十日目~形~
「こんにちは」
部室に響く、男子生徒の声。
数日前から一つに減った挨拶の声は今日も増えることはなかった。
他の部員が期待を込めて顔を上げるが、一ノ瀬の後ろに続く姿が無いのを確認すると、落胆がその目に浮かぶ。
一ノ瀬は意味の無い罪悪感を浮かべながら荷物を降ろして中身をがさごそと漁る。
「今日も一人?」
「あぁ、連絡も帰ってこねぇ。ただ単に寝込んでるってだけなんだろうけど、な」
荷物を取りに来たのか、荷物置き場に入ってきた結城に、ほんの少し暗い調子の返事を一ノ瀬は返した。
月曜日から、鳴滝が体調不良で休んでいる。
ただ、それだけのことならいいのだが、以前の事が関わっているのではないかという不安を、二人は極僅かながら抱えていた。
水筒だけを持って一ノ瀬は部室に入り、挨拶を済ますと、一口だけお茶を喉に流す。
「京くんは休み、か……」
「あぁ、先生は月曜日には話したらしいけどな、体がだるいとかなんとか……」
深刻そうに息を吐く海部だけでなく、事情を知りたいであろう部員たち全員に向けて一ノ瀬は話す。
「あんまりそうだとは思いたくないんだけど、あれが関わってるとしたら……」
「私は!」
宮内がこの事態の最悪の場合を少し遠回しに呟くと、塚本が声を急に荒げる。
全員の視線が彼女に集中した。
その様子に一瞬しまった、と言うような表情をした後に彼女は続ける。
「私は、京くんの様子を見たい……というか、その、夢の世界に行って調べても、いいと思う。
京くんが私の倒れたときと同じだったら、まずいだろうし……」
「でもあれのすぐ後だったじゃん、今回のは単に疲れが溜まったからじゃないの?」
結城は考えすぎだと諭すような声音で言うが、塚本も下がらずに続ける。
「あのときは、また誰かが倒れるなんて思ってなかったから言ってなかったんだけど
あのリアルな夢の内容って言うのが……その、皆に頼られたりっていうか、なんていうか」
「へぇー」
「うぅ……だから言いたくなかったんだけど……だから、もしかしたら」
宮内に茶化されるように言われると、気恥ずかしさで目線を逸らす。
「……それが、洗脳を進めたってことだろうな
置きぬけには意識が支配されてたってことだから……」
海部は腕を組みながら目の前に山積みで放置された書類をぼーっと見ながら情報を整理しながら呟いた。
「私はただ単に疲れが溜まっただけだと思うけど……
それに、もしその夢だったとしてももう京くんの洗脳は防げないってことなんじゃないの」
「だとしても万が一その夢だとしてどうするんだ、その場でハイ戦いますってやるのか?」
結城が確かめるように言うと、塚本が口を開く前に、海部が相手をつかみかかるように睨みつける。
「そうでしか話を聞きだす方法だってないじゃん、
洗脳された元の理由も本人に聞かなきゃわかんないんだし、今ここで話するって言っても時間の無駄だと思うけど」
「だとしてもだ!元に戻す方法だけでも話すべきだろ……」
「はいはい、お前ら喧嘩するな」
「別に喧嘩じゃ……」
結城の海部の小競り合いを一ノ瀬が宥めるように遮る。
結城の方はそれを否定する言葉を口を開きかけるが、話を進めようと言葉を止める。
「とりあえず俺は洗脳を解く方法ってのをはっきりさせてぇな」
「それなら、結城と塚本しかわかんねぇだろ」
「そんな怒んないでもいいじゃん」
「怒ってない」
口を開いた海部は話が進むながらも結城の言葉が気に食わないのか不機嫌そうに目を合わせない。
「まぁ、えっと、洗脳を解く方法……
それなら確か、塚本が武器から手を放した時……地面に落ちた瞬間銃が消えて、塚本が倒れた筈」
「うん、変な思考から抜け出したのはそのときだから、それは確実だと思う」
無事に話が進むという安堵となるべく伝えておきたいというやる気で、塚本は何度も頷く。
「塚本が次に夢に来たとき、また敵だとしたらまずいよね
そうやって徐々に味方が居なくなるとかなっちゃうかもしれないんだし」
「どう……なんだろう、多分もう無いと思いたいけど……頑張る!」
「「何を」」
宮内の言葉に不安を少し感じた塚本はなんとか安心させようとするが
言葉が思い浮かばずに謎の決意を口にすると、海部と結城が同時に笑う。
しかし海部はバツが悪いのか誤魔化すように情報を繰返す。
「と、とにかく、だ、あの槍を壊すなりなんなりすればいいんだな?」
「まあ、あっちで武器が壊れるかわかんねぇけど、まぁそのときは俺の華麗なステップで奪うからな」
「無謀に突撃して貫通されろ」
「お前、言ったな?言ったな?」
「すいませんでしたー」
「仕方ない!許しましょう!」
その場ででたらめなステップを始める一ノ瀬に対して、結城が冷ややかに言葉を投げつけると。
一ノ瀬が普段どおりにその言葉に噛みいていく。
「まぁ、もしかしたら、こっちから呼ぶ呼ばない以前に今日になって……ってこともあるだろうから
今夜はとりあえず夢を見るって方向でいいんじゃない?」
「うん……」
結城がこのままでは話が戻ってこないと、一度話をまとめようとするが
不安で落ち着かない塚本はもっと話をして誤魔化しておきたいのか不安げに頷く。
「私も今はいいや、わかんなことが多いっていうのが前の結論だったし
京くんのことが本当に夢で、それが解決してからじゃないとどうしようもないかな」
「まぁ、そうだろうな……」
宮内も全員の様子を見ながら情報は出尽くしたと感じ、一ノ瀬もそれに同意する。
ただ一人海部は窓の外をじっと見つめ、その表情が伺えない。
「海部さん?」
答えが無いのに、なるべく相手の感情を逆撫でしないように宮内は声をかける。
「……なんか作業やってたら、忘れるから、だからそんでいい」
それだけをどこか辛そうなの残る声のまま告げると、海部は目の前の資料をいくつか取り
彼女の中にあるらしい規則で三種類ほどに別けられていく。
「……あと、結城、さっきはその……悪い」
「いや、全然気にして無いから」
「……あ、お、おう」
結城のやけにあっさりとした返事に、海部は戸惑う。
こんな言い合いの後のこの終わり方を彼女はわかっていながらも、未だに慣れては居なかった。
(でも……待つしかないって言っても、私も落ち着かないから何かしようかな)
結城と一ノ瀬は既に雑談に戻っており、宮内も手元の音楽プレイヤーでゲームを始めてしまった。
塚本はなんとなく居場所を求めて黙々と作業を続ける海部の隣に座ってノートを広げる。
「……不安、だよな」
「うん、まぁ」
海部が隣の人間の存在に気がついたらしく、他に聞こえないように小さな声をで尋ねる。
塚本はシャープペンシルを握りながらも、働かない思考を隅において返事を返す。
「まぁ、自分があんなことになった後だから」
「……私も、冷静になりたいんだが、な」
ため息を吐きながら、どこか思いつめたような声に思わず顔を見てしまう。
が、相手は表情が隠れるように資料を持っていた。
「……ねぇ、これって、力になれてるの、かな」
「さあな」
居場所の無いままの二人の願いは、誰にも解決できることもなく、せき止められた水のように留まった。




