十三日目~原因は~
目に映るのは空を覆い視界を塞ぐ夜の闇と、蛍光灯の光すら発しない見慣れた建物。
両刃の剣を片手に携えて一人、結城は国道に沿って建つそれらを必死で見ないように、
足元から数メートル先に視線を落として学校を目指す。
(見慣れてるとはいえやっぱ灯りが全くついてないのは怖いわ、なんでこう威圧感があるかな……
なにより音が無いのが何より嫌、耳鳴りまでしてくるのが本当に耐えられない。)
耳の奥からキーンという音が聞こえてくるようで、必死で結城は周囲の音を求めるが。
聞こえるのは彼女の歩く音と布のこすれる音以外何も無い
先に進むことに集中して、少しでも症状を和らげようと
隣にあった寂れた商店を抜けて車も人も居ない閑散としたガソリンスタンドを歩く。
ここまでくれば校舎は目の前にある、と自身を奮い立たせるために顔を上げた視線の直線上に
校舎の隣に立つ歩道橋の階段から、見慣れた姿が降りてくるのが見えた。
「悠斗くん!」
考えるよりも前にそれに声をかけながら走って近づく、相手も階段から駆け下りて、
結城から数メートル手前で止まると、両手で作った拳を挙げて結城相手に戦おうとするような姿勢になる。
「お前が黒幕か!!」
「どうしてそうなんのよ!」
「京くんが言ってただろ?『敵は一人きりのときを狙った、女の部員の声だった』ってな!」
必死で否定する彼女の言葉に、一ノ瀬は自信ありげな表情をしながら人差し指で相手を指した
結城はそれにどう突っ込みを入れるか迷っていたが、その間に彼は何かに気づいたかのように腕を降ろす。
「あ、女かどうか微妙だったな、悪ぃ」
「謝る所はそこじゃない!っていうか出会い頭から酷くないそれ?」
「それより、他の奴は?」
突然話題が変わったことに関しては普段のことだと、特に言及をすることも無く
思考を冷静に戻す意味で少しだけ距離を詰めてから一呼吸置いて返事をする。
「まだ見てない、探すために学校に向かってた所って感じ」
「そうか、さっさと見つけないとまた面倒なことなるからな」
「……うん」
頷きながら数日前に見た、鳴滝の表情を思い出す。
自身の体験した情報を与えてくれたものの、「また迷惑をかけてしまった」という罪悪感にまみれた表情。
これ以上誰かにそんな表情をさせることも、結城自身が引きずられてしまうことも結城は避けたいのだった。
「はやく原因見つけないとな、にしても『部員の女子だった』か……」
「……あんまり、疑いたくは無いけれど。
何かよくわかんない狐か何かにそうされたんじゃないかって」
「だといいけど……な」
鳴滝の与えてくれた情報といえば、殆どが塚本のソレの繰り返しであったが、
結城には一ノ瀬の繰返したその言葉が妙に引っかかっていた。
塚本は犠牲者だった、いや、彼女も犠牲者のフリをしていただけなのかもしれない。
後の二人は何かを考えていたのか、それとも無実なのか?
様々な猜疑がぼんやりと心の中を彷徨うのに彼女自身でも嫌気がさしていた。
「……あとの二人だしさ、否定は確かにできない、けど二人ともあんなことまでするのかな?」
「案外わかんねぇぞ?裏で何思われてるかわかったもんじゃねぇ」
「アハハハ」
大真面目な態度で嫌悪の表情を浮かべるが、それがいつものからかいのトーンだと知っていた結城は笑う。
そして、事実出会って欲しくないという願いが心の奥底で疼いていた。
出来ることなら、事件の以前の関係に戻れる結末であることを必死で祈っていた。
「俺は、思うところがあるんだけどな」
突然先ほどの大真面目な態度から本当に真剣な、冷静な表情に戻った一ノ瀬に、結城は彼の顔を見る。
体ごと校舎のある方向の道に向けて遠くの暗闇をじっと見詰めて、何を考えているのかを読み取ることが出来ない。
「……本当に悪いのは、誰なんだろうな」
「誰って……?」
「……もし、ここに居ないあいつらのどっちかが、いや両方かもしれないけど、
あいつらが俺たちをはめようとしてるとして、こうなる前になにか出来たんじゃねぇかって」
「考えるだけ無駄なんじゃない?……って思うには思うけど、私もそれはちょっとだけ思うことはある
もう少し何かしたら避けられたことがあるんじゃないかとか、考えても仕方ないことわかってるけど」
彼の視線と同じ方向を向くと、途方も無い暗黒の入り口が目の前に広がっている。
弱音を吐いてしまうのは、彼と二人であることが手伝ってのことだ。
「……もしもって思う瞬間はない訳じゃない」
「塚本と京くんがたらしこまれた理由は……だしな」
結城を気遣ってかあえてはっきり言い切らない言葉に頷く。
彼のぼやかした事実に結城が思い悩んだことは一度や二度では無かった。
一ノ瀬が暗闇から体を結城の方に向けると、結城も視線を彼の目に戻す。
その瞬間感じた違和感。
何と形容すれば良いのかはわからないが、その目を見てはいけなかったと
そしてその気配が、存在が一ノ瀬のソレでないということを直感で感じた。
なのに視線を逸らせない、逸らすことが出来ない。
「もっと力になれなきゃだめだよな、あいつらの」
「アンタ、悠斗くんじゃ……!」
睨みつけるが、相手の表情は変わらない。普段の一ノ瀬のそれと何一つかわらない。
なのにその裏にある何かが、結城の頭に危険信号を発する。
「何言ってんだ?それより早くなんとかしないとな……お前と俺の力で」
「違う、アンタは……アンタは!」
左右に首を振りながら数歩後ろに下がる、それに合わせて相手は数歩歩いて距離を保つ。
逃げなければならないのにそうやって後ろに下がり、拒絶を口にするのが精一杯だった。
「このままじゃ、何もわかんないで終わりになっちまうだろ?」
「私は……アンタは……」
口を閉じる、その怪しい目の奥に誘われるままに膝の力が抜けて、地面にへたり込んだまま
相手の目をじっと見つめるとまるで自身の意識と体の感覚が完全に支配されたかのような錯覚に襲われる。
「な?俺たちの力で……全部なんとかできるように」
「…………」
意識が遠くなる、必死で左右に振っていた首も次第に動きが無くなって相手の目を見つめるだけになる。
その目から、光が失われるかと思われた寸前。
「そこのお前!何してんだ!人の姿勝手にパクりやがって!」
結城の沈みかけた意識にも、その声は聞こえた。
目の前の相手と同じ声であるのに、安堵と優しさとを感じるその声。
一ノ瀬がもう一人、歩道橋の数段上から飛び降りて。結城に対面していた方の一ノ瀬の背後に降り立つ。
相手は忌々しそうな目で、それでも笑みを浮かべながら相手を見つめる。
「……ちっ、もうちょっと遅かったら面白いもん見れたのにな」
「ふざけたこと言うなっての!」
怒りをあらわにしながら拳を相手にぶつけようとすると、相手はひらりとそれをかわす。
と同時にその姿がまるでカメラのピントがぼやけたかのように揺らいで、
その後、全く別の人間の形をを彼の目の前に形成した。
「やっぱり完全に誘いこんでない相手の姿じゃ、こんなもんか……」
「なっ……」
一ノ瀬は相手の姿をじっと見つめたまま動けない。
正気を取り戻した結城も頭を降ってゆっくりと立ち上がって相手の正体を確かめると呼吸が一瞬止まったような感覚に陥る。
「何?どうしたの二人共?私のこと信じてなかったんじゃないの?」
それは確かに宮内だった、見間違えようの無い存在に二人は言葉を発せない。
黙ったまま完全に停止した二人をあざ笑うように彼女は続ける。
「あれだけ皆の前で疑いの目を向けさせた割には驚いた表情してるけど?」
「それは……もしあの中に敵がいるならの話だっただろ……」
「だったとしても、疑ってたのは事実でしょ?だったらあの場で言ってたこと繰返してあげようか?
『犯人が部員だとするなら塚本は最初の犠牲者だから無い、結城か宮内が嘘をついているか……あとは……』」
真意の見えない笑み。
苛立ちと、覚悟していたながら真実を突きつけられた痛みとで一ノ瀬は言葉を失う。
相手にペースを持っていかれたくなかった事と、素直に湧き上がる疑問を結城は続くであろう相手の皮肉を遮ってぶつける。
「で、あんたは何が目的なのよ……ここまで引っ掻き回して唯の暇潰しなんて抜かしたら……」
「だったらどうするの、村八分にでもするつもり?でも、そんなことできるの?」
「まず質問に答えて、あんたの目的がなんなのか」
握りこぶしをギュッと握り締めながら結城は思う、ここまで冷酷な視線を友人である存在に向けることが出来たのだろうかと。
この程度で相手が余裕を崩さないことも、怒りは相手を増長させるだけだと理解しながらも彼女のそれは納まらなかった。
「半分言ったようなものじゃない、本当にただの退屈しのぎ、で、あなた達は私をどうするの?」
「……それはな、それは」
「言えないようなことするつもりだったんだ、最低だね」
笑い声で返された言葉に一ノ瀬は押し黙ってしまう、そもそも敵が彼女であることなど実際は想定しては居なかった。
それでも、今自分の脳裏に浮かんだそれは、相手が言うような答えであったことが彼の自信を一瞬喪失させた。
「最低なのはアンタの方なんじゃないの?人をそそのかして戦うように仕向けて」
「そそのかされたくらいで戦うように仕向けられるくらい、仲を脆くしてたあなた達には適いませんって」
気に入らない、その不快な感情が胸の奥から一気に噴火したように湧き上がる。
宮内はそれを眺めると「さて」と芝居のような調子で切り出す。
「あなた達のその表情を見てるのも面白いんだけど、生憎これからやることがあるから私は忙しいの?」
「忙しいって……まさかお前!」
「私が思うようにあの子に吹き込んだら、どんなことになるかな?まぁ、楽しみにしててよ……じゃあね」
「待ちやがれ!!」
「待て!」
二人が叫びながら武器を構えて走り出したのとほぼ同時に、二人の視界がぼやけていく。
逃げられる、その絶望に心を折られそうになりながら二人は必死で武器を振る。
「ま……て……!」
意識は、丁度武器が相手を捕らえるか捕らえるかの寸前で消え去って
二人を無常にも現実の世界へと突き放したのだった。




