十二日目~不相応~
「全員相手で良いって割にはそういうことする?」
「保険は掛けるべきだと思っただけだよ、それじゃあ……覚悟するんだ!」
芝居がかった口調で叫んだ鳴滝は誇示するように槍を突き出してその刃を光らせると、二人に向かって走り出す。
一ノ瀬が結城より先に前に出た。
彼は長い柄が自分を裂くために上に動いたのを見て立ち止まり、刃の起動を自分から逸らすように手甲で坂を作る。
刃はカキンと音を立てて彼の目論見どおりその鉄の上を滑りながら空を貫くが、
鳴滝はその勢いのまま両手で柄を相手の武器に押し付けて相手と睨み合う。
一ノ瀬はそれに対抗して腕を交差させて受け止めるが、その力の強さに思わず歯を食いしばる。
「どうだい?僕の力は」
「まぁ確かに少しは強いけどな、負けねぇっての」
鳴滝が余裕を見せて笑うのに、一ノ瀬も笑みで返す。
だが内心、夢の世界で何者かが与えたその力の威力に対する考えを改めていた。
偽り、作り物の強さだとしてもこの世界ではそれが通用してしまうのだと。
幸いなのは、この世界は自分にも味方をしていることで、彼にそれを支えるだけの力を与えていた。
(ちょっと卑怯だけど……この際!)
その隙に結城は一ノ瀬の右側に回りこみ、奥に見える鳴滝の左腕向けて、剣を力強く降り下ろす。
彼はそれを見ていないにも関わらず、察知したのか競り合いの力を急に消して、一ノ瀬から見て左に逸れる。
身体を支えていた力が急に無くなって、一ノ瀬はバランスを崩し、前につんのめりになった。
結城の視界に彼が写るが、剣の勢いは既に殺せない。
「危な……!」
言いかけた言葉の前に、彼は殆ど反射で前へ足を進める。
背中に感じる刃が空気を切り裂く感覚にに自然と二人の心臓は締め付けられたようにキュと一瞬動きを止める。
結城が仲間を切らなかった安堵に浸りかけたその一瞬、彼女の右肩に深く刃が突き刺さる。
それから数秒遅れて、刃の冷たい感覚と、熱のように迸る痛み。
何が起きたのか理解しきれない彼女が肩から見える線をなぞると、先にはニヤリと笑う鳴滝の顔。
「っ……!」
「卑怯なことをした罰、だね
本当は悠斗も消えてる予定だったけれど……」
彼が腕を引いて乱暴に体から抜かれた刃からボタボタと赤い液が落ちる。
結城は冷たさの無くなった傷跡に妙な空虚を感じながら、左手で傷を押さえてふらふらと後ろに下がる。
それでも失われない闘争心で、視線は彼を捉えたまま。
「俺を無視するなって!」
両の足で地面を蹴りつけて向かってくる一ノ瀬に、鳴滝は至って冷静に向き直り、相手を怯ませようと槍を横に払うと彼の目論見通り、一瞬相手は足を止める。
二度目の空気を切り裂く音に、少しは慣れたものの、ヒヤリとする緊張は再びその体を駆け抜ける。
鳴滝は右手に残った槍を引き寄せて、残った左手で柄を握りしめて彼の腹めがけて槍を真っ直ぐに付き出した。
その動作全てを目にしていたのにも関わらず、一ノ瀬の体は反応が聞かない。
立ち止まった反動を足で殺すのが精一杯のその足は、左右に動くことが叶わない。
「あああああああああああああ!!」
叫び声と、鳴滝の右肩から跳ねる血。
鳴滝は忌々しそうに眉を動かして振り向くと、荒く乱れた呼吸をする海部が、斧の刃を突き刺していた。
「……流石にあの敵じゃあそこまで止められなかったか」
「無駄に、小器用、だったけど、な、けど、もう、いいだろ?二人だって、すぐに……」
「それでも僕は負けないけど」
「なっ!?」
鳴滝はそれだけ告げると刃から肩を無理矢理に引き抜いた。
海部はただ短く言葉を発しただけでそれに反応できず、宙に残された刃とともにその両腕を落とす。
地面から響く反動で両肩に鈍い痛みが走った。
先程彼の立っていた所にその姿はなく、彼が動いたということは確かにその流れる血からわかっていた。
それでも、彼は傷など無いかのように真っ直ぐに、一ノ瀬に向かっていく。
「そこまでやるかよ!?」
言葉ほどの呆れは無い、それ以上に戦う意志のある相手への焦りがあった。
身の危険が迫っていると頭を軽く振って、一ノ瀬も彼に応戦するために、再び走り出す。
一気に地面を蹴り、相手の懐へ。その身体めがけて右拳を捻る。
何かに当たる感覚……その距離で確かに決まったと思われたそれは、彼の右掌に収まっていた。
「どういう……ことだよ……」
「……残念だけど、今の僕にそれは効かないよ」
確かに自分の拳を支えた影響で、肩からは痛々しく血は流れているはずなのに、鳴滝は表情1つ変えずに淡々と言い、
至近距離から左手で、再び彼の体を貫こうとする。
「やられてもないのに、私を無視しないで欲しいんだけど!」
左手に剣を持って結城は切りかかる、一ノ瀬は再び妨げにならないように素早く後ろに下がった。
鳴滝も相手に再び向き直り、聞き手の使えないその不恰好な姿勢を両腕で握りなおした槍を払って距離を保つ。
「っ!」
「涼香ちゃん!」
二人の間を割るように銃弾が駆け抜ける。鳴滝は口を開かずに光の無い目で敵意を塚本に向けた。
一瞬肩を震わせたが、それでも彼を救うという目的が二人の視線のぶつかり合いを可能にさせる。
「絶対に、絶対に元に戻すから……」
「戻す?なんで?塚本は知ってるよね?こうしたら強くなれるって、事実塚本は五人相手に互角でやれたじゃないか」
「京くん、確かにそうだったよ、だけどこれは違うから……だから!」
塚本が引き金を引くと、弾丸は彼の無傷であった左肩を打ち抜く。
それでも鳴滝の表情は変わらない、流れる血液をそのままに相手にまっすぐ向かう。
「もう一人いるんだけど?」
「……宮内」
鎌の曲線側で槍の起動を下に逸らす。刃がコンクリートに跳ね返る音。
「そうやって最後に邪魔をするのはいつも宮内だね」
「ごめんね?でもそういう性分だから諦めてもらわないと」
鋭い目線を気にすることもなく笑顔を見せる相手に、軽く舌打ちをしながら鳴滝は後ろに下がる。
その足取りは、一瞬だけふらついたように見えた。
「僕は、引き下がらない、何をされても、どんな攻撃でも」
「京くん……もう限界なんだろ」
「そんな訳ないだろう?僕はまだいける、僕は!」
一ノ瀬の言葉を左右に首を振って否定する、がその足元は既に大量の赤で染まっている。
おそらく痛みがなくとも、体の方が血を失った感覚で気を失いかけているのだろう。
「僕は、僕はまだ!!」
一ノ瀬に向けて槍を向ける、半身を後ろにそらしてそれを交わすと、
槍を突き出したその腕が元に戻る前に、入れ違うように腕を伸ばしてつかむ。
「何のつもりで……!」
「京くん、もういいだろ?もう……これ以上は痛々しい、こんなの本当は嫌だろ?」
「五月蝿い!まだだ!まだ僕は全員に勝ててない!勝てて……」
再び出血の感覚による意識の混濁があったのだろう、彼の言葉が途切れると同時に彼の右手の力が抜ける。
開かれた手のひらから槍は抵抗なく落下していく、地面に落ちたそれは音もなくその場で消滅する。
「……っ!」
「おわっ!?」
武器の与えていた力がなくなったのか、目に普段の光が宿ると同時に、鳴滝は目を見開いてその場に崩れ落ちる。
一ノ瀬はそれに咄嗟に反応して胴体を支えてやる。
「……っ!ゆ……と……」
「今は良いって、喋れるような状態じゃないだろ……」
鳴滝はその言葉に俯いてぐったりと頭を下げて、ぜぇぜぇと肩で息をする。
「お、終わったんだよね?」
「……敵も居ないみたいだしそうなんじゃないか?」
海部は自分の来た道を振り返りながら、鳴滝が戻ったことに対して嬉しそうな声音の塚本に返す。
彼女の時のように、残党が彼に襲い掛かるということも無い。
途方もない、夢の世界の静寂が再びそこに広がっていた。
「お前も大丈夫か?」
「え、あ、うん……まぁ、痛いっちゃ痛いけど、激しく動かした訳でも無いし……
にしても、今回は普通に優しくしてくれるんですねー」
「は?俺はいっつも菩薩のように優しいからな!」
どうせ一ノ瀬には普段のように罵られるだろうと思っていた結城は、予想外の言葉が飛んできたことに少し言葉を出すのに詰まったが、すぐに普段の調子に戻す。
「相変わらず仲良いよねー、こんなときでも」
「本当に、さっきまで必死で戦ってたのに、忘れちゃいそう、海部さんはどう思う?」
塚本が海部に再び視線をやると、海部は半ば立ち尽くしたように呆然と暗闇をじっと見詰めていた。
塚本の声は確かに通るような声質では無いし、海部が考え事に没頭して話を聞いていないのは良くあることなので、
そのまま声をかけるべきかほんの少し迷っていると、宮内の方が海部の背後に近づく。
「海部さん?かーいふさん?」
「……」
「……?海部さん!!何かあったのか!?」
それでも海部は暗闇の方をじっと見詰めて目を逸らさない。
異変に気づいた一ノ瀬が、鳴滝の体を支えたまま顔だけを海部に向けて呼びかける。
「あ、あぁ、どうした?」
「いや、さっきから呼んでたのに返事がなかったからどうしたのかと思って」
「……なんでもない、ちょっと考え事してただけだ」
「何かあったでしょ?」
ようやく海部は気がついたのか振り返って、一ノ瀬にぎこちない笑顔で返す。
何かしらが起きている、直感で感じた結城が彼女につめよるが海部は目線を逸らす。
「何でもないって、本当に考えてただけなんだ、声とか、二人の言ってた力のこととか」
「……ふーん」
「そうやって人疑う癖は本当に治んねぇのな」
「疑ったわけじゃないって!気になっただけで……」
海部が首を振るのに、結城は一度追及を止める。
彼女が嘘をついているのは明白だったが、この場で口を割ることも無いだろう。
再びつっかかってきた一ノ瀬に言葉を返して、それに夢中になる。
(気のせい……あぁ、きっと気のせいだ)
自分から意識の逸れた瞬間に、強く自分に言い聞かせると、海部も雑談の輪に戻っていく。
それでも、あの暗闇から確かに呼ばれたような感覚は、彼女の奥底に残っていた。




