第79話 岩壁の向こう
二度目の遠乗りは、風の静かな朝を選んだ。
レオノーラは前に引き返した稜線まで進み、ヴェスペラと、さらに奥へ飛んだ。帰りの道を見失わないよう、長い尾根の形を覚えていく。古い話に出てくる岩壁へ着いても、その向こうがすぐ目的の山とは限らなかった。
ヴェスペラがさらに上昇すると、岩の縁が眼下に見えた。
その先には、草の少ない山があった。
山頂から細い煙が同じ所から途切れずに上がり、流れていた。近づくにつれ、焦げたような匂いがする。レオノーラは外套の襟を押さえた。
〈風下には行かないで〉
ヴェスペラは風上から山を回った。頂に開いた穴の底が、赤く光っている。岩の奥で、火が動いていた。
幼いころ、どうして山が燃えるのかと尋ねた景色が、目の前にあった。
レオノーラは息を呑み、それから、木片の絵を思い出した。煙と山頂の穴だけなら、娘が想像したものかもしれない。だが、穴の脇から張り出した岩が、絵の特徴を示している。
すぐに同じ山だと伝えたくなった。彼女は慎重に見えた形を覚えた。
火口から離れた斜面に、広い岩棚があった。ヴェスペラは、上から地面の様子を確かめ、熱気が届かない所へ降りた。歩いて入れる道は見えない。周囲を囲む岩壁の向こうに、飛んできた空だけが続いている。
レオノーラは山を見上げた。
〈あの子には、見たことを伝えましょう〉
〈連れてくるのか〉
〈まだそこまでは。ここを見たいと言っても、判断を誤るわけにはいかない。よく相談しないと…〉
ヴェスペラが顔を向けた。帰りにも山をいくつも越える。飛べる者にとってさえ、気軽な遠出ではなかった。
*
その秋、ポルフィラは森の館でレオノーラと初めて顔を合わせた。
淡い金髪を高くまとめた、美しい女性だった。整った眉と涼しげな目元には、笑っているときにも相手をよく見ている鋭さがある。ポルフィラは名を聞いて丁寧にお辞儀をした。
レオノーラは挨拶を受け、マティアスと育て親がそばにいるのを確かめてから、山で見た景色を話した。
「頂に穴があったわ。その脇に片方だけ長く張り出した岩がある。煙は穴の奥から上がっていた」
ポルフィラの手が、膝の上で止まった。
「岩は穴の方へ曲がっていましたか?」
「ええ。上から見たら、縁を覆うように」
ポルフィラは父を見た。絵には残しきれなかった形だった。夢の中では、いつも赤い光のすぐそばに見える。
「それだと、思います」
リゼリアが隣で、ポルフィラの顔を見た。
「本当に、あるんだね」
ポルフィラはうなずいた。喜びより先に、胸がざわめいた。眠っている間だけ見てきた場所へ、レオノーラは行って、戻ってきた。その山はどこかで今も煙を上げている。
ドランがレオノーラへ尋ねた。
「娘が、そこへ行かねばならんということではありませんね」
「ええ。私が確かめたのは、似た場所があることだけです」
父の肩が少し下がった。ポルフィラには、同じように息を吐くことができなかった。
なぜ、見たことのない場所を、夢に見るのだろう。
帰り道も、その問いが頭から離れなかった。




