18 それがヤーコプ、それがヴィルヘルム
「石臼が魔法の品物だって知っているのは、7人の小人と白雪姫だけだよ!」
「いや。あの石臼を使うには、家の外に出す必要がある。
外で品物を出すところを、誰かが見ていたら?
あるいは魔女が石臼を見て、魔法の品であることを見破ったら?」
「……これだけじゃ、誰が怪しいとも言えないね」
兄弟は顔を見合わせました。
皆は亡骸をガラスの棺に納め直して、山の上に運びました。王とお供たちの天幕と、王子とお供たちの天幕の間に置かれます。
そして2度と盗まれないように、常に見張りを立てることになりました。
誰が小人たちを殺したのか。そして白雪姫を盗み、亡骸がまた家の中に現れたのか。謎は尽きません。
しかし昨夜、王と王子は互いを監視していました。皆、何度か用を足すために森に入って監視から外れることもありましたが、時間的に小人の家まで行って帰ることはできません。
白雪姫捜索の時も、相互監視の中で行われています。こっそり彼女を家に戻せる者はいません。
あれは山の魔女か妖精の仕業ではないか、という説も出てきました。
「それはない。この山に小人以外の超自然的存在はいない」
「ボクらが言っても聞こえないんだけどね」
ガラスの棺の見張りたちを除く皆が寝静まった夜中。グリム兄弟も、広場の端の木の中で就寝の準備をしていました。
木の幹には鍵のついた扉がついていて、それを開けると中にはふかふかの寝台とランプがあります。隣の木の中には料理の乗ったテーブルと椅子、その隣の木には着替えの並んだクローゼット──生活するのに困らない色々なものが、樹々についた扉の中に揃っているのです。
これは、KHM123『森の中のお婆さん』から抽出した、不思議な住まいでした。
「しかし不思議だ。
犯人は、はたしてどのようにして密室を作ったのか」
ヤーコプが寝巻きを着て寝台のふちに座り、帳面をめくりながら呟きました。そこには今まであった出来事が、几帳面な字でびっしりと書かれています。
その隣に腰かけた、同じく寝巻きに着替えたヴィルヘルムが、足をじたばたさせます。
「ボクたち、推理小説世界は専門じゃないんだけど」
「ああ。しかし事件が起こったからには謎を解くしかない。いちおう一通りの知識はある。
まず、鍵を操作するタイプ。
小人の家は、鍵ではなく閂と掛け金で施錠する。
思いつくのはいわゆる『糸と針』だ。糸を心棒に絡め、扉の隙間から通して外から鍵をかけるトリック。糸を複雑に絡めるために、壁や心棒に針を刺して支点にすることもある。
だが閂の棒は重い。糸で簡単に動かせる重さではないし、真横にスライドさせる操作も難しい。棒はなめらかで、針を刺したような跡もなかった。
窓の掛け金の方が、まだ成功率は高そうだ。
掛け金といえば、氷を使ったトリックか。外に出てギリギリまで窓を閉め、掛け金と受け皿の間に氷を挟む。時間が経つと氷は溶けて、掛け金が落ちる。氷は魔法の石臼から出せばいい。
だが可能か? 外から氷を挟みこむのが至難の業だし、それが出来るくらいなら氷なしでも掛け金を落とせるはずだ。もちろん、それは不可能に決まっている。
氷のトリックは現実的ではない」
ヤーコプは帳面を置いて立ち上がり、ヴィルヘルムの前を行ったり来たりしはじめました。
「他に出入り口は……『3匹の子豚』のように、煙突から入るのはどうだ?
いや、小人が言っていた。煙突には金網が張ってあって、ネズミ1匹出入りできないと。
ならば、今までに出てきた魔法は使えないか?」
思考に拍車がかかったのか、ヤーコプの歩くスピードが上がりました。
「魔法の靴で侵入……いや、不可能だ。あの靴には、壁や扉を通り抜ける能力はない。王妃はわざわざ隠し通路を使って外に出る必要があった。
魔法の石臼はどうだ? 石臼があれば、その場で必要な道具を調達できる。
扉を壊して押し入り、犯行後に、石臼に新たな扉と大工道具を出させて外から取り付け直す。壊れた扉や大工道具は、森の奥に捨ててしまえばいい。あの石臼の力を知っている必要はあるが……。
いや、裏口の扉は内開きだった。つまり蝶番は家の中だ。外から取り付けることはできない。
なら玄関は? 玄関は外開き、外から扉の付け替えができる。あの血溜まりに足跡を残さない方法があれば……」
ヴィルヘルムはヤーコプの熱弁に、そうだね、ふーんと熱のない相槌を打っていましたが、そこで口を挟みました。
「何のために?」
ヤーコプの足がぴたっと止まりました。
「……何のために?」
「推理小説で密室って言ったら、普通は自殺に見せかけるためでしょ? でも小人たちは絶対に自殺じゃない。
だいたいここ、警察なんかない世界なんだよ? 訳の分からない工作をする意味もない。
白雪姫を盗んだら、姫を抱えてさっさと逃げるか、どこかに隠して後で回収するかすればいい。わざわざ密室なんか作るメリットがないんだ」
思わぬ角度から指摘されて、ヤーコプが固まりました。
「た、確かに……」
「それに、脱出も不思議だけど、どうやって家の中に押し入ったの?
あの扉は頑丈だった。壊している内に、小人は逃げるか反撃の準備をするんじゃない?
それとも、友好的に誰それですって名乗って、開けてくれって頼む?
昼間、王と王子がめちゃくちゃ揉めてたんだよ。だから白雪姫が盗まれるかもって、警戒したと思う。
夜に扉をうかうかと開けるかな?」
「…………」
ヤーコプの肩が、がっくりと落ちました。
「その通りだ、ヴィルヘルム。
ああ……どうして僕はあの夜、小人の家を見にいかなかったんだろう……。王の天幕なんかどうでも良かったんだ……」
「いや、どうでもいいことはなかったけど。
あのさ兄さん」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないよ」
「謎を解くのは諦めて、最後まで大人しく観測だけしていろと言うんだろう」
「そういうこと。登場人物の誰かが探偵になって、謎を解いてくれるかもだしさ」
「白雪姫が見つかった以上、彼らには必死に犯人を探す理由がない。
現場が密室であったことにも取り合わなかった。
おそらくこのままでは、謎が解明されないまま白雪姫が目覚めて、王子と結婚して終わる」
「正直、それで問題なくない?」
ヴィルヘルムはぴょんと立ち上がり、兄の正面に回ってその顔を見上げます。
「上位世界の連中は、物語の内容なんかどうでもいいんだよ。
ラストまで観測してデータだけまるっと収集すれば、【編集】は可能になる。連中はそれだけをお望みだ。
事件の真相なんか分からなくたって、仕事はできるんだよ」
ヤーコプは緑柱石の色の瞳を、弟に向けます。
「それは僕が納得しない。
収集すること。分析すること。そして分類すること。それが僕、ヤーコプ・グリム・Hだ。
何が起こったのか。何故起こったのか。どのようにして起こったのか。
この世界の全てを解析し尽くさなければ、到底僕の気がすまない」
「はあ……」
疲れたように、ヴィルヘルムは子供らしくないため息をつきます。
それから、困ったような微笑みを兄に向けました。
「分かった、とことんまで付き合うよ。
兄さんを愛し、兄さんと同等の知識を持ち、兄さんを支える。それがボク、ヴィルヘルム・グリム・Hだからね。
今日のところはとりあえず寝て、明日のことは明日考えよう」




