22 何か思いついたのだな、ヤーコプ?
一行は王に拝謁し、王冠や王笏や、食料や着替えなどを献上いたします。そして王妃の急死と、エンゲルラント王妃が行方不明になったことを伝えました。
「なんと。余のおらぬうちに、そのような事件までもが起こっていようとは!」
さて山の上の広場ですが、中央にガラスの棺を安置しています。その近くに王とそのお供の天幕、棺を挟んで反対側にナハバーラント王子とお供の天幕が張ってあります。
そのナハバーラント側の天幕が、増えていました。
王の側近の説明によりますと、王子の使者は、まず隣国国境の領主の元へ向かったそうです。
差し当たって必要な、王子のための食料や生活用品、それに護衛を要請するためです。領主はそれに応え、必要な物や人を送る準備を始めます。使者はそれを確認して、ナハバーラント王のいる都に向かいました。
「小人を殺し姫を盗んだのは、余が城に送った騎士か、あるいは王子が使者としてナハバーラントへ送った従者かとも思ったが、心得違いであったようだ。
小人殺しは使者を送り出した日の夜。それまでこの周辺にとどまっていたのでは、これほど素早く物資や護衛を寄越すことはできぬ。それはわが国の使者も同じこと。使者たちは犯人ではあり得ぬようだ」
王は王冠を持って来た役人に説明しました。
役人も、さらに頭を下げて奏上いたしました。
「はっ、まことに不思議なことにございます。
7人の小人を殺害した者が未だ捕まらずに跋扈しておるとは、危険極まりなきこと。
ですが陛下。この王冠と王笏が届きました以上は、姫を城に引き取ることが出来ましょう。
どうか姫と共に早くお戻りいただき、混乱する臣下を導いてくださいませ」
「それなのだが……」
王の表情が翳ります。
「姫の亡骸が……傷みはじめているようなのだ……。
あの眠るような顔や腕は変わらぬのだが、臭気が漂ってきておる。
白雪姫は、今まで小人の力によって美しい姿を保っていたが、彼らの死によって腐り始めた……ということかもしれぬ……」
そばで控えていたヤーコプの目が、何かを思いついたように一瞬かっと見開かれましたが、慎ましく下を向いていましたので、それはだれにも気づかれないままでした。
その後すぐに、王と王子は話し合いに入りました。
「王子よ、これで余が白雪姫の父なる王であることが分かったであろう。
姫の身柄は余が貰い受けることに、異存はあるまいな?」
王子は苦痛に満ちた目で、自分と白雪姫を引き離す王冠を見ています。
「し、しかし……例え朽ち始めているとしても、僕は……。
……いえ、おっしゃる通りです。貴方様こそ白雪姫の父君。姫を引き取る権利を持つお方です……」
それは口から無理矢理押し出すような、肯定の言葉でした。
──ですが。
王は王子に向かって、優しくほろ苦い笑みを浮かべました。
「以前は、余はそのように思うておった。
だが今までの、そなたの白雪姫への想い。それは余の心を動かすに充分なものであった。
ああ、白雪姫が生きておれば、そなたの愛に心動かされずにはいられなかったであろう……。姫が生きてさえおれば、余はそなたに娶らせることもやぶさかでなかった……。
そなたの誠意はとくと見せてもらった。異例ではあるが、そなたに白雪姫を託そう」
「「!!」」
その場にいる全員が、驚きに目を見張りました。
「陛下! 陛下……ありがとうございます……!!
このご恩は決して忘れません!」
王子の顔が輝き、感極まって声が詰まります。
「白雪姫を丁重に扱ってくれ。
いずれ余も、そちらの国へ弔いに参る所存だ」
「もちろんでございます!
白雪姫こそは2国間の友好のしるし、わが国との永遠の和平の礎となってくださることでしょう!」
2人は笑みを浮かべ、手をがっしりと握り合いました。
「意外だな。まさか国王陛下が、白雪姫を手離しなさるとは」
「しっ。色々な事情があるんだよ。
俺たちは口を出さずに従うだけさ」
天幕の外で、城から来た兵士たちが話しています。
話し合いをしているうちに、夜になっていました。月は雲に隠れ、外は見張りの兵士の持つ明かりや、天幕から洩れる明かりしか見えません。
見張りの兵士の明かりと、その明かりがガラスに反射する光を目印にして、ヤーコプはガラスの棺のある方へ向かいました。
「何用だ」
棺の両側に、両国の兵士が1人ずついます。彼らはヤーコプに誰何してきました。
ヤーコプは、うやうやしく礼をとりました。
「僕は国王陛下の小姓でございます。お願いがあって参りました。
どうか、ほんの一瞬だけ、ガラスの棺を開けて、お美しい姫様に触れる許可をいただきたいのです。
無論、姫を傷つけるような真似はいたしません。お礼も用意しています」
と言って、銀貨を何枚か出して手のひらに乗せ、兵士たちに見せました。
彼らがお互いをうかがうように、顔を見合わせました。どちらからともなく、ヤーコプの差し出した銀貨を半分ずつ受け取ります。
「まあ、姫を近くで見たいというのは人情であるな」
「ほんのちょっとの間だけだぞ」
兵士たちは、若干わざとらしくいかめしい口調で言うと、数歩下がってそっぽを向きました。
ヤーコプはガラスの棺の蓋を開けました。
王が話した通り、ムッとする腐敗臭がたちのぼってきます。
それにも関わらず、彼女の頰は生き生きと赤く、肌はなめらかで白いままです。
ヤーコプは臭いをものもとせず、カンテラをかざしながら、そっと彼女に手を伸ばしました。
その指が長い睫毛に触れて、瞼を開けて──。
目的のものを見て、ヤーコプは会心の笑みを浮かべました。
満足の表情を浮かべて、ガラスの棺の蓋を閉めるヤーコプに、背後から声がかけられました。
「──何をしておる?」
振り返ると、そこに立っていたのは3人の騎士を従えた王その人でした。
見張りの兵士は、王にヤーコプを通した現場を見られて、気まずそうな顔で直立しています。
「陛下──」
「そなた、面白いことをしておったな。
姫の瞳を見ておったのか?」
「それは……」
ヤーコプは咄嗟に言い訳もできず、黙ってしまいました。
王は、苦み走った端正な顔に微笑みを浮かべますが、目は猛禽のように鋭くヤーコプを捉えていました。
「そなたは気の利く小姓だ。余のお気に入りだ。
余が咳をすれば、言わずとも酒とチーズを持ってくる利口者だ。
何か思いついたのだな、ヤーコプ? 他に調べたいところはあるか? うん?」
笑いながら、親しげにヤーコプの肩を掴みます。
ヤーコプは、王の掴んだ手の強さに息を呑みましたが、なんとか返事をしました。
「……小人の家を、検分しとうございます」
「なるほどな! 夜になったが構うまい。
そこな兵士よ、余はしばし小人の家に参る。交代の際にでも他の者に伝えておけ。
それで職務怠慢を見逃してやる」
小姓ヤーコプと王、それに護衛の騎士3人の一行は、小人の家に到着しました。
騎士の1人が扉の前に立って見張りをし、残りの人たちは中に入ります。
実体化する前に散々見た家ですが、ヤーコプは初めて見る風を装って、ひとしきり部屋の中を見て回りました。
入ってすぐの食堂は、捜索された時とあまり変わりませんでした。踏み荒らされて、こすれたり剥がれたりした血の跡。ただガラスの棺はなく、食卓の上も空っぽです。
「食事の用意がしてあったとうかがいましたが、それらはどうなさいましたか?」
「皿やグラスごと、全て捨てさせた。
白雪姫の捜索で1日放っておいたので、傷んでおったからな」
「……ありがとうございます」
他の部屋も、徹底的に捜索された後でした。棚という棚は開けられ、扉は開いたままです。
ですが、厨房の調理道具や、寝室のベッドやシーツや小さな枕、照明器具などの生活用品は、白雪姫の分が増えた以外は、ヤーコプが初めて見た時と変わらずそこにありました。
「陛下はお山で数日お過ごしですが、この家から徴発なさった物はおありですか?」
「ない。小人たちには、白雪姫を匿い育ててくれた恩がある。亡くなったとて、物を奪うのは信義に悖る。それは王子も同じ考えで、我らは略奪を厳しく禁じた。
ただやむを得ず、食糧だけは徴発した。王子の一行も合わせて人数が多かったからな」
「……なるほど。ありがとうございます」
王が、面白そうに片眉を上げました。
「いい顔をしておる。
その目は、全てを透徹した者の目だ。
お前は、全ての答えを手にしたのではないか?」
「いえ、僕などではとてもそのような……」
元々内気な性格もあって、ヤーコプは目を伏せます。
「構わん。お前の頭の中にあることを全て話せ。
これは命令だ」
次話から謎解きです。
・時間経過
1日目 昼:王子と王がガラスの棺に入った白雪姫を発見、取り合いになる。双方の城に使者を出す
夕方:7人の小人が棺を家に入れる。王と王子の一行は山の上で野営。
2日目 朝:一行が7人の小人の死体を発見。白雪姫が消えていることに気づく
午前:エンゲルラント国王妃が散策中に消える
〜夕方:白雪姫の捜索を行い、小人の家の中で発見する。これ以降は山の上で見張りを立てて棺を警護
3日目 朝:白雪姫の母である王妃が、着替えの時に死亡
昼:城に、王が白雪姫を発見したこと、亡骸を持ち帰るための王冠と王笏を持って来るよう、要請が入る
昼:同じく城に、エンゲルラント国王妃行方不明の一報が入る
昼:ナハバーラント国境の領主から援助物資が届く。その早さから使者のアリバイが成立する
4日目 朝:白雪姫と王のいる山に向かって、ヤーコプを含む一行が出発
6日目 昼:ヤーコプを含む一行が到着。その早さから、使者のアリバイが成立する




