28 護符であり魔法
実の父娘とは思えない濃厚な空気を振り払うように、ヤーコプは語りました。
「……偽の白雪姫の亡骸が見つかった後、王子殿下との相互監視はゆるみました。その隙に姫様は陛下に接触なさったのでしょう。
ご母堂の使っておられた魔法の鏡……か水晶玉……があれば、王子のご一行に見つからないタイミングを図ることができようかと存じます。
そして陛下は姫様の愛を受け入れ、庇うこととなさいました。
食べ物を食器ごと捨てたのも、その現れ。手つかずの料理と毒入りワインを処分して、誰も真実に辿り着かぬようになさったのかと、僕は愚考しております」
「まあ、何もかもお見通しだわ!
あなたの髪は琥珀のような金色だけれど、琥珀と違って、中には虫ではなくって知恵が詰まっているのねえ」
「ガラスの棺を見た陛下の供の者も、姫様のお顔をご存じです。彼らは何と?」
「ああ、余と共に白雪姫と会って話をした。
皆、これの美しさに感じ入ってな。全て白雪姫の望むままにする、余との結婚を望むなら喜んで協力すると口々に申しておった」
白雪姫は微笑んでいます。
ヤーコプは後ろを振り返って、控える2人の騎士を見上げました。彼らの瞳には、白雪姫への陶酔の炎が灯っていました。
彼女は、この国どころかこの世で最も美しい女性であることでしょう。もはや人間の領域さえ超えた、太陽や大海原のごとき絶世の美です。
その美しさで、見る者の心を焼き尽くし、蹂躙し尽くすのです。
ヤーコプは前に向き直り、再び白雪姫を見ました。
「……陛下と結婚なさる以上、まず王妃陛下を亡き者にする必要がございました。
ですが王妃陛下には、姫様への3回もの殺害未遂の罪があります。
わざわざご自分で弑し奉らなくとも、死刑にできたかと存じますが?」
「何故だと思う、綺麗な小姓さん?」
「……王妃陛下は魔女です。
捕らえて死刑にするまでの間に、思わぬ魔法で反撃されたり、占いで姫様の狙いを読み取られる可能性があります。
それらのリスクを考えると、可及的速やかに、沈黙していただく必要がございました」
「そうよ。打てば響くように答えるのね」
王も口を開きました。
「ヤーコプよ。ついでに問おう。
ナハバーラントの王子に対しては、いかが考える?」
「……王子殿下とそのご一行も、姫様のお顔をご存じです。
しかも偽の亡骸をお持ちでいらっしゃいます。お顔をよく調べて偽物だと分かれば、真実に気づかれる恐れがございます。
今はわが国が疲弊しているゆえ、戦争を避けるために亡骸をお譲りなさいましたが、後々のことを考えますと……」
「そうだ。彼らの口も封じる必要がある」
王は深々とうなずきます。
「この、魔法の石臼を見よ。武器でも、金でも、兵糧でも、いくらでも出すことが出来るのだ。
これがあれば、ナハバーラントなぞ恐るるに足らぬ。彼奴らが油断しているうちに、一気に攻め滅ぼしてくれる」
冷酷な君主の笑みを浮かべる王に、しかしヤーコプは口を挟みました。
「恐れながら陛下。
その石臼は、物は出せても人の命は生み出せますまい。戦争を仕掛ければ、両国に多くの死傷者を生むことになります」
「それがどうした。
余は自ら戦の先陣に立ち、国のために命をかけた。ならば、民も国のために命をかけるべきであろう。
なに、この石臼さえあれば、かの国に負ける道理はない」
王には、輝かしい未来、全てが思い通りになる未来が見えているのでしょう。陶然とした目で語り続けます。
「ああ、麗しき白雪姫よ。そなたが民に命じれば、民は熱狂と共に戦うであろう。
魔法の石臼をもたらした姫。人ならぬほどの美しさを持つ姫よ。そなたを賢い女と呼ぼう。半神半人の尊い女、古代の女神に連なる女よ。
そしてわが国は、賢い女を王妃に戴く国として──」
しかしヤーコプの声が、鉈のように重く辺りを薙ぎ払いました。
「それは違う」
王の、朗々と歌うような演説を、彼は不躾にさえぎります。
白雪姫を見たまま、ヤーコプは立ち上がりました。その瞳は火花が散りそうなほど燃えています。
「賢い女とは、ホッラ婦人、あるいはホレ、フルなどとも呼ばれる、ドイツ神話の泉と狩猟の女神、好意を抱いたという言葉の由来たる地母神の系譜。人の誕生時に現れて運命を予言したり、KHM24『ホレおばさん』のように善人に褒美を、悪意のある人間に罰を与える存在だ。
現実的な側面にあっては、産婆や薬草を使った女医として、村人に貢献した女性たちがこう呼ばれた。ドイツ神話、すなわちキリスト教から見れば異教に連なる存在であるがゆえに、後に迫害されることになったが。
ともあれ賢い女とは、大自然の厳しさと恵み、両方の側面を持つ神的存在。
貴女のような、自分1人の目的のために死体を積み重ねる者は、断じて賢い女などではない!」
王に対する遠慮など一切なく、ヤーコプは延々とまくし立てました。
さすがの白雪姫も、王も、あっけにとられてヤーコプを見ていることしかできません。
「ヤ、ヤーコプ、何を申して──」
「貴女は、恩義のある小人たちを殺した。
貴女は、己の情欲によって父親と結ばれることを望んでいる。
貴女は、魔女にしか使えないはずの魔法の鏡を使いこなした。
貴女は、我欲のために人々を操り、2つの国を戦争に導こうとしている。
今の貴女は──魔女だ」
冷たい沈黙が、落ちました。
「……それが、お前の本音か」
地の底を這うような、王の低い声。
ヤーコプが、そこでやっと我に返りました。
「……ええっと……これは……失礼しました」
いつもの蘊蓄癖が暴発してしまって、羞恥でヤーコプの頬が赤くなっています。決まり悪そうに、そっと椅子に座りました。
逆に王の顔は、怒りで血の気が引いています。
「白雪姫を侮辱するなど言語道断。
騎士よ、この反逆者を外に引きずり出して首を刎ねよ」
「陛下、それは──!」
ヤーコプはまた立ち上がりましたが、即座に後ろの騎士たちに、両脇から腕をつかまれました。
「陛下!
不敬には問わないお約束では!?」
「それは謎解きに関してだけの話だ。
それでもお前が白雪姫を見て、他の者のように忠誠を誓うならば、生かしてやっても良かったが……そうはならなかった。
お前は危険だ」
「うふふ。
綺麗で威勢のいい小姓さん。残念だわ」
白雪姫が笑いをこぼして、拘束されたヤーコプを見上げました。
「わたしを崇拝してくれたなら、可愛がってあげたのに。
最期に教えてあげる。
女が魔法を使うのに、本当は薬も呪物も要らないの。
美しさと言葉。これだけ。
魅力というのは、護符であり魔法。これさえあれば身を守れるし、なんだって動かせる。上手に使いこなすならね。
お母様は、それがお分かりでなかった。だから呪物なんかに頼って、わたしに負けたの。まあわたしの方が美しいから、どのみち負けるしかなかったけれども。
わたしの手に墜ちなかった小姓さん、あなたは手強かった。
でもね、結局こうして殺されるわけでしょう? わたしの美しさの方が、強かったということ。
じゃあ話は終わりよ。さようなら」
言い放つ白雪姫の姿は、それはそれは雪のように冷たくて美しく、黒檀のように暗くて美しく、血のように残酷で美しいものでした。
王が顎を上げて、外を示しました。
「連れて行け」
2人の騎士が、ヤーコプを引きずって出入り口に向かいます。
その背に、白雪姫が声をかけました。
「ああ、騎士さんたち。
その子を殺したら、肺と肝臓をちょうだい。
わたしが食べるのだから」
かくしてヤーコプは、森の中で殺され、腹を裂かれ、内臓を取り出されて白雪姫に捧げられました。
死因:うんちく語りたい病




