ったまま至近距離から彼女の顔目がけて拳を捻る。



「女の顔狙うのは無しだろ!」



僅かに残った二人の隙間から足を入れ込んで、自身の偽者の腹に目がけて蹴りを入れる。

抵抗無く吹き飛ぶその体、軌道がその左目から流れる黒い液体で示された。


獣の天性の能力か、体勢を空中で持ち直し両足と右腕で体を支えて着地すると、自身に振り上げられた拳を手甲で受けた。

塚本は射撃しようとするものの下手をすれば一ノ瀬を巻き込みかねないその状況に攻撃できずに居る。



加勢しようと走り出した結城と鳴滝の目の前に何者かが立ちふさがる。

片目を失った相方と同じ目の色と同じ質の笑い方をした鳴滝だった。



「一匹ダト思ッテナイヨネ?ハハハッ」

「相変わらず鬱陶しいタイミングでくるよね、そっちも!」



結城が先に斬りかかる、それを槍の刃で受け流し、脇から迫っていた鳴滝の武器に自身の武器の持ち手を当てて防御する。



「やっぱり邪魔するんだね」

「ソレガ役目ダカラネ、ダカラ、頑張ッテヨ?」

 


鳴滝は答えないで一度体を後ろに引くと、怒りをそのまま込めた槍をまっすぐに突き入れる。

確かに気迫のこもったそれを無感情に後ろに下がってさける。



「もらった!」



着地した瞬間の、がら空きになった腹に向かって結城が剣を払う。

聞こえたのは悲鳴ではなく、風を切り裂く音。



二人の足元に狐がその本性を現している、と認識していたときには既に相手は牙を向いて結城に飛び掛っていた。

咄嗟に体を守ろうと前に出した左腕に、その牙が深く食い込む。



「……っ」

「離れろ!!」



痛みに歪む顔を開放しようと鳴滝は槍を短くもってその体を斬りつけるが、狐は離れない。

だらだらと黒い液体を体から流しながらも、彼女の腕を引きちぎらんといわんばかりに食いついていた。


彼女も抵抗のために無理に引き剥がそうと体ごと相手を振り回すが、それでも勢いは衰えない。

結城は右手に持っているものをようやく思い出して、至近距離にあるその体に向けて剣を突き刺そうとする。

が、そのタイミングを見計らったかのようにその牙は結城から剥がれてその身を後ろに投げ出す。

再び行き先をなくした刃だけが彼女の目の前で光る。



「結城、大丈夫?」

「致命傷って訳じゃない。大丈夫、それより狐は……!」



結城が正面を見るのに遅れて鳴滝も視線を前にやる。

既に仕事は終えたとばかりに自分たちを襲っていたそれは道の開かれた街の方へと走っていく。

視界に同時に入ったのはうずくまる塚本と、それを心配そうに見る一ノ瀬、

そして街へ消えていくもう一匹の狐。



「塚本、大丈夫か?……悪い、守りきれなくて」

「……ううん、平気、大丈夫」



差し出された手を掴んで、塚本は立ち上がる。見た目に傷は負っていないように見える。



「アンタさ、女子くらいちゃんと守りなさいよ?織枝は私と違ってか弱いんだから」

「お、自覚あんのかお前」

「どっかの誰かのおかげでばっちりです!じゃなくって……織枝、大丈夫?」

「う、うん、突進、当たっちゃっただけだから……涼香ちゃんこそ、その腕……」

「あぁ、平気平気、どうせ実際じゃないんだから」



浴びせられる心配の言葉に対して逆にその調子で返す塚本に、結城は軽く笑う。

鳴滝はじっと見えなくなった狐の行く先を見つめている。


「どうしよう?追いかけるしかないよね?」

「だな後ろのアレを上るのはな……戦ってる間動かなかっただけセーフだろうけど

 もしかしたら触ったらアウトみたいな奴かもしれないしな」

「……あいつらの血っていうのも変だけどさ、多分あいつら、誘導するためにわざと残してるっぽいし」



言いながら結城が指差すのは二つの黒い液体で出来た道。

それはコレまでのその液体とは違い、彼らの行く道を示すようにはっきりと地面に残っている。



「……海部さん、居るかな?」

「居る、絶対、確証は無いけどな」



塚本は一ノ瀬の言葉を聞きながらも今にも落ちそうな吊り橋を見るような目で前をじっと見つめる

その道が、その闇の向こうが示すのものが後戻りできない何処かの底のような不安感。



それに威圧されないようにないように一ノ瀬は歩き出し、振り返らずに三人に告げる。


「行くぞ、とっとと終わらせて話を聞きたいしな」


彼もまた目の前の闇を恐れているようで、それでも鼓舞するように静かに、それでも確かその声は聞こえた。

その言葉に誘われるように結城も、塚本も、鳴滝も歩き出した。



目の前にあるスーパーマーケットの手前、南に折れた道を曲がりまっすぐ道を下る。

見慣れた筈の街すべてが敵になったかのような錯覚が四人を襲う。

それはこの世界を支配しているのが相手だとはっきりわかっているからなのかどうかはわからない。



目的のマンションの角に立つ、広場は既にその入り口をこちらに無防備に晒している。

黒い液体はその手前で途切れている。力尽きたのかどうにか流れ出すそれを止めたのか。




武器を構えながら、なるべくペースを変えないでその入り口の目の前まで歩き。

その目の前で九十度、体を回転させてその中を見る。


広場全体に蔓は広がっていた、いつもにも増した迫力を持つその建物の下。

距離がそれなりにあったが、目の前の広場の中心に聳え立つモニュメントの前それを四人は認めた。

海部は居た。彼女の顔は完全に伏せられていてわからない。

両腕をダランと下に下げて微動だにせず、生きているかどうかも怪しいような空気。



結城を先頭に四人は広場に入る、不穏なまでの静寂が彼女達を迎え入れる。


「……お待たせ」


ソレだけを告げると、突然海部の両腕に力が入り何かを持ち上げながらゆっくりと顔を上げ……そして、


「フフフッ……本当にすっごく待ったんだから、まぁそれだけ楽しんでもらえたならいいんだけど?」



右手と左手、それぞれに斧と大鎌を持ちながら、狂気に歪んだような笑顔をこちらに向けた。




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