第95話 誰のための国
食事を終えたあとも、ポルフィラはオブシディオンの話を考えていた。
争う人々の間に入り、双方の話を聞くために、国の長が置かれた。けれど今の国は、片方の民に口を閉ざさせている。
〈オブシディオン〉
〈聞いている〉
〈私も、みんなが安心して暮らせる国にするために何かしたい〉
言葉にしてから、ポルフィラは続けた。
〈村の人たちが、竜の民だからというだけで見下されずに暮らせるようになってほしい〉
〈どうしたい?〉
〈どちらの民に生まれたかで、人として扱われるかどうかが決まったりしないこと。理不尽に村を滅ぼされたりしないこと〉
家族を守るために、理不尽な扱いに怯え、従うことで生き延びてきた。
どちらの民にもそんなことがあっていいはずがない。
国の始まりを聞いて、その願いを国に求めてもよいのだと思えた。
どちらの民も、この国を作った人々だったのだから。
〈次にレオノーラに会ったら、話す。私も、変えるために動きたいと〉
〈何を話すつもりだ〉
〈村の暮らしを変えるために、どこまで力を貸してもらえるのか聞きたい。私の考えも伝えて、一緒にできることを考えたい〉
〈そうか〉
返事を聞き、ポルフィラは窓を閉めた。
まだ進む道は決まっていない。けれど、聞いたことを胸にしまい、元の暮らしへ戻るつもりもなかった。
*
次の面会の日、ポルフィラは出かける前に、両親へ何を話すつもりか伝えた。
ドランは鍛冶場の手を止めた。
「話がどうなったか、帰ったら聞かせてくれ」
「うん。行ってくる」
ミレアも戸口へ来た。
「気をつけてね」
ポルフィラはうなずき、家を出た。
森の館では案内された部屋に、レオノーラとリゼリアが待っていた。
挨拶が済むと、ポルフィラは椅子に座った。
「今日は、私から話したいことがあります」
レオノーラはポルフィラを見つめた。
「聞かせて」
ポルフィラは、オブシディオンから聞いた国の始まりを伝えた。昔、争いを仲裁していた一族が分かれ、八つの領地と国が生まれたこと。
竜の寿命や魂の石については、話さなかった。
レオノーラは、エルディオが自分の力を理由にまとめ役を断った話を、黙って聞いていた。
「………国ができた経緯までは、知らなかったわ。エルディオは、そこから関わっていたのね」
「その役割を、今の国にも果たしてほしいです。竜の民の話も聞いて、人として扱ってほしい」
リゼリアが顔を上げた。レオノーラはポルフィラを見たまま尋ねる。
「そのために、何を始めたいと思っているの?」
「三家の方々と話したいです。私たちの暮らしを変えたいと思っているのか。それとも、セレフィアの一族を守るところまでなのか」
ポルフィラは、レオノーラから目をそらさなかった。
「守っていただいていることには、感謝しています。でも、私や親族だけが安全になっても、村のみんなの暮らしは続きます。これから何を目指すのかは、別に話さなければならないと思うんです」
ポルフィラは膝の上で手を重ねた。
「みんなは家族がいるから黙っているんです。私が何かを始めたせいで、他に罰が向くようなことにはしたくありません。私と同じ危険を引き受けさせたくはないんです」
レオノーラは、すぐには答えなかった。
やがて、少し深く椅子へ座り直した。
「三家は、同じ考えであなたの一族を守っているわけではないの」
「はい」
「血筋を絶やさずに残すこと。王家から匿うこと。協力しあってきたけれど、今の国の仕組みを変えることに賛成するとは限らない」
「では、三家それぞれのお考えを聞かせてほしいです。村の暮らしを変えるために何ができるのか、私も一緒に話したいです。なにかを始める前に、村にどんな危険が及ぶのかも考えたいので」
レオノーラはうなずいた。
「クラウスとテオバルトにも、あなたから直接話したいという希望を伝えるわ。三人であなたの話を聞ける場を設けましょう」
ポルフィラはうなずいた。
暮らすために働き、家族や友達と笑い合う。
そうした日々を守りながら、理不尽な扱いを変えたい。そのためにどこまで力を貸してもらえるのか、今度は暮らしを決める側の人々に尋ねたかった。
リゼリアが口を開いた。
「私も、その話に加わりたいです」
レオノーラが彼女を見た。
「私も一族の一人ですから。守ってもらっているけれど、自分の人生まで決めてもらいたくありません」
ポルフィラはリゼリアへ顔を向けた。彼女は自分とは立場が違う。それでも、自分のこれからに関わる話を聞き、自分で決めたい気持ちは同じだった。
レオノーラは二人にうなずいた。
「分かったわ。ただ、三人が揃っても、あなたたちの望む答えが出るとは約束できない」
「違う考えなら、それも聞きます」
ポルフィラは答えた。
「そのうえで、私はどうするか考えたいです」
面会を終えて館を出ると、ポルフィラは髪を覆う布を結び直した。来る前には、自分の望みをどこまで話せるだろうと思っていた。今は、三家がそれぞれ何を考えているのかを聞きたかった。
その答えによって、自分が進もうとする道も変わるだろう。助けを求める相手と、目指す暮らしが同じかどうかを、まず確かめなければならなかった。
*
王都の外の洗濯場では、エナが濡れた布を絞っていた。
水を切り、籠へ置き、次の一枚を取る。作業の順番を尋ねることは、もうほとんどなくなった。そばの年配の女が腰をさすると、黙って重い籠を自分の方へ寄せる。
仕事が終われば飯を食べ、疲れた身体を横たえる。朝になれば、また同じ場所へ来る。
そんな日々に慣れていく自分がいた。
布の袖口へ指を入れたとき、娘の服を直していた頃を思い出した。エナは一度だけ手を止め、それから布を広げた。
忘れたわけではない。
セヴェランの名も、奪われた家族も。
干す場所が空いたと呼ばれ、エナは籠を持ち上げた。あの男に思い知らせたい気持ちを抱えたまま、今日の仕事を続けた。




