14 その光景はグリム兄弟にもよく見えました
グリム兄弟は、この世界から見て実体を持ちません。別に広場の真ん中にいても人々から見えませんし邪魔にもならないのですが、人や物が身体を突き抜けていくと、落ち着いて食事ができません。
ですので、グリム兄弟は人の来ない広場の端の方へ行き、例によって旅行鞄から魔法のテーブルと、椅子を2つ出しました。
ヤーコプが命じるとテーブルに料理が出現し、一同が野営の準備をするのをのんびり見物しながら食事を楽しみます。
両者の従者たちはそれぞれ広場に2〜3張ずつ天幕を張り、手際よく寝床をこしらえたり火を起こしたりしました。
馬にも草を食べさせ、泉から汲んだ水を飲ませて休ませています。
食後のお茶を飲みながら、ヴィルヘルムが王の天幕を指さしました。
「王様の天幕は、なかなか豪華だね」
ミルクを入れたカップにお茶を注ぎながら、ヤーコプもうなずきます。
「タペストリー『貴婦人と一角獣』の1つ、『我が唯一の望み』の幕屋に似ているな。あれよりも広いが。
幕屋には金の刺繍、天辺には王国の旗。中は敷物に椅子、組み立てられる机と寝台。
実際の中世的というよりは絵画的、童話的なデザインだ」
棺を持ち帰った小人のうち数人が戻ってきて、食料や追加の毛布などを配って回り、また山を下っていきました。
「今夜はもう動きはなさそうだね。
明日の朝まで時間を飛ばす?」
「いや、それぞれの陣営の考えを確認しておきたい。
天幕の中を覗いてからにしよう」
王の一行と王子の一行は、それぞれ固まって天幕を張っていますが、どちらも相手が見える場所に、見張りを立てています。
双方とも、相手が小人の家まで白雪姫を盗みに行かないか警戒しているようです。
兄弟は、まずは王子のいる天幕に、張り巡らせた幕屋を突き抜けて入っていきました。
「王様ほどじゃないけど、まずまず豪華だね」
「そうだな。
この装備なら、数日後過ごす分には問題なさそうだ」
王子は背もたれのない折りたたみ椅子に座り、他の従者たちと話していました。
「殿下、王の使者が王冠と王笏を持ってこられたら、いかがなさるおつもりですか」
王子より簡素な椅子に座っている、側近らしき同世代の青年貴族が尋ねます。
「先ほどはああ言ったが、実は僕もあの方が本物の王であろうとは思っている。
白雪姫と離れたくないから、時間稼ぎをしただけだ」
「殿下。我々は殿下をお護りするよう、父君である陛下からよくよく命じられております。
ですからあえて申し上げます。
おそらく、小人たちは王に白雪姫を譲るでしょう。
まさか、この手勢で王に戦いをしかけ、力ずくで姫を奪おうとはなさいますまいな?」
「正直、それは考えた」
「「考えたのか!」」
見物していた兄弟は、思わずユニゾンで突っ込みます。
「だが王は、自ら戦場に何度も向かうほどの強者。
それにこちらの手勢は5人、向こうは10人。戦いを挑んだところで勝ち目はない。
口惜しいが、今は姫を諦めるしかない」
「「今は?」」
「今は、と仰せですか?」
側近が、グリム兄弟の気持ちを代弁するかのように尋ねました。
「僕は帰国後、両陛下にこの国を攻め滅ぼすように進言する。
そうして……白雪姫の父を弑して……彼女を僕の手に取り返す」
「「!!」」
全員が目を見張り、息を呑みました。
「いきなり何を言い出すんだこいつ」
「この王子ならやりかねんな。
トロイ戦争だって、トロイアの王子パリスが、スパルタ王妃ヘレネーを連れ去ったことから始まっただろう。
美女の奪い合いは、充分戦争の原因になり得る」
王子と側近は、しばし真剣な顔で睨み合っていましたが、側近が先に目をそらしました。
「殿下、それは……いや、我々は陛下のご決断に従うのみでございます」
「側近! もっとちゃんと止めろ!」
思わずヴィルヘルムが側近に向かって叫びましたが、彼らには聞こえません。
「いや、皆の反応からして、全くの妄言でもなさそうだぞ。
ヴィルヘルム。僕は王の天幕を見に行くから、お前はここで話を聞いていてくれ」
と言って、ヤーコプは素早く幕屋を突き抜け、今度は王の立派な天幕に入り込みました。
中には王と主だった家来が座っています。
数日後には白雪姫を引き取る算段であるにも関わらず、皆深刻な顔をして、重苦しい雰囲気に包まれていました。
「……陛下」
いちばん年配の貴族が、重々しく口を開きます。
「言うな」
「否、何度でも奏上いたします。
今、姫様のご遺体を我が国にお連れすれば、必ずやあの王子は兵を率いて攻め込んでくるでしょう」
「良く分かっているじゃないか」
メモを取りながら、ヤーコプは呟きます。
「そのような事を、父君であるナハバーラント王が許すまい。
死体に対する色恋沙汰で、戦を起こすなど……」
そう言いながらも、王の表情はすぐれません。
「いえ、むしろ王子の進言を受け容れるのではないかと、私は危惧しております。
もとより我が国は、ナハバーラントより豊かな大国。ですが今は、7年に及ぶ戦争で軍は疲弊しております。
今、他の国から攻められるのは危うきこと。
他国にとって、開戦の理由なぞ何でも良いのです。
それらしききっかけを与えてしまうことは、何としても避けねばなりませぬ」
「余は、白雪姫の父であるぞ。
父に、娘の亡骸を弔うこともせずに、そのまま他所の男にくれてやれと言うのか……!」
王は顔を手でおおい、悲痛な声で絞り出すように呻きます。
別の家来が、控えめに口を開きました。
「いっそのこと、ナハバーラントへ向かった従者を追って殺し、ここで王子を亡き者にいたしますか?」
「いや、それは余も考えた。
だが、狩りに出た王子がわが国で消息を断つ……それこそ向こうに開戦の名目を与えるだけだ。
白雪姫を与えぬことよりも、よほど深刻な問題になる」
表情は手で見えませんが、王としての冷徹な判断がうかがえます。
「──今はこれ以上の考えも浮かばぬ。
差し当たって、王冠が届くまで互いの腹の探り合いとなるだろう。
明日に備えて、皆は休め」
話し合いが終わったのを見届けて、ヤーコプは天幕の外に出ました。
「ヴィルヘルム」
ヤーコプの呼びかけに応えて、王子の天幕から、ヴィルヘルムが出てきます。
「兄さん。
こっちは、あれ以降は大した情報は出なかったよ」
「王の方は、王子の出方を予想していた」
ヤーコプが先ほどのやり取りを、かいつまんで伝えました。
「明日の朝になるまで、物語に動きはないだろう。
僕たちも寝るとしようか」
兄弟は、適当な小世界から寝台や寝巻きを抽出して実体化させると、無造作に広場に置いて眠りにつくのでした。
次の日の朝になりました。
「小人が食料を持ってくるはずだが……」
一行はすでに身支度を整えて、山を下る道を見ていますが、小人たちが現れる様子はありません。
「まだ早い時間だ。
じきに現れるのではないか?」
「まさか我々のことを忘れて、仕事に出てしまったのではあるまいな」
難しい顔をしていた王が、王子に話しかけました。
「王子よ。
小人殿への挨拶も兼ねて、彼らの家を探しに行くのはどうかな?」
「そうですね。僕も、白雪姫のご尊顔を拝したい。
行き違いにならないよう留守番を置いて、行ってみましょう」
さいわい道に迷うこともなく、一行は小人の家を見つけることができました。
後ろから、グリム兄弟ものんびりとついてきています。
「何で小人が来ないんだろう?」
「もう物語も終盤なんだ、大した理由ではないだろう」
「小人殿!」
兄弟がゆっくり歩いて家に近づくと、どんどんと、王の騎士の1人が扉を叩いていました。
しかし返事はありません。
扉の持ち手をつかんで押したり引いたりしてみますが、開きません。
扉の横の窓も、鎧戸が閉まったままです。
それを見て、ヤーコプが眉をひそめました。
「どういうことだ?」
「え? うっかり仕事に出かけたんじゃないの?」
「あの扉は、内側からしか閂をかけられない。
扉が開かないなら、中に小人がいるはずだ。
なのに何故、鎧戸が閉まったままなんだ? 何故ノックされて返事をしない?」
ノックしていた騎士が、こわばった顔で振り返りました。
「陛下!
家の中から、血の匂いがいたします」
「「!?」」
王と王子は愕然とした顔のまま、素早く目配せを交わしました。
「構わぬ、扉を打ち破れ!」
騎士の数人が、扉に体当たりを始めます。
兄弟はその横を駆け抜け、壁を突き抜けて家の中に入りました。
鎧戸が閉まっているため、家の中は薄暗いままです。
ですが、食堂のテーブルの上のランプが灯っていたので、その光景はグリム兄弟にもよく見えました。
テーブルの周りには7人の小人の死体が転がり、
床は血溜まりになっていて、
片隅に置かれたガラスの棺の蓋は開けられて、
中に白雪姫の姿はありませんでした。
7は孤独な数字……じゃなくて試練の数字。
7の倍数の14話でも、トラブル発生です。
次話より1日1回、18時投稿になります。
よろしくお願いします。




