第97話 父に伝えたこと
家へ戻ると鍛冶場から槌の音が聞こえた。
ポルフィラは戸口で父の仕事が終わるのを待った。ドランは鉄を置き、娘へ顔を向ける。
「帰ったか。話はできたか」
「うん。父さんに伝えたいこともあるの」
その声にドランは道具を置いた。
家の中ではミレアが食事の支度をしていた。ポルフィラは二人が座ってから今日の会談を話した。領主たちが国の始まりを知って考え直していたこと。王家への申し出を三家で検討すること。
それから父を見た。
「私を父さんたちに預けた理由も聞いたよ。父さんはエルディオの弟の子孫なんだって」
ドランの手が止まった。
「俺が?」
「オランデル家に伝わる家系を世帯の記録でたどって分かったそうなの。それで父さんの家を候補にして、赤ん坊を預けられる暮らしか確かめたんだって」
ドランはミレアへ顔を向けた。母も驚いたまま父を見ていた。
「爺さんからも、そんな話は聞いたことがなかったぞ」
父は自分の膝へ目を落とした。
「この村で生まれたとは聞いていたが、うちにつながっていたのか」
ポルフィラはうなずいた。
ドランはしばらく黙っていた。やがて顔を上げる。
「記録には残っていても、うちでは忘れられたんだな…」
ミレアが尋ねた。
「暮らしを確かめたとき、村の担当者は何のためか知っていたの?」
「知らなかったって。仕事や家の様子を普通に尋ねたそうだよ」
母は小さくうなずいた。
「あの夜まで私たちも何も知らなかったものね」
ドランは息を吐いた。
「ようやく、どうしてうちへ来たのか分かったな」
ポルフィラは父の顔を見た。
「父さんは、もっと知りたい?」
「ああ。弟がどんな人だったかも知りたいな。俺には名前すら分からん」
ポルフィラにも分からなかった。オブシディオンは老いた弟が兄を諫めたと話していたが、その名は聞いていない。
「聞けたら伝えるね」
「ああ」
ドランは食卓へ目を向けた。ミレアが置いた器から湯気が上がっている。
「先に食べよう。母さんが用意してくれたんだから」
父は食べながら、領主たちが何を話したのかをもう少し尋ねた。
「おまえが言ったことを、三人とも自分のこととして考えたんだな」
「うん。すぐに同じ考えにはならなかったけど」
ミレアが娘を見た。
「あなたは、これからどうするつもり?」
「三家が王家へ何を求めるのか聞く。それが村の暮らしを変えることにつながるのか、私も考えたい」
ドランはうなずいた。
「分かった。村に関わる話になったら、俺たちにも知らせてくれ」
「そうする」
食事を終えたあと、ポルフィラは父の空いた器を重ねた。
「母さん。今日は私が洗うよ」
「ありがとう」
母は残った食事に布をかけた。明日の朝も父は鍛冶場へ行き、母は家の仕事をする。そのいつもの日々を守りながら先へ進みたかった。
*
森の館ではポルフィラたちが帰ったあとも三人の領主が残っていた。
クラウスは窓から目を戻した。
「まず、何を王へ求めるかを決めたい」
レオノーラが答えた。
「竜の民もこの国に暮らす人々として扱うこと。そこを曖昧にしたままでは、いくら個々の扱いを改めても元へ戻されてしまう」
「王は、それを当然の申し出とは受け取らんだろう」
テオバルトが言った。レオノーラはうなずく。
「承知しているわ。でも、私たちまで王が受け入れそうなことしか言わなければ、今の決まりは変わらない」
クラウスは机へ手を置いた。
「王領で村が壊された。人を助けようとした者まで命を奪われた。まずは、そうしたことを二度とさせないと王に約束してもらいたい」
テオバルトの目が細くなった。
「セヴェランの行動を問うことにもなるぞ」
「そうなる」
クラウスは目をそらさなかった。
これまでは自分の領地へ同じことをさせないために動いてきた。今度は、王領であっても許されないと申し出ることになる。
テオバルトは背もたれへ身体を預けた。
「領内での調整とは違う。王家の行いに、我々から異議を唱えるのだな」
「ええ」
レオノーラが答えた。
「どこで暮らしていても、竜の民だから命を軽く扱ってよいとは言えない。国の決まりとして改めるよう求めましょう」
テオバルトはすぐにはうなずかなかった。机の向こうの二人を見てから静かに言った。
「その申し出には私も名を連ねる。ただし、村や保護している家族の名は出さない。我々が判断して申し出る話だ」
クラウスがうなずいた。
「ポルフィラが言わせたことにはしない」
レオノーラも同意した。
「竜のことも、この申し出には持ち出さないわ。領主として、人々の扱いを問う」
三人の間で、王へ伝えることが初めて定まった。
王家に従いながら領内だけで工夫する道から、一歩外へ出る。
クラウスは席を立った。
「三家の名で、王との面会を求めよう」
国の長が、竜の民の命についてどう答えるのかを、三人は自分たちで聞こうとしていた。




