23 下手人は誰なのだ
王はヤーコプを食堂の奥側の椅子に座らせ、自分は食卓を挟んだ反対側に座りました。2人の騎士が、その後ろに立っています。
誰も、床の血の跡など気にしていません。それどころではない重要な情報を、ヤーコプがもたらすと承知しているのです。
「陛下。家の奥の方にお座りいただきませんと、席次が」
「構わぬ。このまま話せ」
自分の言葉がばっさり切られて、ヤーコプは細く長く息をつきました。王の前でため息をつくわけにはまいりませんから、その代わりです。
「では、陛下。お耳汚しではございますが」
ヤーコプは顔を上げ、王に向かって話し始めました。
「──数日前、ここで7人の小人が殺害されました。
7人の亡骸はこの食卓の周囲に倒れ、全身を刃物で切られ、とどめに頚動脈を切られていました……と聞き及んでおります。
犯人は剣技に優れた者である。何故なら小人たちは、反撃どころか逃げることも出来なかったから……そうとも聞いております。
ですが、果たしてそうでしょうか」
「というと?」
「そもそも、死因は頸動脈を切られたことだったのでしょうか。
周囲をご覧下さい、陛下。凶行はこの部屋で行われましたが、血の跡は床にしかございません」
事件発覚直後に、グリム兄弟は現場を調べました。
どの部屋も、きちんと片付けられていて荒らされた様子はなく、食堂の床以外には血痕も、それを拭いたような跡もありませんでした。
つまり、壁にも家具にも、食卓の上にも、血は飛んでいなかったのです。
「いくら小人たちの背が低いとはいえ、動脈を切断されれば大変な勢いで血が吹き出します。陛下もご存じでしょうが、心臓が動脈に血を送り込んでいますので、静脈とは比べものにならない出血となるのです。
では何故、床にしか血痕がないのか。
動脈を切断された時には、彼らの心臓は動いていなかったからです。ですから大した出血になりませんでした。
小人たちの死因は、別にあったのでございます」
しばし、沈黙が部屋を支配しました。
「……なるほど迂闊であった。
血の跡を見て、その勢いが少ないと言われればその通りだ。戦場に立った余も騎士たちも、思いつかなんだ……。
だが、殺されたのは小人だ。血の出る出ないを、人間と同じように考えてよいものか?」
「さようでございます。
ですが陛下、根拠は他にもございます。
この部屋の端にある、大きな桶をご覧下さい。犯人は自分にかかった返り血をそこで洗い、身綺麗にしたのです。おそらく洗濯か、厨房の洗い物に使う桶でございましょう。つまり小人を殺した後に、他の部屋から持ってまいった物です。
なのに。
血まみれの姿で取りに行ったはずなのに、他の部屋には血痕がございません。
ならば順序が逆。
まず桶を他の部屋から取って来て、それから死んだ小人たちを切り刻んだのでございます」
「……下手人が桶を運んだ後、血の跡を拭いたのではないか」
「何のためにでしょうか。
足跡が残れば、そこから犯人が特定される恐れがございます。ですから床を拭くこと自体は、理にかなったお考えかと存じます。
ですが、血の跡が分からないほど綺麗に拭く理由にはなりません。とりあえず、手の跡なり足跡なりが分からなくなる程度にこすればよいのです。わざわざ、時間をかけて完全に跡を消すメリットはありません。
ならば、最初から血の跡などなかったのでございましょう。
犯人はまず、激しい流血を伴わない方法で7人を殺害しました。
その後、桶に水を入れて行水の準備をし、そこで初めて刃物で小人たちを切り刻んだのでございます。床にはいくつか、刃物の跡が残っております。倒れている小人に切りつけたからなのです。
そして、切り刻んだ返り血を、桶の水で洗います。
犯人は、この順番で行動いたしました」
「むう……。
ならばヤーコプよ、7人の小人はいかようにして殺されたのだ?」
「彼らは7人もいながら、抵抗した様子もなく亡くなっておりました……と、うかがいました。
繰り返しますが、被害者は7人もいたのです。なのに相手を返り討ちにするどころか、誰も逃げることもできずに、皆殺しの憂き目に遭っています。カトラリーは綺麗に揃っていた……と聞きました。彼らは護身用にナイフを取ることさえしなかったのです」
ヤーコプは実際にその現場を見たのですが、今の彼は、城で留守番をしていた小姓ヤーコプという設定ですので、そうとは言えません。
「暴力的な手段では難しいかと存じます。
例えば犯人が大勢いて、小人たちを数で圧倒したとしても、乱戦になって、家の中はもっと荒らされたでしょう。
それ以外の方法。
僕は、凶器を『毒』であると考えております」
「…………」
王は無言のまま、視線で続きをうながしました。
「理由は、食卓の状態と小人たちの位置。
食卓には手つかずの料理がありましたが、ワインのグラスは全て倒れるか床に落ちていました。
そして7人全員が、食卓の周囲で倒れていた……と、うかがっております。
ならば状況は明らか。
毒がワインに入っていたのでございます」
「説得力はある……見事だ。
ならば続けて問おう。毒を盛った下手人は誰なのだ」
本来内向的なヤーコプも、話し出して勢いがついてきました。なめらかに返事をします。
「その答えを申し上げるには、ワインの毒から順に論を進めてゆかねばなりません。
一般的に考えれば、7人もの人間が──この場合は小人ですが──食事を始めれば、ある者はスープを、またある者はパンを、あるいはワインを……と、それぞれ違う料理から手をつけることでしょう」
一般論ではなく、実際にグリム兄弟はその場面を見ていました。
白雪姫が初めて、小人の家で眠って目覚めた朝。姫が小人と一緒に朝食を食べた時。彼らは飲んだり食べたりと、てんでに違う料理に手をつけ始めました。
「ですが事件の起こった時、7人は全員が、料理より先にワインを飲みました。それは全員の料理が手つかずであったことからも明らかです。
さらに、もしそれぞれ違うタイミングでワインを飲んだなら、先に毒を飲んだ者が倒れ、後の者はワインを飲むのをやめたことでしょう。
つまり彼らは食事の前に、全員で、そして同時に、ワインを飲んだのでございます。
それはどのような状況か。他でもありません。
彼らは乾杯したのです」
「乾杯、だと?
何のために乾杯したと言うのだ。
わが娘が亡くなり、余と王子がその亡骸を奪い合っていたというのに?」
「まさに、おっしゃる通りでございます。
ならば、それを打破するような、乾杯せずにはいられない喜ばしいことが起こったのでしょう。
すなわち」
ヤーコプは息を継ぎました。
「白雪姫が息を吹き返し、蘇ったのです」




