17 白雪姫を発見いたしました
再び時が流れてしばらくすると、扉が打ち破られました。
「──小人殿!」
当然、みんな大騒ぎです。
一同は無惨な姿となった小人たちを見て驚愕し、一斉に帽子を脱いで頭を下げ、その死を悼みました。
ですがすぐに、白雪姫の亡骸が消えていることに気づきます。
「白雪姫がいない!?」
「下手人と姫を探せ!」
全員での家捜しが始まりました。王や王子も、家来に守られながら部屋を捜索します。
窓を開けて光を入れ、ある者は小人の死体を調べ、ある者は戸棚を開けたり寝台の下を覗いたりして、犯人と白雪姫の姿を探します。
あらゆる手がかりを求めて、小さな引き出しも見逃さずにかたっぱしから開けていきます。
「よかった……さすがに白雪姫のバラバラ死体はないみたいだよ」
「それはそれで、謎が深まる一方なんだが……」
床の血溜まりはすでに固まっていましたが、捜索する人々の靴に踏み荒らされて、ぼろぼろと床から剥がれていきました。
「血の跡は固まっていても、上を歩けば痕跡が残る。
玄関は逃走経路には使われなかったようだ」
「そうだね……って、ちょっと待って」
見物していたヴィルヘルムが、ふと気づいたようにヤーコプの方を振り返りました。
「この家では魔法が使えないっていう話だけどさ。
白雪姫はこの家の中で、呪物である林檎を食べて死んだよね?
魔法が使えないなら、林檎の毒は効果がなくなるんじゃないの?」
弟の指摘に、ヤーコプはしばし考えこみました。
「『魔法をかける』の定義の問題だと思う。
例えば小人たちは魔法的な存在だが、家に入っても存在が解除されて死ぬわけではない。魔法のかかったものが持ちこまれても、その効力は消えない。
一方で、一般的な魔法。『魔法の石臼に物を出させる』ような、術者が対象や効果を指定して魔法の力をふるう、これはできない。王妃が行った『魔法で呪物を作り出す』のも、ここでは駄目だろう。
胸ひも、毒の櫛、毒林檎はこの中間だ。
胸ひもはこの家の外で『胸に巻いて締めた者を殺す』魔法をかけられた。だから中に持ちこんでも魔法の力を保っている。前もって具体的な発動条件──胸を締めつけること──が設定されていて、それが満たされると自動的に力──その者を殺す──を発揮する、このタイプの魔法は阻害されないようだ。
毒の櫛や林檎は、物理的な毒との二段構えのようだが、この家の中で効果を発揮することに変わりない」
「ややこしいな。
つまり『誰に・何に』とか『どういう効果か』とかいちいち決めてから使うタイプの魔法は、ここでは使えないと」
「そういうことだ」
「じゃあ兄さん、犯人が小さなものに変身して隠れている可能性はない?
特に豆とネズミ」
「豆とネズミ? ああ……」
ヤーコプがうなずきます。
「変身のモチーフか。
KHM68『泥棒の名人とその師匠』の師弟や『長靴をはいた猫』の人食い鬼のように、民話には変身能力を持つ存在がいる。彼らは変身合戦や挑発によって、小さな存在──豆やネズミに変身して殺される。
そのような小さなものに変身して、捜索をやり過ごすトリックか。
だがあいにく、この家の中で変身することはできない。何に化けるかを指定して『魔法をかける』わけだから」
「でも兄さん、魔法のかかったものを家の中に持ち込むことはできるでしょ?
石臼と一緒だよ。いったん外に出てネズミに変身してから、中に入ればいいんだよ」
ですが、ヤーコプはかぶりを振りました。
「どうやって鍵を閉める?
閂はもちろん重くて動かせない。窓の掛け金も、ネズミにとっては高い位置にある。窓枠はネズミの足場になるような幅がない。小さな生き物に変身すると、あの鍵は閉められない」
「あっ……でも、ネズミなら、小さな隙間からでも入れるでしょ?」
ヤーコプは帳面をめくって、目当てのページをみつけました。
「いや、小人が言っていた。『窓と入り口以外には、ネズミの這い出る隙間もねえ。煙突も金網で塞いでる』と」
「あっ、そうか!
ちぇっ、いい考えだと思ったんだけどなー」
ヴィルヘルムは子供らしく口を尖らせました。
ヤーコプがそれを見て微笑みます。いつもの真面目くさった顔とはまるで違う、愛情がじんわりと溢れるような笑みです。
「でもいい考えだったな、ヴィルヘルム。
また何か思いついたら教えてくれ」
「うん、兄さん!」
さて、小人の家は広くなかったため、さほど時間はかからずに捜索が終わりました。
家の外で、並んで立つ王と王子に、騎士がひざまづいて報告を行いました。
「陛下、並びに殿下。この家のどこにも、下手人も姫の姿もございません」
「うむ。口惜しいが、そのようだ」
王の言葉に、王子も悔しそうにうなずきます。
「なお、不思議なことでございますが、全ての窓と扉が内側から閉まっておりました」
「何かの間違いではないか?
一度に何人もの人間が家探しを行ったのだ。明かりを取るために窓を全て開けた時に、既に窓が開いていたものを、別の誰かが開けたものと誤解したのであろう。
内側から全て戸締まりされていれば、中に人がおらぬなどあり得ぬからな」
「は、左様でございますな」
王と騎士のやり取りに、思わずヤーコプが口を挟みます。
「違う。本当に全ての鍵は内側から掛かっていたんだ。僕たちも確認した」
「それ、王様には聞こえないよ……」
騎士は話を続けます。
「7人もいる小人が、襲撃者に反撃はもちろん、1人として逃げることすらできずに殺害されております。犯人は、かなりの手練れであります。
陛下、王子殿下、もはやここは危険。今すぐそれぞれの城にお戻りくださいませ」
騎士が2人の王族に奏上しますが、どちらも首を横に振りました。
「ならぬ。
娘を見つけぬうちは、なんとしても城には戻るわけにはまいらぬぞ」
憔悴して目がすわっていますが、眉目秀麗なのもあってそれが大変な迫力になっています。明らかにテコでも動く様子はありません。
「いやいや。王様なんだから、殺人現場に居座ってたら危ないでしょう。犯人が捕まってないんだよ」
「王子もそうだが、どちらかが白雪姫を引き取るまでは帰らないだろう。
いわゆるシナリオの強制力というやつだ」
兄弟にも、白雪姫を見つけるアテはありません。とりあえず芝生に座って様子見です。
「その通りです。小人たちに大変なことが起こってしまいましたが、白雪姫の行方も心配です。
まずは小人たちを弔い、そののち捜索範囲を広げて白雪姫を捜す、ということでいかがですか」
王子も同意します。彼も優美な貴公子なのですが、こちらも『白雪姫が見つからないなら文字通り死んだ方がマシ』という説得不可能なオーラを放っています。
「ああ。時間をかけては、下手人が遠くまで逃げおおせてしまう。とにかく今からでも始めよう。
まあ、この中に姫を盗んだ輩がいる可能性も否定できぬがな」
王は、意味ありげに王子を見やりました。
「このままでは白雪姫の亡骸を得られぬと踏んで、小人の家に押し入って奪った。
王子よ、この考えをいかが見る」
王子も、強気な眼差しで王を見つめ返します。
「その言葉、まさに僕が言いたかったことです。
白雪姫の美しさたるや、まさに傾国。
かの方をめぐって戦争が起きぬよう、先んじて奪った方がおられるやも知れません」
しばし2人は剣呑な顔で睨み合っていましたが、年長の王が先に表情を和らげました。
「……睨み合ったところで小人は生き返らぬし、姫も見つからぬ。
お互いが信じられぬのは同じこと。どうだ、双方の従者を組ませて捜索に当たるというのは?」
「いいお考えです。
それならば、捜すと見せかけてこっそり白雪姫を持ち帰るといった真似はできません」
「まさにその通り。
ならば早速、小人を埋葬するとしよう」
一同は家の裏手に穴を掘ると、略式ですが小人たちを埋めて墓石代わりの石を置き、お祈りをしました。一行の中に聖職者はいませんでしたので、後日こちらに遣わして、改めてお墓や葬式の準備をすることにします。
それから、皆で捜索を行いました。
王と王子は護衛を1人ずつつけて、それぞれの天幕で待機です。捜索隊は、何かあればここに知らせに来る手はずです。
基本的に家の周囲と野営をした山頂周辺、および山道とそこから少し森に入ったあたりまでを調べます。
山道をそれると深い森になり、人を襲う獣が現れるかもしれません。白雪姫を盗んだ犯人も、そのような危ない場所に入り込んで、自分や姫の亡骸が襲われる危険を犯すまいという判断です。
グリム兄弟は個別行動をとって、いくつかの班に分かれた捜索隊に着いていきました。あちらの捜索隊にしばらく付き合い、それから別の捜索隊のところに移動し、時には山頂の天幕を覗き、誰かおかしな動きをしていないか見て回るのです。
夕方になっても、見つかったという報告はありません。
「……あんまり期待してなかったけど、やっぱり見つからないね。
さすがに疲れたよ……」
王の待機している天幕の中で、ヴィルヘルムが床に座りこんでぶつくさ言っています。
「白雪姫を盗むって、どういうことだろう。
犯人は、王か王子ってことだよね」
同じく床に座っているヤーコプが、しかつめらしい顔で答えます。
「まず、動機で言えば王と王子。どちらも白雪姫の亡骸を引き取りたい。
王子は赤の他人、父親を差し置いて白雪姫を引き取る正当性がない。
王は実の父だから彼女を引き取ることはできるが、それを名目に、王子の国ナハバーラントから戦争を仕掛けられるリスクがある。
一方で、お供の仕業の可能性もある。
白雪姫のせいで王も王子もおかしくなっているし、最悪戦争も起きかねない。白雪姫さえいなくなれば、問題はなくなる……と判断したかもしれない」
中性的な美貌のヤーコプがシリアスに語りますが、膝を抱えた三角座りなので、今ひとつ様になりません。
「お供たちってモブだよね。自発的に事件を起こすかな?」
「『グリム童話集』初版では、王子の従者が白雪姫を起こす。重いガラスの棺を運ばされることに怒って、姫の背中を殴ると林檎が飛び出て目覚める。
2版以降では、従者が棺を運ぶ時に薮に足を取られてつまづく。すると棺が揺れて、その拍子に林檎が喉から取れる。
元々お供には重要な役割と個性が与えられている。
しかもこの世界の登場人物はそれぞれに個性があるようだし、各自の思惑で行動してもおかしくない」
「どうでもいいけど白雪姫、何かというと林檎が喉から飛び出すよね……」
「他の登場人物は王妃や狩人か。
白雪姫が死んだ以上、もう動きはないはずだが、なにしろ大変なイレギュラーが起こっているからな……。
例えば王妃が、改めて白雪姫の肺と心臓を食べようとして亡骸を盗んだとか、こじつけはできる」
「でも、ボクが調べた時は、城に白雪姫の死体はなかったよ。
以前裏切った狩人に、もう1回襲わせるとも思えないし……」
「ああ。だから彼女たちの仕業とも考えにくい。
さて、どうしたものか……。
何か展開があればいいが──」
ヤーコプが言っているそばから、騎士が天幕に入ってきました。
「陛下!
白雪姫を発見いたしました!!」
「なんと!!」
「「なんだって!?」」
王もグリム兄弟も、思わず立ち上がりました。
「どこで見つかったのだ!?」
「それが、小人の家でございます。
城の使者が王冠を持ち帰るまで、我らはここに滞在いたします。
ですが、なにぶん大所帯。食糧はまだありますが、いつ尽きるとも知れません。
それで申し訳ないことですが、小人の家にある食糧を回収していこうと家に参りました。
すると、閉めたはずの扉が開いておりました。
獣でも入り込んだのかと足を踏み入れましたところ、入ってすぐの食堂の床に、白雪姫のご遺体が横たわっておられたのです」
「なんと! すぐ行く!」
騎士の言った通りでした。
王と王子が小人の家の中に入ると、床の上に、あの雪のように白く血のように赤い頰の、清らかに美しい姿がありました。
王と王子が駆け寄ります。
「ヴィルヘルム、彼らがおかしな行動をしないか見張っていてくれ」
ヤーコプが、改めて家の中を見て回りましたが、すぐに弟の元へ戻ってきました。
「ヴィルヘルム。
魔法の石臼が消えている」
「え!?」
兄と入れ替わりにヴィルヘルムが台所を見たところ、朝のうちはあった石臼が、確かになくなっていました。
兄弟で他の部屋も探しましたが、見つかりませんでした。
ちなみに『長靴をはいた猫』は、グリム童話集最終版(7版)に入っていません。
グリム兄弟はドイツ民話を集めていたのですが、収集した『長靴〜』は、フランスのシャルル・ペローの影響が強くて(だったかな?)フランス民話感が強かったからだそうな。
ちなみに『青髭』も入ってません。




