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十一日目~間に合わぬ思い~



周りの光景は、朝。斜めに差し込む陽の光は平等に生き物に力を与える。

気がつくと視界に飛び込んだ見慣れない住宅街に塚本は戸惑いを覚える。



(えっと……ここ、どこ?)



周りの風景を確認するために、再びあたりを見渡す、昼間の光景に比べればほんの少し暗いが、視界は問題なく遠くまで届いた。

そして彼女が自身の見ていた丁度後ろを振り返ろうとしたときだった。


「塚本!」


はっきりと聞こえた自分を呼ぶ声と地面を踏む音。

近づいてくるその声に一瞬安堵してしまったが、約束を思い出した彼女は相手の動きをじっと待つ。



「あ、俺が声に反応すんなつったのか……塚本!」

「悠斗くん!」


声の主の一ノ瀬は、走って彼女の目の前に回ってから再び彼女に声をかける。

その姿と変わらぬ態度に、ようやく塚本は緊張を解いて彼の名を呼んだ。


「悠斗くん、ここどこかわかる?私全然覚えがなくって……」

「あぁ、俺んちの近所だ、ほら、あっこにある白いの、アレが俺の(うち)


一ノ瀬が自分が歩いてきた方を差すと、彼女も振り返りその先に5階建て程のマンションが見える。


「私、このあたり来ないからなぁ」

「まぁ、何もねぇ住宅街だからな……遊ぶところもねぇ

 お前が羨ましいっての」

「こっちも言って何も無いよ?遊ぶようなところはあんまり」


塚本が笑いながら返すと、自身の体の横でカチャカチャと金具の揺れる音に気づき目をやる。

彼女の武器である銃が、変わらずにそこに下がっていた。

塚本は銃把(じゅうは)に触れるか触れないかのところで手を止めて相手に尋ねる。


「これ……大丈夫なのかな」

「あぁ、でも戦ってからってのもどうなんだろうしな……

 よし、俺が見ててやる、危ないと思ったら引き剥がしてやるから持てよ」

「え……でも」

「大丈夫大丈夫、ちょっと手荒になるかもだけどな」


言いながら、一ノ瀬は念のため数歩下がって彼女の動作をじっと見つめながら

両の手甲で自身の体を守るように腕を前に出す。


「う、うん……いくよ」


彼が自分を守るための準備を整えたのを確認するが、

それと同時に彼の視線と、状況の緊張感を自覚して心臓の鼓動が早くなる。


(もし、ここで私がまたあの状況になったら、本当に大丈夫なのかな

 いくら至近距離でも、銃が相手じゃ……)



少し俯いて、彼女は瞳を閉じて深呼吸でその感情を制する。


(ううん、大丈夫、私が洗脳されなきゃいいんだし、それに……悠斗くんなら何とかなる気がするし!)



そして、目を開くと両手でそれぞれ左右の銃把をギュッと握り締めると空に銃口を向けて引き金に指をかける。

瞬間、悠斗も両腕を自分の体に引き寄せて防御を固める。



何度も確かめるように彼女の手は銃を握り締める。

ゆっくりと腕を下ろすと、彼女は一ノ瀬に笑顔で返した。


「……あ、うん、大丈夫だよ!」

「はぁ、まず安心、だな」


自分の意識に何度か問いかける、意識は自分自身を保ってくれていたのだった。

彼も笑いながら構えを解いて、腕をほぐすようにぐるぐると回す。


「これで塚本が戦えるとして、他の奴らはどこに居るんだろうな?」

「うん……この辺りに居ないとしたらめんどくさいけど」

「一応 、俺の家の辺り見とくか」



彼は案内するため先に歩き出す、塚本もその後に続いて先ほど示された建物に入っていく。

入り口にはしっかりとした屋根の駐輪場があり、その奥に廊下が続いている。

視界には生き物の姿はなく、何かが襲いかかってくるような不穏さは感じられない

その上、武器を持って戦うには無茶のある広さの空間であった。


「誰かいねーのかー……あぁ、だから声に反応はダメだって言ったのは……」

「隠れてるなら見つけるのも大変だから、呼びたいんだけどね

 あ、家の中に隠れてたりするのかな?」



塚本がすぐ隣に見えたの家のノブを回そうとするが、反応は無い。

何度が前後させるが、ただの壁に取っ手をつけたかのように扉に振動は響かない。


「……だめだ、開かないし、うんともすんとも言わない」

「あー、いつか俺と結城が閉じ込められたときと同じだな。

 教室の扉が壁みたいに反応しないんだよな……」

「二人きりで……教室……!?」

「な、なんだよ」


一ノ瀬は、以前の夢で二人で閉じ込められたことを思い出しながら言うと、塚本はその状況に食いつく。

その勢いにたじろいて思わず一歩下がってしまう彼に、塚本はつかみかかるような勢いで問う。


「二人きりで教室だよ!?何かなかったの!?そのイベント的なさ!」

「特にねぇよそんなの、アイツが俺の席奪ってて、物音時々するのにアイツが微妙にビビっててよ……」

「吊り橋効果は!?そんなのドキドキを勘違いしてとかさ……無い……よね……」

「ご、ごめん……?」



冷静な返しの一ノ瀬に、塚本はがっくりと肩を落としながらその場にうなだれる。

何を言えば良いのか判らなくなった彼は、なんとなく謝罪の言葉を口にする。

確かに状況だけ聞けばそう思われるだろうが、彼と結城の関係は部員なら周知の筈で

それを期待されたこと事態が、彼には不思議でならなかったのだった。



「いいよもう、二人はそういうのだってわかってはいたから……」

「と、とにかく、あいつら探そうぜ?二階に居るかもしれねぇしよ……」

「……うん」


諦めたように言う塚本を本題に戻そうと一ノ瀬は声をかける。

どこか腑に落ちない返事をした相手の方を不思議に思いながら、一ノ瀬は先導のために階段を上がった。




二階と三階を一周したが、廊下に誰かが隠れているということも、またどこかの部屋が開くということもなく。

途方にくれたように三階と四階を繋ぐ階段の手すりから外を除く。



「どうする?こっから上を探すか、学校に向かうかだろうけど」

「うーん、学校に向かった方がいいような気もする、だってここに居るよりかはありそうって気がするし

 これ以上上で隠れるってことはしないと思う」

「だな……」


一ノ瀬は外を眺めたまま返事を返すとほんの少し考え込んでから、塚本に体を向けて尋ねる。


「なぁ、お前はさ、この事件どう思う?」

「どう思うって、どういうこと?」

「言い方悪かったな、いや、俺だって思いたくねぇけどさ、部員が犯人……ってこと、ねぇよな」


彼の言葉に、塚本は答えに迷う。

それは自分もまた思いたくないことではあるが、事実彼女の聞いたのは“聞いたことのある声”なのだ。

部員の誰かが犯人だとしても、それはそうなのかもしれないと思ってしまう。


「でも、だとしたらさ……犯人って、もう」

「……最初の夢に出てきた奴と、洗脳された奴を除いたら……海部さん、だな」


塚本は階段を下りて彼の二段ほど上まで近づくと、俯く。


「でも……でも、それは無いと思いたいな、海部さん……あれから凄く不安そうに過ごしてたし

 涼香ちゃんや悠斗くんのことだって、心の底から大嫌いなんて思ってないよ!

 京くんに対しても……気持ちはわかるって言ってたし……」

「そうだな……今は、そう信じるしかねぇか」


塚本の必死の言葉に、一ノ瀬は思い直して外を覗き込む。

疑うわけではない、だが今後の手がかりしだいでは海部だけではない、

性格上ほぼひっかかることのない結城は別として、自分は宮内も疑わなければならないのだろうと覚悟していた。



(……怒られるだろうな)


きっとその事実によっては、自分は部員の非難の対象になるだろう。

そんなことは構わなかった、事態が終わるなら自分自身の評価が多少揺れようともどうでもよかった。

その態度を、彼は正しいと信じて疑わなかった。



「あれ、なんだ?」

「でも、ここから見えるってことは……大きいよね、敵ってこと?」


ふと、眺めていた風景に異変を感じて一ノ瀬が外を指差すと、塚本も外を覗き込む。

ここからは建物に遮られてはっきりとは確認できないが、入り口からまっすぐ伸びた道路の向こうで何かが動いているのが見えた。


「まぁとりあえず行ってみるか」

「うん、多分誰か居るんだよ!!」


一ノ瀬の言葉に塚本は頷き、二人は急いで階段を駆け下りると、入り口から先ほどの影が見えた道を一直線に駆け抜ける。

直線状に見えた影ははっきりとその巨大な姿の輪郭を浮かべる。

それ……いつかの巨大な蜘蛛の敵だった。


「虫ってことは……やっぱり」

「そういうことだおるな、とにかく行かねぇと……」


思い浮かべたその姿同様に、彼はもう敵の術中にあるということなのだろうと、二人は互いを一瞬見合って

すぐに前方に視線を戻した、そのときに状況は一変していた。



両側のマンションの壁から地面に這い出る蠢く無数の小さな姿……

人の頭ほどの大きさの蜘蛛が彼らに向かって走ってきていた。


「いや……」

「んだよあれ……」


足を止めて塚本は目を閉じて地面に顔を向けてしまい、一ノ瀬は彼女を庇うようにたちながらも唖然とする。



「お前らはコッチだっつってるだろ!」


大蜘蛛のふさいでいた道の左側から、誰かが飛び出してその群れ目がけて刃をなぎ払う。

海部がしかめっ面で両手で斧を握り締めてそこに居た。

蜘蛛が逃げるように壁に消えるのを確認すると、存在は認識していたらしい二人に早口で言う。


「ちょうどよかった、私はこの雑魚散らしてたんだが……どっちか手伝えるか?

 結城と……どうなってるかわかんないけど宮内も一応もあのでかいのとやりあってる」

「宮内が?大丈夫なのか?」

「だからわかんないんだ、なんにせよ応援はありがたいけどな……」

「海部さんちょっと!雑魚来てるから!はやく!無理無理無理無理!」


後ろから聞こえる宮内の悲鳴のような叫び。

海部はため息を吐いて振り返り、走り出しながら二人に言う。

道の方では結城が巨大蜘蛛の気を引きながら、攻撃する機会をうかがっているのが見える。


「指示はできないからとりあえず動いてくれ!私は雑魚払いする以外ないけどな!」

「わかった!……塚本、できればちっさいのがいいけどよ」

「うー……うん、頑張ってみる……」


塚本は少し気乗りのしない返事をしながらも、海部の後に、巨大蜘蛛の背後に回るように走っていく。

それを確認すると、一ノ瀬は強く大地を踏みしめて跳躍すると、足の節目がけて蹴りを入れる。



ぐにゃり、と本来折れる方向で無い足の動きに相手は怯んで奥の方へと逃げるように足を動かす。

一ノ瀬は漫画で見たような動きで地面に着地すると、先ほど蜘蛛の向いていた左手に体を向ける。


「大丈夫か?お前ら」

「大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない、意味がわからない」

「私もまぁ気分悪いけど、大丈夫……かな」


青い顔で鎌を握り締めて目を合わせない宮内と、ため息を吐いて剣の刃を下に向けた結城が答える。

精神面はともかく、戦えない状態程追い詰められていないとわかり一ノ瀬は安心する。


「とりあえず、この親玉潰せばいいんだろ?」

「さっきまでもう一体いたから、また増えないとも限らないけど」

「……マジかよ」

「こんなのさっさと終わらせるから……また増えたらもう許さない……」



結城が道の真ん中、一ノ瀬の少し右手に出て行くのを彼は見つめて呟きながら彼女の向こうに居る敵に視線をやる。

足をがさがさと動かして、相手は再びこちらを睨むようにまっすぐこちらを見つめていた。

宮内は彼の後ろに立ちながらも、どうにか向かい合って鎌の刃を相手に向ける。




見えない場所から、ガン!ガン!と勢い良く地面を割る音と銃声が鳴り響く。

それは彼らを鼓舞するように、士気を高めようとする軍歌のように。



蜘蛛は相手に戦う意思があるのを確認したらしく、後ろ足で上体を持ち上げるとその腹から糸を噴出す。

右に跳んだ一ノ瀬がまずその足の下にもぐりこみ、先ほどとは別の足の節を狙ってアッパーを食らわせると、

攻撃を受けていない無事な二本の足では支えきれなかったのか一瞬からだがぐらつく。



倒れるかと判断した一ノ瀬は走り抜けて、体を翻すと二人の様子を一度見守る。

左側にいた結城はその隙にその体に剣を突き刺す、が相手はその場に残りただ空気の抜けるような甲高い音が響く。


「宮内とどめ!」

「あぁもう……さっさと消えて!!」


結城は耳を塞がずに、剣を突き刺したまま相手の体をどうにか留めようと勤める。

宮内は嫌そうな表情のまま先ほど地面に残った糸を避けながら鎌を振り上げてその前半身目がけて突き刺す。



最後の断末魔、甲高い音が殊更大きくなる、思わず武器から手を離して宮内と結城は耳を塞いで目を閉じる。

そのまま最後に上体を持ち上げて、蜘蛛の体は四散すると、その欠片は消滅した。



ガン!と大きな音を立てて地面に鎌と剣が落下した音で、宮内は恐る恐る目を開き敵が居ないことを確認する。

そして、自分達の一つ目の役目が終わり抜けた緊張で息を吐きながら鎌に近づいて拾い上げる。


「あー……」

「まぁ、あんたにしたらよく頑張ったんじゃない?」

「お疲れっす」

「本当に、私もうこれ以上蜘蛛に近づくこと多分無い」


二人のねぎらいの言葉に、宮内はふるふると左右に首を振る。

辺りの音が止んでいるのに三人が気づくと、小蜘蛛と戦っていた二人が歩いてくるのが見えて

三人は、最初に蜘蛛が塞いでいた十字路に走って合流する。



「お前ら、無事だったか……」

「まぁどうにかね、やっぱ雑魚に人割られてたのはきつかったわ、あいつが戦えるようになる時間もあっただろうけど」


海部が三人が揃っているのを見てほんの少し意外そうに呟くと、

結城は二体揃っていたときに怯んでいた海部以外の二人の態度を思い出して当然の反応だろうと笑って返す。



「塚本は大丈夫だった?」

「うん、海部さんに頼りきりだったけれどね」

「……お前が居たから潰しきれた、小回りが聞かないから助かった」


海部は斧を自分によりかからせてそっけないながらも礼を言う。

彼女が全員の緊張が解けて、次にどうしようかと提案する直前に、彼女の視線の先、結城の背後にあたるところから足音が聞こえる。



「やっぱりこの程度じゃやられなかったね、まぁ僕の目的はあいつらに潰させることじゃないからよかったんだけど

 戦意が下げられなかったのは、想定外かな」

「京くん……」


結城が振り返り彼に近づく前に、一ノ瀬は彼女を制して五人の一歩前に出る。



「京くん、目的はなんなんだ?それは俺達の所為なのか?」

「ううん違うよ、これは僕自身の問題だった、だけどそれは解決できた、それを見て欲しいだけだよ」



にやり、と悪巧みを抱いていることを隠さないような笑顔で鳴滝は答える。

一ノ瀬は手甲を構えないまま、会話を続ける。



「それは戦わないとできないことか?」

「そうじゃなかったらこんなことしてないよ……早く始めよう、僕の力がどれだけなのか……見せてあげるから

 別に五人同時だって僕は構わないけど……一応援軍は呼んでおこうかな」

「塚本、宮内、何か来たぞ!」


鳴滝はそれ以上の言葉を断絶するように両手で槍を持ち、その刃で一ノ瀬を捕らえようと構える。

彼の言葉に別の通路を確認していた海部が、武器を構えて背後の敵に備えて呼びかける。

……その風景に不相応な黒く大きな巨体のクワガタが、彼女を睨んでいた


海部の声に反応した二人はそれぞれが自分の立っていた場所に近い方を向く。

塚本の方には巨大はサソリ、宮内の方にはカマキリが襲い掛かろうと近づいていた。



「やっぱこうなる、か」

「京くん……すぐ助けてやるからな!!」



すぐ正面にいた結城と一ノ瀬は、武器をそれぞれ構えて彼の方をじっと見据えた。




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