第80話 山へ
山が実在すると知ってから、ポルフィラは答えをくれない
夢のことを話してしまおうと決意した。
隠していては先に進めない。
両親が同席する部屋で、石を持つようになってから、山だけでなく、大きな生き物の存在、自分を見つめる瞳が夢に現れることをマティアスへ話した。ただ、それが石の影響だとはは言い切れなかった。
マティアスはエステリアと目を合わせ、声を落とした。
「私たちの一族には、エルディオが竜とともにいたと伝わっている」
ポルフィラの身体が強張った。そんな生き物は自分を含め村の者にとっても天馬より現実味のない話だった。なのに竜を、いたものとして話している。
「夢で見るのは、竜なんですか?」
「おまえの見る瞳が竜なのかは、私にも確かめられない」
石を渡す子が分かるという言葉と、竜がいたという言い伝え。どちらも残っている。けれど、詳しい話は失われてしまった。
ポルフィラは両親へ顔を向けた。
「山を見に行きたい……」
ドランは娘を見た。
「火の出る山だぞ。あの方は、飛んで帰ってこられる。だがおまえは違うし、俺たちもついて行ってやれない」
ポルフィラは少し躊躇いながら両親に頼んだ。
「だけど、私は確かめたいの」
ミレアが、娘の前に置いた石へ目を向ける。
「見れば、何か分かると思うの?」
「分からない。でも、夢に出てくる山に似ているなら見たい。このまま考えているだけじゃ、何も変わらないから」
ドランはすぐには答えなかった。父が黙っている間、ポルフィラも急かさずに待った。
その後、地上から家臣を行けるところまで行かせて待機させること、レオノーラが見つけた道のり、火口から離れた所へ降りられることを、両親も直接聞いた。山行きにはリゼリアと、レオノーラが同行する。マティアスは自分も行きたい申し出た。
クラウスは家臣たちを地上から麓へ向かわせる手配を申し出た。
出発を認めた夜、ドランは娘の旅の上着を手に取った。
「危ないと思ったら、途中でも帰ってこい。天馬に乗って飛んだこともないのに、恐怖を押し込めて我慢などしないでくれ」
「うん」
ポルフィラは答え、父へ顔を上げた。
「無理はしないって約束する」
父はうなずいたが、笑わなかった。自分で送り出すと決めても、娘を見送る恐怖は消えなかった。
*
リゼリアはシルヴァへ旅の話をした。顔を寄せてきた天馬の首に両手を添える。
〈ポルフィラを、山へ連れていきたいの〉
春から何度か顔を合わせ、ポルフィラは今ではその首へ触れられるようになっていた。それでも空を飛んだことはない。
〈ヴェスペラが見てきた道を行く。危なくなったら戻るつもり〉
シルヴァの目が、彼女を見た。
〈おまえが望んでも、吹く風によっては近寄れない〉
〈分かってる。無理に先へ行ってとは言わない〉
*
旅立つ朝、ポルフィラは五人へ、しばらく家を留守にすると伝えた。
詳しい行き先は言えないと聞くと、ガルは口を曲げた。
「俺たちには、分からないことばかりになったな」
ポルフィラは目を伏せた。トーマが肩へ触れるとガルは黙り込んだ。
「でも、帰ってくるんだろ」
「帰ってくる」
セラがポルフィラを見つめた。
「帰ってから、話せることは聞かせてね」
シオンは道中で被る布を包みに足してくれた。リナがその端を押し込み、ポルフィラの手に渡す。
「なくさないでよ。私が縫ったんだから」
ポルフィラは包みを抱いた。この先の道を一緒に歩けない旅へも、皆の心はともにいてくれた。




