第98話 王の答え
三家の面会が認められた。
王都へ入ったレオノーラとクラウス、テオバルトは城の一室へ通された。窓の近くにはヴァルテルが座り、机の脇で家臣が控えている。
挨拶を終えると王は三人を見た。
「揃って来るとは珍しいな。何を話す」
クラウスが口を開いた。
「竜の民の扱いについて、国の決まりを改めていただきたいのです」
ヴァルテルの指が机の上で止まった。
「領内のことは、おまえたちに任せているはずだ」
「領内だけでは改められないことがあります」
クラウスは答えた。
「竜の民もこの国に暮らす人々です。話を聞かずに命を奪うことや、村ごと罰することを認めないでいただきたい」
王は背もたれへ身体を預けた。
「王領で起きたことを言っているのか」
「はい」
「弟には行動を慎むよう伝えてある」
テオバルトが続けた。
「王弟殿下だけの問題ではありません。竜の民なら、何をしてもよいと考える者がいます。身分にかかわらず、その行いを許さないと定めていただきたいのです」
「働き手をむやみに失うのは好ましくない。それは役所にも伝えられる」
レオノーラは王を見た。
「働けるかどうかで命の重さが変わるのでしょうか」
部屋が静かになった。
ヴァルテルの目が細くなる。
「何が言いたい」
「病人も老人も子供もいます。働ける者を残すという命令では、その人たちを守れません」
「村が養えばよい」
「養うことではなく、命を奪ってよい相手ではないと認めていただきたいのです」
レオノーラが答えると、王は椅子から身体を起こした。
「竜の民を、我々と同じように扱えと言うのか」
「同じように命を守るべきだと申し上げています」
王はしばらく彼女を見ていた。それから残る二人へ目を移す。
「おまえたちも同じ考えか」
クラウスが答えた。
「はい」
テオバルトも目をそらさなかった。
「そのために三家で参りました」
*
ヴァルテルは席を立った。
窓の外には城壁に沿って並ぶ建物が見える。その向こうには王都の門があり、竜の民は近づくことさえ許されない。
「昔、争いを鎮めたのは天馬の民だ」
王は窓へ目を向けたまま言った。
「我々の祖先が秩序を作り、竜の民を従わせた。それによってこの国は保たれてきた。今になって、その区別をなくす必要がどこにある」
クラウスは王の背を見た。
「今の扱いが、竜の民を苦しめています」
「従う者が不満を持つたびに決まりを変えるのか?」
ヴァルテルが振り向いた。
「村を治めるのは誰だ。土地を守るのは誰だ。王家と領主がその役目を担っている。竜の民は与えられた仕事を果たせばよい」
テオバルトは机の端へ目を落とした。
人々の話を聞くために領主が置かれたという、ポルフィラの言葉を思い出す。目の前の王は、治める立場にある者は、民の話を聞く必要がないと思っている。
「領主が守る土地には、竜の民も暮らしています」
テオバルトは顔を上げた。
「その人々の命を守ることも、我々の役目ではないでしょうか」
王は答えず彼を見た。
レオノーラが続けた。
「働かせるために生かしておくのと、その人の命を守るのとでは違います。私たちが求めているのは後者です」
ヴァルテルはゆっくり机へ戻った。
「これまでの決まりを、おまえたち自身も守ってきたではないか」
三人は黙った。
クラウスが先に答えた。
「守ってきました。その中で変えられることを変えてきましたが、考えが変わりました」
「何が変わった」
「今のままでよいとは考えなくなりました」
王はクラウスを見据えた。その返答を、いつもの領内の相談として受け取ることはできなかった。
「三家で示し合わせたのだな」
「三家で話し合い、申し出ると決めました」
クラウスが答えた。レオノーラもテオバルトも、その言葉を取り消さなかった。
ヴァルテルは机へ手を置いた。
「弟には改めて注意する。役所にも、不要な損失を出すなと伝えよう。だが、竜の民を我々と同じ国の民として扱う決まりは作らん」
レオノーラが口を開きかけた。
王は先に言った。
「これが私の答えだ。領内で面倒を見るのは構わん。国の決まりを変える話は、ここまでにしろ」
控えていた家臣が戸口へ動いた。
三人は礼をして部屋を出た。
*
城を出るまで誰も話さなかった。
外へ出てからクラウスが足を止めた。
「不要な損失、か」
テオバルトは城を振り返った。
「王は我々の申し出を、単なる労働力の話として聞いていたのだな」
「そうすれば、今の決まりを変えずに済むもの」
レオノーラが答えた。
ヴァルテルは祖先が国を守ったという歴史を疑っていない。天馬の民が上に立つことを当然としている。このままでは竜の民を人として扱ってほしいという願いは届かない。
クラウスは二人を見た。
「王に求めたことと、返された答えは違う。弟への注意で済んだと思われるわけにはいかん」
テオバルトは短くうなずいた。
「だが、同じ言葉でもう一度申し出ても答えは変わらんだろう」
「ええ。次を考えなければならないわ」
レオノーラは城の門から目を離した。
「まず、今日のことをポルフィラへ伝えましょう。何を言って、何を拒まれたのかまで」
三人は馬車へ向かった。
領内での負担や仕事を調整する許しは得られても、竜の民を人として扱うことは拒まれた。
この先の困難な道のりを、三人ははっきり知った。
*
三家が去ったあと、ヴァルテルは家臣を呼び戻した。
「先ほどの申し出は、三家の名で残しておけ」
家臣が頭を下げた。
「承知いたしました」
王は空いた椅子を見た。
領地の事情を訴えて来ることは珍しくない。だが今日は三人が同じ要求を掲げ、拒まれても一人だけ意見を変えることはなかった。
あの三家が、何を考え始めているのか。
ヴァルテルは机に置かれた他の報告へ手を伸ばしたが、すぐには読み始めなかった。




