24 密室であったのも道理
「白雪姫が、蘇った?」
王だけでなく、後ろに控えている騎士たちの顔にも驚愕が走ります。
「何故そう思う?」
「小人たちは陛下に『王妃が何度も白雪姫を殺しに来た』という話をした……と、人づてに聞きました。
白雪姫は呪いの胸ひもを外すと生き返り、櫛を外すと生き返ったそうです。しかし3回目は、取り外すべき呪物が見つかりませんでした。
今回の呪物は、食べ物だったのでしょう。呪いと毒のこもった食べ物が、口か喉に詰まっていたのです。ですから、外から見ても分かりませんでした」
観測者ヤーコプにとっては、白雪姫が毒林檎で倒れたことは自明の理ですが、王の小姓ヤーコプにとっては知るはずのない情報です。
ですので彼は、さも推理したかのように語りました。
「先ほどガラスの棺を拝見いたしましたが、棺の底部の角に、わずかな亀裂がございました。どこかにぶつけたのでしょう。
事件の起こる前、7人の小人はガラスの棺を家の中に運び込みました。
ですが、家の扉の幅は広くありません。加えて小人たちの身長で大きな棺を抱えては、力があっても足元が見えにくいことと存じます。
結果、小人たちは途中でバランスを崩し、棺を落とすかどこかにぶつけた。それが棺の亀裂です。
そしてその拍子に、白雪姫の喉から呪物たる食べ物が取れて、姫はお目覚めになりました」
『どうでもいいけど白雪姫、何かというと林檎が喉から飛び出すよね……』
ヴィルヘルムが言っていた言葉です。
「7人の小人は喜びます。白雪姫に、王と隣国の王子殿下のことも話したでしょう。
ですが、もう夜です。息を吹き返した白雪姫の体調も心配でしょう。小人たちは、このことを陛下や王子殿下にお伝えするのは明日の朝にします。
夕食はすでに作ってあります。ですが、白雪姫の復活というめでたい出来事が起きました。そこで、まずは皆で、ワインで乾杯します」
ヤーコプの何もかもを見抜く澄んだ視線と、王の何もかもを貫く強い視線とが交錯しました。
「乾杯したワイン。それを注いだピッチャーに、毒は入っていたのです。
7人の小人は一斉にそれを飲み、一斉に亡くなりました」
「……下手人は、あらかじめ毒を用意していたと申すのか」
「ある意味では、あらかじめ用意していたと申せましょう。
白雪姫の身体から出た呪物。その呪いと毒のこもった食べ物を、ワインのピッチャーに入れればよいのですから。
陶器のピッチャーに赤ワイン……だったと聞き及んでおります。ならば、中に何か入れられても見えません。
きっとそれは、魔女の呪いのこもった恐るべき猛毒で、それを浸したワインさえもが猛毒と化したことでしょう」
白雪姫が喉につめた、一口ぶんの林檎のかけら。
小さなかけらをピッチャーに入れても、気づかれなかったことでしょう。
「ならば……。
下手人は誰なのだ」
ヤーコプは王への遠慮を表すために、慎ましく目を伏せました。
「……不敬に当たるかと存じますので、申し上げることはできかねます」
「構わぬ。ここでそなたが何を言おうとも、罪に問わぬと約束する」
王の言葉を聞いて、ヤーコプは視線を周囲にさまよわせました。ですが、誰も助けてくれそうにありません。
もう一度細く長く息をついて、ヤーコプは口を開きました。
「……犯人はもちろん、白雪姫。
陛下の娘御でいらっしゃいます」
しばらく沈黙が落ちました。
王の口が、さらにきつく引き締められます。
「……続けよ」
「……呪物が口から飛び出して、姫様はお目覚めになります。当然小人たちは大喜びしたでしょう。
姫様は夕食の準備の手伝いをしながら、呪物を、ワインを入れたピッチャーに入れます。そして乾杯。小人たちは全員亡くなります。
姫様はご自分の夕食を召し上がり──もちろんワインは飲まずに──、お皿を洗って片付けます。これで食卓には7人分の料理だけが残りました。
その後、まずお身体を洗う桶と水を用意してからお召し物を脱ぎ、刃物で小人たちの亡骸を切りつけます。斬殺に見せかければ、うら若い女性である姫様は疑われませんから。
死体であっても、7人分の返り血でお身体は汚れたことと存じます。姫様は部屋の隅に置いた桶で、血を洗い流されました。そして服をお召しになります。
ですがそれは、なかなか体力を使う作業だったはずです……作業などと申しては、殺害された小人たちに失礼ではございますが。お疲れになったでしょうし、時間もかかります。夜ですから、お休みにもならねばなりません。
ですから、姫様におかれましては、次の朝は寝過ごされたことと愚考いたします。
お疲れであった上に、全ての窓が閉められていました。朝の日差しも室内には届きません。
ベッドに跡がなかったので、おそらく姫様はガラスの棺でお休みになったのでしょう。そしていつのまにか朝になり、扉が外から叩かれました。小人たちが陛下やご一行に食料を運ばなかったから、様子を見に来たのです。
さあ困りました。全ての窓と扉には鍵がかかっていますが、彼らはいずれ力ずくで扉を打ち壊すでしょう。
ですから、姫様は隠れることになさいました」
長く話したので、ヤーコプはいったん言葉を止めました。
「気を持たせることだな。
白雪姫はどこに隠れたというのだ?」
「失礼いたしました。
どこに隠れるか。それは、陛下や王子殿下がもっとも探さない場所です。
それは、空になったガラスの棺の中でした。
棺は透明なガラスですから、内張りはございません。その代わりに本体を深く作り、下半分ほどにクッションを敷き詰めて寝床としております。
姫様はこのクッションをいくつか抜き取って、その空洞に身をお納めになったのです。
もちろん、ガラスに面した、外から見えるクッションは外しません。中央をくり抜くような形で取り除き、その中に入って上からクッションとシーツをお掛けになって、外から見えないように蓋をします。
取り除いたクッションは、寝室のベッドに枕のようにして置いておけば、誰も気づきません。誰も彼らのベッドなど、見たことがないのですから」
ですが、グリム兄弟は見ていました。
初めて白雪姫が迷い込んできた時、寝室の7つのベッドには、小さな枕が並べてありました。
ところが小人の死体が発見されたあの朝、それぞれのベッドにあったのは、ふかふかの大きな枕でした。
あれは、棺の詰め物として使われていたクッションだったのです。
「陛下が中に踏み込んだ時、家の窓と扉は全て内側から鍵がかかっていたと仄聞いたしております。
密室であったのも道理。犯人である姫様はずっと家の中に隠れておられたのですから。
さて皆様は、殺害された7人の小人に驚かれ、次いで、盗まれた姫様の亡骸を探そうとなさいました。
ガラスの棺の中は空っぽです。一瞥すれば、もうそれ以上見ることはありません。皆様は他の場所を捜索なさいました。
家の中を調べれば、次の捜索範囲は家の外に移ります。
誰もいなくなった後、姫様は棺の底からお出になります。寝室のクッションを詰め直して整えもなさったことでしょう」
先ほどヤーコプがベッドを確認した時、初めて白雪姫がこの家に来た時と同じ状態──すなわち小さな枕に戻っていました。クッションが、再び棺に入れられたあとだったのです。
「姫様は棺の中で、皆様が1日中捜索を行うことをお聞きになっていました。
ですから逆に、この家にとどまることで捜索から免れようとなさったのです」
「家に隠れている時に、万一家来たちが探しに入ってきたらどうするのだ」
「見つかって、何か困りますか?
姫は不審者などではない。庇護すべき姫君です。
例えば『どこか家の近くで目覚めた。何が起こったか分からない。家の床に血の跡があって恐ろしいが、森は獣がいて危険なので家にいた』というのはいかがでしょうか。
姫様がどのように説明しても、男たちは皆信じます。そうではありませんか?」
「ならば隠れる必要もなかったはずだ」
ヤーコプは、再び目を伏せました。
「それは……。
姫様が『何故7人の小人を殺害したか』に関わってくるものと愚考しております。
しかしその前に、姫様の母君たる王妃様が亡くなられたこと。
まずは、その説明をいたしたく存じます」




