16 なんで『白雪姫』がこんなことに
「密室殺人!?」
いつも冷静なヤーコプも、さすがに声が大きくなりました。
「ここは『白雪姫』だぞ!? なんで推理小説みたいなことになってるんだ!」
「ボクもそう思うよ……」
2人はうつむいて、しばし途方に暮れました。ですが、下を向いていたところで、床に答えが書いてあるわけでもありません。
ややあって、ヤーコプが頭を上げました。
「……それならそれで、まずは一通り確認しておきたい。
ヴィルヘルム、一緒に来てくれ。まずは窓と扉だ」
ヤーコプは言いながら、旅行鞄から明かりをいくつも出してヴィルヘルムにも渡しました。上位世界から持ち込んだ、強力な光を放つランタンです。暗視装備では、細部が見えないという判断です。
それらを家中の机の上や床の上に置いて、昼間のように煌々と光らせると、2人は本格的に調査に取りかかりました。
まずヤーコプは振り返って、玄関扉の閂を見ます。
小人の家ですが、高さも幅も、一般的な人間の家の扉と変わりません。家具などを出し入れする可能性があるからでしょう。
閂は、丸太を扉と横の壁に取り付けた金属の輪に水平に通す仕組みです。
丸太は大人の腕よりひとまわり太く、1エレ(約67センチ)ほどの長さの頑丈なものです。なめらかで、表面は傷ひとつありません。
棒を通す輪っかも分厚い鉄で、いくつもの釘でしっかりと固定されています。小人の家なので、半クラフター(95センチ)あるかないかの低い位置に取り付けられていました。
続いて、扉の横にある鎧戸を確認します。
小人の家なので、下の枠は半クラフターほどの低い位置にあります。その代わり彩光を良くするために、上の枠は床から1クラフター近い高さです。縦に長い窓でしたが、幅は1エレほどありました。
「窓は大きい。人の出入りは、充分可能だな」
窓にガラスはなく、両開きの木製の鎧戸を開け閉めする構造です。
鎧戸に隙間はなく、両方の戸の下の方に鉄の掛け金が付けられています。鎧戸を両方閉めて、右の鎧戸に付けた板状の掛け金具を回転させて、左の鎧戸に付けた受け金具に引っ掛ける仕組みです。小さいけれどもしっかりした造りで、きちんと鎧戸に固定されていました。
窓は家の壁の4面全てにありましたが、全て鎧戸が閉められて掛け金がかかっていました。
扉は玄関の他に、台所と、風呂場にもありますが、これも玄関と同様の頑丈な閂がかかっています。
「水を使う場所には勝手口がある、ということだ。
井戸から水を汲んだり、排水を外に捨てに行ったりするわけだから、ないと困る」
「台所の石臼も、扉があれば外に出しやすいものね」
兄弟は窓も鍵も動かすことはできません。この世界の物質に触れようとしても、突き抜けてしまうのです。
ですから、2人は全ての窓を立ったりしゃがんだりして目で確認しました。
「確かに、この家の扉と窓は、全て内側から鍵が掛かっている。
ヴィルヘルム。見た限り、犯人も白雪姫も部屋にはいなかったな?」
「少なくとも、見えるところにはないよ」
窓を調べた時は、部屋の様子はおざなりに見ただけでしたので、兄弟は改めて家探しを行いました。
まずは寝室です。
すぐに処分するには忍びなかったのでしょう。白雪姫のものも含めた、8つの寝台が並んでいます。
白いシーツも、ふかふかの大きな枕も、畳んだ寝巻きも、全て綺麗に整えられています。
「ベッドメイクされている。寝る前に事件が起こったのは間違いない」
兄弟は寝台の下を覗いてみましたが、誰もいません。もちろん窓には鍵がかけられています。
さらに、寝室の隣の風呂場とトイレ(上位世界のイメージを反映して、場違いに近代的なデザインでした)を探しても、食堂の隣の厨房を見ても、犯人も、白雪姫の亡骸も見つかりません。
どの部屋も、きちんと片付けられていて荒らされた様子はなく、食堂の床以外には血痕も、それを拭いたような跡もありませんでした。
2階はありません。屋根は梁がむき出しになっており、屋根がそのまま見えています。屋根裏に隠れることもできません。
「犯人は、魔法の石臼の価値には気づかなかったんだな」
厨房の片隅に無造作に転がされた石臼を見て、ヤーコプは呟きました。
「家の中には、犯人も、白雪姫もいない……。
いや、戸棚にでも隠れているのか?」
「ここ、小人の家だから、家具は全部子供用みたいに小さいんだ。
戸棚も作りつけの納戸も仕切りがあって、人が入るほど大きなスペースはないと思う」
「確かに。
だが念のために確認しよう」
2人はカンテラを持ったまま仕切りを突き抜けて、それぞれ中を覗いて見ました。
引き出しなどの小さなスペースは、明かりを入れられなかったり目の焦点が合わなかったりして上手く見えませんが、大きな納戸や衣装箱は確認できます。
「ね? 人なんか入ってないでしょ?」
「ああ。
あとは白雪姫の亡骸をバラバラにして、小さなスペースに分けて隠す可能性も考えているんだが。
それは登場人物たちに任せるしかない」
「こわっ!」
ヤーコプの猟奇的な推理に、ヴィルヘルムはうち震えます。
「でも、それは犯人もやらないんじゃない?
なんて言うか、白雪姫の価値が下がるというか……」
そこでヴィルヘルムが、何かに気づいて目を見開きました。
「ボクらはなんて馬鹿なんだ!
世界観測儀で白雪姫を探せばいいんじゃないか!
彼女は主人公なんだから、簡単に居場所が分かるはずだよ!」
ところが、ヤーコプは冷静にかぶりを振ります。
「もう調べた。現時点では、白雪姫に焦点を当てることができない。
推理小説系の小世界と同じだ。今の視点人物は王と王子。僕たち鑑賞者から、白雪姫は隠されている。
彼女のいる場所を見つけるには、自力でその場所を推理して、そこまで行くしかない」
「なんてこった……」
ヴィルヘルムがため息をつきました。
「……あのさ、白雪姫が生き返って、7人の小人を殺して逃げたってことはないかな?
半日でこの家まで走れるくらい、人間離れした体力があるんだ。動機とか密室トリックとかは置いといても、大量殺人ができるほど強いんじゃない?
彼女がこの場にいない理由にもなる。単純に、小人を殺したから逃げたんだ」
ヤーコプも、腕を組んでしばし考えました。
「いや、足が速いのと膂力があるのはまた別の話だ。あの脚力はあくまで物語の辻褄合わせであって、他の身体能力が優れている必要はない。
それにこの前、白雪姫は魔法の石臼を持って家を出入りした。あの石臼の持ち運び方だと、彼女の腕力は普通の少女と大差ないと思う。
凶器を持って暴れたところで、小人たちに取り押さえられて終わりだろう」
ああそっか、とヴィルヘルムが呟いて、沈黙が落ちました。
ですがまた、ヴィルヘルムは口を開きました。
「実はさっき、兄さんが演算機を使っている間に外を見たんだけど。王様と王子様とお供。全員外にいるよ。野営地で留守番している人も。
ついでに、城に行って王妃を見てきた。
王妃はちゃんと城にいたし、魔女の部屋や隠し通路に白雪姫を置いているなんてこともなかった。
犯人は、この家の存在を知っている人だ。それが皆外にいるってことは、この家の中には誰もいない。証明完了」
しかし、ヤーコプも食い下がります。
「それ以外の人物の可能性は、全くのゼロではない。
例えば、狩人はどうだろう?」
ヴィルヘルムがかぶりを振りました。
「さっき見てきたけど、家にいた。家はここから遠く離れてるから、夜に殺して朝までに戻るのは無理だと思う。
それに、この密室はどうやったの? それに狩人が今になって小人の家を見つけて襲うって、どういう状況?」
そう言われると、ヤーコプも言葉に詰まります。
「確かに。状況が想定しづらいな……。
とにかく、この家には犯人も白雪姫もいないし、全ての扉と窓は内側から施錠されている。この問題は、これ以上どうしようもない。
……ふう。気乗りはしないが、いよいよ死体を調べるしかないな」
言って、ヤーコプは緊張した顔でかがみ込み、今度は小人たちの亡骸の検分を始めました。
7つの遺体は玄関入ってすぐの食堂、テーブルの周囲に倒れています。
テーブルの上には、手つかずの料理が7人分並んでいました。陶器のピッチャーには赤ワインが入っていて、カトラリーもきれいに揃えられたままです。
ワインを入れたグラスもありましたが、全て机の上に倒れているか、床に落ちて割れているかしていました。
「床は一面に血の海だ。
食事が始まって、ワインを持っていたところを襲われたようだな。
献立からして夕食。寝台が使われていないことからも、昨日の夕食の直前に殺されたと思っていい」
「兄さん、そこにナイフが落ちてるよ。
それが凶器だ」
小人たちは、それぞれの椅子の近くに倒れています。
その1人のかたわらに、大振りのナイフが落ちていました。狩人が持っていたような、動物の解体に使う分厚い刃のナイフです。刃といわず柄といわず、ぎとぎとに血と脂がこびりついていました。
ヴィルヘルムが指さしたナイフを見て、ヤーコプもうなずきました。
「皆、全身に刃物で切られた跡がいくつもある。さらに、全員頸動脈を切られている。
ほら、木の床にも何ヶ所も刃物で切った跡があるだろう。
ナイフで切りつけて小人たちが倒れたところを、1人ずつ首を切ってとどめを刺したんだ。その時に勢い余って床に刃物が当たって傷をつけた」
「これだけ血が流れてるんなら、犯人は返り血を浴びているよね」
「ああ。だがそこに水桶がある」
ヤーコプは食堂の床一面の血溜まりの外、寝室の入り口横の壁際の床を指さしました。
床には行水に使えそうな、ヤーコプの膝くらいまである大きな木の桶が置いてあります。中には水がたたえられていましたが、血が混じって赤く染まっていました。
「洗濯用の木桶だな。
犯人は水を入れた桶を用意して、自分が浴びた返り血を洗ったんだ。ほら、へりには血で汚れたタオルもかけてある。
服も洗えば、朝までにはある程度乾いただろう」
ヴィルヘルムが首を傾げます。
「おかしいな。
玄関から出たなら血溜まりの上を歩いたはずだから、血のついた靴跡があるはずだ。でも、それがない。
水で身体や足元を洗ったあと、玄関以外の窓か裏口から出たってことか」
「いや、犯行は前日の夜だ。
床の血が乾くまで待てば、その上を歩いても跡はつかないのかも……」
ヤーコプはかがんで床の血を人差し指でこすりましたが、血はすり抜けました。
彼らは小世界の観察者、物質に干渉することはできません。床の上に立っているのも重力に従っているのも、あくまで見かけ上の設定です。血が固まっているかどうかを自分で触れて、確かめることはできません。
「小人の死体現象が、人間と同じかどうかは分からないな。切れば血が出る、傷つければ死ぬだろうが、詳細な死亡推定時刻などは出せない。
僕らにそこまでの知識はないし、登場人物たちにもできないだろうな。中世風の民話世界だから」
「じゃあ、小人の検死はここまでか。
次はどうする? ガラスの棺を調べる?」
「そうだな」
ガラスの棺は食堂の隅、寝室の入り口を挟んで血を洗った桶の反対側に安置されていました。
上面を覆うはずだったガラスの蓋は外されて床に置かれ、白いクッションと、シーツだけが入っているのが見えます。
肝心の白雪姫の姿は認められません。
「ん? 底の部分、微妙にヒビが入ってる?」
ひざまづいて調べていたヴィルヘルムが、大きな声を上げました。
棺の足元にあたる部分、その地面と接する角の部分が、ほんの少しヒビが入っていました。厚くて頑丈なガラスなので、全体に影響するほどの破損ではありません。
「いつからヒビが入っていたのか……ずっと見ていたが、さすがに思い出せないな」
ヤーコプが、ふう、とため息をつきました。
「僕たちで調べられるのは、ここまでのようだ。
ヴィルヘルム、時間を動かしてくれ」
1エレは地域によって違うそうですが、この物語で使いやすいプロイセンのエレ(エル・ell)66.68センチで生きていきます。




