表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

29 結婚して幸せに暮らしました

 ナハバーラントは滅ぼされました。


 エンゲルラントとの戦争で疲弊していたはずの、白雪姫の国。それが高い士気と豊富な物資に任せて、電撃的に奇襲してきたのです。


『理不尽に奪われた、白雪姫の亡骸を取り戻す』という大義によって。


 攻める理由など、何でもいいのです。


 不意をつかれたナハバーラントには、なす(すべ)もありません。

 王族はあの王子も含め、みな処刑されてしまいました。




 その後、戦勝の祝いと王の結婚の祝宴が、3日3晩続けられました。


 美しい城の大広間には、長いテーブルがいくつも並べられています。その上にはいっぱいの、ご馳走と燭台と酒と杯。

 大きな鉄のシャンデリアの光が、客やタペストリーを照らしています。


 奥の壁に沿って置かれた長いテーブル。その中央には王と、花嫁である美しい賢い女(ヴァイゼフラウ)が、壁を背にして座っていました。

 その両側には大臣や司教など、錚々(そうそう)たる貴人たちが座っています。


 テーブルの反対側には誰も座っていません。他のテーブルの招待客に、美しい花嫁の姿がよく見えるように。


 誰もが皆、彼女に見惚れてしまいます。

 酒杯をかたむけたり、隣の客と喋ったり、(つぐみ)のパイやパンと蜂蜜を食べたりしながらも、奥の花嫁を眺めずにはいられません。


「見よ、奥や。

 誰もがお前に夢中だ」


 王が上機嫌で、隣の姫に話しかけます。


「うふふ。

 わたしは貴方に夢中ですわ」


「哀れな『白雪姫』も首尾よく奪い返した。

 随分傷んでいた上に、普通の棺に入れて埋めてやったから、もう見る者はいない」


 周囲の客は酔っていて、大声で騒ぎ始めています。夫婦の内緒話は、隣の客にも聞こえないくらいでした。

 

「なんと美しい姫君だ──」


「陛下が、エンゲルラントへの親征からお戻りになった時に、森で出会ったと──」


「……エンディングには様々なパターンがあって、必ずしも結婚で終わるわけでは……」


「魔法の力をお持ちで、この度の(いくさ)を勝利に──」


 いくつもの会話が交わされています。


「あの小姓はちょっとだけ惜しかったわ。

 森の獣に襲われて死ぬなんて、可哀想なこと」


 星のように煌めくドレスをまとった姫は、全く気の毒そうでない笑顔を浮かべています。


「そうだな、だが代わりはいくらでも見つけられる。

 さあ飲もう、今日は人生最高の1日だ。

 ああ時間よ、止まるがいい。今この瞬間は、あまりにも美しい!」


 王は杯を、高々と差し上げました。


 向こうから、誰かが近づいてくるのが見えます。


「……本物のグリム兄弟の祖父はカルヴァン派の牧師、父親はシュタイナウの伯爵領管理官兼司法官だった。

 敬虔なプロテスタント教徒としての信仰と、質素な生活。それらは彼らの倫理観を形成した。

 白雪姫の類話は多い。小人と協力して、やって来た継母を殺し、そこで一生幸せに暮らすもの。王子と結婚して子を儲けるが、王子の母親に母子ともども殺されそうになるもの……」


 誰かに向かって話しながらやって来るのは、金髪の巻毛が特徴的な、ほっそりした美貌の少年。


 死んだはずのヤーコプでした。


 見たこともない不思議な青い服を着て、おかしな帽子をかぶり、四角い鞄を持っています。

 隣には、これも変わった服を着た子供を連れていました。


「だが『子どもと(K)家庭の(H)メルヒェン集(M)』の最終版の『白雪姫』は、王子と白雪姫が幸せな結婚をして終わり。嫁姑のトラブルもない。近代ヨーロッパの望ましい家庭像に合致しているエンディング。そしてこれが、『白雪姫』の最も有名なバージョンとなった。

 この世界もまた、『白雪姫は結婚して幸せに暮らしました』で終わる」


 ヤーコプは広間と客を観察しながら、隣の少年に話し続けています。


 呆然と彼を見ている王と白雪姫には、目もくれません。


「バージョンの噛み合わせがおかしかったせいで、酷い組み合わせの夫婦になったけどね……」


「ああ。隣国の王子と白雪姫の父親の立ち位置が重なったあげく、まさか夫の役割がすり替わるとは……」


 2人の少年は、国王夫妻の席の前まで来ると足を止めました。


「き、貴様……!

 何故生きている!?」


 ヤーコプが、そこでやっと王に目を止めました。帽子のふちに手をかけ、軽く挨拶します。


「おや陛下、今の僕たちが見えるのですか。

 貴方がたの殺した小姓ヤーコプは、僕の分身(アバター)でした。

 なにしろ民話世界は、人食い鬼も殺人鬼も、人を処刑する王もいますから。探索したくとも危なくて、到底本体が入り込めるものではありません。

 ですから僕の身体と精神の複製を創り、小姓という設定を付与して送り込んだのです」


 ヤーコプの隣の少年も、ぐいと顎を上げて王と白雪姫をにらみました。


「ボクも兄さんの本体もずっと、分身(アバター)の兄さんが活躍するのを見てたんだ。

 あんたたちが兄さんを殺すのもね!」


 ヤーコプが補足します。


「残念ながら、小姓ヤーコプは死にました。

 ですが、おかげでオリジナルである僕は、こうして無傷で済んでいます。

 やはり、準備はしておくものですね」


 ヤーコプはすました顔で微笑み、隣の弟は馬鹿にしたように鼻で笑いました。


「近衛! この者どもを斬れ!」


 王が、側に仕える騎士に向かって叫びました。ですが騎士は微動だにしません。


 他の客も、不審者が2人も王に近寄っているのに、なんの反応もなく歓談しています。


「陛下、僕たちのことはお構いなく。

 空気のようなものだとお考えください」


 王は、腰の短剣を抜いて切りかかろうとしました。ところが、短剣に手をやることも、立ち上がることもできません。


「もう物語は終わりです。

『結婚の祝宴を挙げる』以外の行動はとれません。話をするのは、まだその範疇(はんちゅう)ですけれど」


 狩人に殺されかけた時以来の緊張をもって、白雪姫が広間を見回しました。


 相変わらず客は騒いでいます。しかしその声はどれも、意味を持った言葉として聞き取れません。すぐ隣にいる客の顔さえも、ぼんやりしていて見えません。


「物語ですって? ここが?

 周りの者に、何が起こっているの?」


 ヤーコプは白雪姫に目を合わせて、丁寧に挨拶しました。


「お久しぶりです、白雪姫。僕の肺と肝臓は美味でしたか?

 無事『白雪姫』の物語が終わったので、僕たちが【編集】を始めたのです。そのため、周囲からリアリティが失われつつあります」


「……【編集】ですって? どういう魔法なの……」


「魔法ではございません。上位世界の技術であり、僕たちの得意とする技です」


 ヤーコプは2人に説明を始めました。

 

「僕たちを遣わした上位世界は、精神(ガイスティ)動力(ヒクラフト)というエネルギーを欲しております。それはここ、『白雪姫』という下位世界にもふんだんに蓄えられております。

 物語が終わって全てのデータを収集した今、ようやく世界から精神(ガイスティ)動力(ヒクラフト)を収穫できるようになりました。その準備が【編集】です」

 

 いまや広間の人も物も、繊細な質感や立体感を失ってのっぺりとしています。『広間の祝宴』という題名の、稚拙で巨大な一枚絵にしか見えません。


 客は杯の上げ下げを延々と繰り返し、召使いは料理の載った盆を手に、ただ行ったり来たりを繰り返しています。

 それは広間の絵を背景に、人物の絵を切り抜いて貼り付けた切り貼り(コラージュ)のようでした。


「世界とエネルギーを分離するために、いったん世界をバラバラにほどきます。登場人物のあなた方に、観測者であり編集者である僕たちが見えるのは、この介入の副産物です。

 あなた方は主人公とそのパートナーですから、解体には1番時間がかかるでしょう」


 広間の反対側の壁を、なにかが風のように吹き抜けました。


 それは金色の文字でした。


Hochzeit(結婚式)』。


「わたしたちを殺して、世界を滅ぼすの?」


 さすがに恐怖の色が感じられる白雪姫の問いに、しかしヤーコプは首を振りました。


「いいえ。編集者によっては解体した世界を廃棄する者もいますが、僕はちゃんと復元します。


 収集すること、分析すること、そして分類すること。これが僕の流儀ですから。


 エネルギーを搾り取ったら、ちゃんと情報を再構成して圧縮、押し花のように綺麗に保存してさしあげます。

 もっとも、エネルギーがないので、もう稼働することはありませんが」


「やっぱり殺すんじゃない!」


「いいえ、死と眠りの(あわい)を永遠に揺蕩(たゆた)うだけです。そう、ガラスの棺の貴女のように。

 一応、精神(ガイスティ)動力(ヒクラフト)を入れ直せばまた動きますが、それを行う可能性が恐ろしく低いことは、認めます」


『mit großer Pracht und Herrlichkeit』。『Apfel』。『Hätt' ich ein Kind, so weiß wie Schnee, so rot wie Blut und so schwarz wie das Holz an dem Rahmen!』。


 いくつもの金色の言葉が、その数を増やしながら反対側の壁際を飛び交います。


「民はどうなる!

 そなたらの我欲のために、この国の民を殺すのか!?」


 王が叫びました。

 ですがヤーコプは片眉を上げ、穏やかに軽蔑を表しました。


「陛下は実の娘と結婚するために、戦争を起こして民を殺しました。

 今度は民を人質にするのですか?」


「だいたい国民なんて自我のないモブ、書き割りみたいなものなんだよ。怖いとか嫌とか感じないよ。

 ほら、周りを見てごらんよ」


 ヤーコプの隣の少年──ヴィルヘルムが鼻を鳴らして、話に割り込みます。


「もう、部屋の外は白紙(タブラ・ラサ)だ。残ってるのはここだけ」


 広間だった場所は、白雪姫夫妻の席を中心とした文字の渦と化していました。


 大きさも字体(フォント)も違う金色の文字、長い文章や単語がいくつもいくつも、つむじ風のようにぐるぐる旋回しています。


 王と白雪姫は渦の内側にいますが、広間の半ばから先は金文字の吹雪です。その隙間から見えるのは、どこまでも続く空白でした。


「そんな馬鹿な……! この世界が……こわれる……だト……」

 

 王も、自分の姿をとどめられなくなってきました。

 まるで子供が絵の具で塗りたくったような、人型に切り抜いた1枚の紙切れです。


「ああ時かンよ、止マるがいい……今こ しゅん間は、あ   もウ く ……!」


「お父様!?」


 文字の渦の内側部分はだんだん小さくなって、王が文字の中にかき消えて、ついに白雪姫に触れました。


「お前たち──わたしが魔ジョなら、おま たちハ エル k nig   」


 白雪姫も、白と黒と赤の絵の具で塗り分けた、印象派のようなまだら模様の塊にみるみる変化していきます。


 吹き荒れる文字の中、平然と立っているのは2人の少年だけになりました。


魔王(エルケーニヒ)とは買いかぶりです、白雪姫。

 僕たちも貴女と同様に、人間たちの集合的イメージから生まれた存在。

 せいぜい、蜜を巣に運ぶ蜂といったところです」


 ヤーコプは静かに返事をしましたが、言い終わる頃には、白雪姫は完全に分解されていました。


・小姓ヤーコプは分身だった

 小姓ヤーコプの視点で語られていたために出てきませんでしたが、グリム兄弟はずっと彼のそばで捜査や推理の披露を見ていました。


 王が、「白雪姫よ、そなたを賢い女と呼ぼう」

って言ったら、小姓ヤーコプと本体ヤーコプが同時に立ち上がって、

「「それは違う! 賢い女とはホッラ婦人、あるいは……」」と延々熱く語り出してました。

 そこにヴィルヘルムが「王には聞こえてないよ本体兄さん! なんでうんちく我慢できないんだよアバター兄さん!」って突っ込んでました。

 

 王が「騎士よ、この者を処刑せよ!」とか言ってた時、本体ヤーコプは頭を抱えてました。

本体ヤーコプ「うわあ……死亡確定だ……!」

ヴィルヘルム「だからなんであそこでうんちく語るんだよ!? 黙って言うこと聞いてたら、エンディングまで生き残れたのに!!」

 と、2人であわあわしていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
よ、よかった…ハラハラしました…! 昨日は「え!?ええええー!?」で終わったので…(笑) あとがきの副音声が楽しいです。本体のツッコミを全てスルーして亡くなられた複製くん、今までにもいそうですね。 青…
狩人さん「逃げても逃げんでも、誤差の範囲内やんけー!」(文字に圧縮されて、消滅) いや、実は、なんで王妃はあんなに国一番の美女であることにこだわったのか…と考えて、王が「国一番の美女を妃にする(=以…
 今回も楽しく拝見いたしました。宴に出された鶫のパイは、中から生きた小鳥が出て来るタイプではありませんよね?  とうとう次回が最終話なのですね。寂しいですが、とても楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ