13 白雪姫を救うヒーローが2人いる
このあたりから、各話タイトルが原作崩壊っぽくなってきます
王は朗々とした声で続けます。
「余は隣国エンゲルラントと7年の間戦をしておったが、ついに終戦とあいなった。
今は城に戻る途中なのだが、偶然ここを通りかかったところ……」
「3ヶ国の位置関係どうなってんの!?」
ヴィルヘルムが思わず突っ込みます。
「王に関しては、エーレンブルク稿版と同じ展開だ。戦争から帰る途中で白雪姫を発見する。
このバージョンでは王がガラスの棺を発見し、侍医が白雪姫を目覚めさせる。王子は最後に『のちに白雪姫は外国の王子と結婚しました』の一文で語られるだけだ。
『グリム童話集』初版以降は、逆に王は登場せずに王子が現れる。王子の従者がガラスの棺を揺らしたショックなどで、林檎が喉から飛び出して目覚めるが……まさか両方同時に出てくるとは……」
「複数バージョンのキメラだ! バグだよ!
でも地理やら何やら矛盾が起きないように、辻褄が合うような設定になってるんだろうね」
ヴィルヘルムの言葉に、ヤーコプはうなずきます。
「民話は元々口承文学だから伝言ゲームが普通に起こるし、時代や地域によっていくらでも類話が生まれる。矛盾も発生する。
印刷物の普及によって文字媒体が主流になっても、多くのバリエーションが生み出されることには変わりない。
むしろ、完全に『グリム童話集』と同じ小世界の方が珍しい」
「だけど、白雪姫を救うヒーローが2人いるのはかなりのバグ……」
ヴィルヘルムが答えかけましたが、王の説明が佳境に入ったようなので、そちらに注目します。
「見れば、そこにいるのはわが娘ではないか。
王子。貴殿の思いのほどはとくと聞かせてもらった。
だが娘の亡骸は余が預かり、城にて葬ってやらねばならぬ。
森の小人よ、棺の番人よ、白雪姫を余に渡してはくれぬか」
紅潮していた王子の顔が青ざめました。
「陛下!
姫を貴方様に渡すことは、僕に死ねとおっしゃること。
どうか哀れと思って、白雪姫を僕にくださいませんか!」
しかし王は、冷ややかに王子を見下ろしました。
「これは異なことを申すものだ。
貴殿は貴顕の身といえども、わが娘の婚約者ではなく、ましてや夫でもありはしない。
そのような男子に、おのれの娘の遺体を差し出す父親がどこにいる」
「「それはそうだ」」
グリム兄弟も、その意見には納得です。
「初対面の男と家族じゃ、そりゃ家族が引き取るに決まっているよ」
しかし王子も引き下がりません。
「お待ちください!
貴方が姫の父君ならばその通りかも知れませんが、果たして貴方は本当に王なのでしょうか!?
血縁でもない貴族が、姫欲しさに嘘をついているのでは!?」
王子の死に物狂いの抗弁に、王も秀麗な眉をしかめます。
「何だと?
余の、この拵えを見よ、この供の者どもを見よ!
娘欲しさに余を愚弄するか!?」
王と王子の双方に家来や騎士がついているのですが、王族2人の殺気だった言い合いに口を挟むことができません。
「僕はこの国の王陛下のお顔を存じ上げません。
供の者の証言も、主人のために口裏を合わせるはずです。信用できません」
「余は、最初から白雪姫の名を言い当ててみせたではないか」
「棺に名前が書いてありますし、僕と小人さんの会話を聞いていれば分かることです」
「姫欲しさに猪口才なことを申すな!」
王と王子が、同時に小人を見ました。
「小人殿! 当然、余に棺を引き渡すに決まっておろうな!?」
「小人さん! 僕が先に見つけて、先に許可を得たのです!
僕に譲ってくださいますよね!?」
2人の必死の圧に当てられて、小人もたじたじです。
「い、いや待てよ、小人は俺の他にも6人いるんだ。
そいつらにも話を通して相談しねえと……」
「ならば、すまぬが呼び出してくれぬか」
「お願いします。
姫を力ずくで奪わないように、僕はこの方を見張っておきますから」
「それはこちらの台詞だ」
小人は逃げるように、家へとすっ飛んでいきました。
その後、山の上の広場に7人の小人が勢揃いして、あらためて王と王子から事情を説明されました。
小人たちの相談の結果。
白雪姫の身柄は、父親である王に引き渡すのが順当である。
ただし王子の言う通り、彼が王本人であるという確認がとれない。ついては従者を城にやり、王だけが持つ物──儀式に使う王冠や王笏を、証拠として小人の元まで持ってくること。
それができなければ、王子に白雪姫を譲ること。
とりあえず両者は納得し、王の家来の1人が城への伝令として、馬に乗って山を降りていきました。
あとは待つだけです。
そこで、王のお供の年配の貴族が、恐る恐る主人に話しかけました。
「陛下。ここから城へは馬で2日ほど。陛下の王冠と笏は4日後に届く手はずでございます。
ただ、今はエンゲルラントから協議のために、国王夫妻が城に向かっておられるところ。
どうかここは我らに任せ、御身は城にお戻りいただけますまいか」
ですが王は、厳しい顔で即座に言いました。
「ならぬ。今は、白雪姫の亡骸を城に連れ帰れるかどうかの瀬戸際。
無事に姫を受け取るまで、余はここから離れぬぞ」
王子も、自分の従者を振り返って言います。
「僕も、白雪姫を譲り受けるまではここから帰らない。
お前は小人殿に帰り道を聞き、僕の無事と、今しばらく帰れぬ事情を両陛下にお伝えするのだ」
言われた従者はかしこまり、これも馬に乗って隣国へと向かいました。
あとは待つだけ……という雰囲気になった時、小人の1人が何気なく王に尋ねました。
「まあ白雪姫は王様に渡すのが筋なんだが、城には彼女を殺した王妃がいるわけだろう?
そいつは何とかしてくれるのか?」
「何だと!?」「何ですって!?」
王と王子がものすごい形相になって、発言した小人を見ました。
「「王妃が白雪姫を殺した!?」」
「あ、ああ? 言ってなかったのか?
そうだよ。何故だか知らんが、母親の王妃が狩人に殺すよう命じて、その後も何度も殺しに来たのさ」
今までのくわしい経緯を聞いて、2人の怒るまいことか。
「奥め……実の娘を手にかけるとは……。
帰ったら、焼けた鉄の靴を履かせて死ぬまで踊らせてくれるわ」
「いいですね……。
ふふふ、樽の内側にびっしりと尖った釘を打ち込んでその中に入れ、馬で町中引き回すのもお勧めですよ」
「くくく、悪くない。
それとも穴の中に毒蛇を大量に入れて、突き落としてやるのはいかがかな?」
「初めて話が合いましたね」
怒りのあまり、暗い笑いを浮かべながら意気投合する2人。
7人の小人たちが、引きつった顔で一歩後ろに下がりました。
「い、いちおう、王妃に仕置きをくれてやる前に、間違いないか証拠固めをしておいてくれ……。
万一冤罪だったら、寝覚めが悪いどころの騒ぎじゃない」
「くくく、勿論だとも。
奥が魔女ならば、隠し部屋にでも魔女の道具があるだろう。証拠を見つけるのはたやすいことよ。
……さて、じきに日が暮れる。
我らはここで夜を明かすつもりだが、白雪姫はずっとここに置いておくのか、小人殿?」
小人たちは顔を見合わせました。
「普段ならそうだ。常に見張りを立てて、この場に置いている」
「だけども今はあんたがたの仲が険悪なんでな。
白雪姫の奪い合いで、殺し合いでもされちゃかなわん」
「だから当分、棺は家に入れておこうと思う。
この場所は一種の聖域で、危険な獣はやってこねえ。近くに泉もある。
夜を明かすならここがいい」
「あいにくあんたがたを泊められるほど、俺らの家は大きくねえんだ。
代わりに食料なんかは出してやれるから、それで数日間我慢してくれ。
とりあえず今晩と、明日の朝に持ってきてやる」
王がうなずきました。
「心得た。
王子が姫を盗みに行かぬよう、ここで見張っておけば良いのだな」
王子も負けじと言い返します。
「その言葉、そっくりそのままお返しいたします」
そういうことで、両者の従者たちはそれぞれ野営の準備を始めました。
小人たちは皆でガラスの棺を持ち上げ、家へと山道を下っていきます。
ヴィルヘルムは、暗くなってきた広場で、立ち働く従者たちを眺めていました。
「おかしなことになっちゃったな。
これ、収拾がつくのかな。なんだか不安だよ」
ヤーコプはいつものように、帳面に今までの出来事を素早く書きつけています。
「そうか?
揉めたところで、最後はどちらかが白雪姫を引き取って、生き返らせる。
最後は王子と結婚して大団円。どちらの手に棺が渡っても、ラストは同じことだ。
それはそうと、今のうちに僕たちも腹ごしらえしておこう」
・白雪姫の目覚め方
なんとびっくり、グリム童話集では王子のキスで目覚めません。
初版では、王子は白雪姫を大事にするあまり、外出時には召使いにガラスの棺を運ばせて、一緒に連れて行きます。
こいつ正気か?
いつも重い棺を運ばされるのに召使いが怒って、棺から白雪姫を出して背中を殴ります。すると林檎が喉から飛び出て復活。
二版以降は、小人から白雪姫を貰って召使いたちが棺を運びます。その途中、低い灌木に足を取られてよろめき、その拍子に林檎が以下略。
王子のキスはどこ? ディズニー版?




