第81話 岩山への飛行
シルヴァの背へ上がるための足場に立つと、ポルフィラはその高さに目眩がした。
リゼリアが前から手を差し出す。
「急がなくていいよ」
ポルフィラはその手を取った。座る所と体を支える帯を確かめ、飛ぶ間はどこを持つか教わる。ドランが下から見上げていた。ミレアは手を胸の前で重ね心配そうに娘を見ていた。
「帰ってくるよ」
ポルフィラが言うと、母はうなずいた。
「いってらっしゃい」
その短い声が、いつも家を出るときと同じだった。ポルフィラはそれを聞いて、ようやく肩の力を少し抜いた。
レオノーラの後ろにはマティアスが乗っている。ヴェスペラが先に翼を広げると、シルヴァもリゼリアの意図を受けて動き始める。
翼が風を打った。
ポルフィラは息を呑み、教わった所を握りしめた。あっという間に館の屋根が下に見え、父と母が小さくなる。足の下に地面がないなんて信じられなかった。
リゼリアが振り向きかけ、声を張った。
「苦しかったら、言って!」
ポルフィラはうなずいた。しばらくして固く閉じていた目を開ける。
森の向こうに畑があった。細い道の先に家々が集まり、そのまた向こうに別の村の煙が上がっている。地上では一日で行けない所も、あっという間に越えて行く。
怖さは消えない。けれど見ないまま飛んでいたくもなかった。
*
山の麓では、地上を進んだ家臣たちが待っていた。そこから先は馬でも通れず、帰りを待つ日を確かめる。ポルフィラは足を地面へ下ろしてから、しばらく動けなかった。
マティアスが近づいた。
「気分は?」
「大丈夫です。ただ、まだ身体が浮いてるみたいで…」
彼が少し笑った。
「私も同じだ。フラフラする」
それを聞き、ポルフィラも少し笑った。父に少し親しみが湧いたが、その人をまだ父とは呼べなかった。
その夜は麓の宿営地で休んだ。明日は地上から見えない山へ向かう。ポルフィラは敷物に横たわり、袋の石へ触れた。熱くも冷たくもない。いつもと同じだった。
眠りに落ちたあと、紫の瞳が現れた。
これまで、何を尋ねても声は返ってこなかったのに、今度は言葉が短く届いた。
〈石を、火口に投げ入れろ〉
あの目がじっと自分を見ている。
ハッとして目が覚めた。
遠くで、家臣が見張りを交代する声がした。
ポルフィラは身体を起こした。石を失うことになる…?ただ茫然と夢の言葉を思い出していた。




