第78話 空から確かめるもの
レオノーラ・オランデルは、夢の山を描いた木片を窓の光へ向けた。
炭の線で山と煙が描かれている。赤く光る所は、口頭で伝えられた説明をマティアスが書き添えていた。地図ではない。娘が覚えていた景色を、忘れないように絵にしたものだ。
昔の遠乗りの道筋は幼いころから聞いていた。城から山地へ向かい、地上の街道が大きく回り込む所を翼で越える。だが、その先にある岩壁は、ひとつではなかった。話を受け継いだ者が途中の山を同じ名で呼んでいるかも分からない。
レオノーラは木片を下ろした。これを見たというだけで、夢と土産話を同じものにしてはいけない。
庭でヴェスペラの首へ手を添え、思い出せる道筋を伝えた。
〈一度、確かめに行きたいの。戻れる距離から少しずつ〉
〈風が悪ければ戻る〉
〈ええ。見つけるまで飛び続けることはしないわ〉
濃灰の翼が、彼女の頭上で開いた。家臣は馬で麓の街道を進み、決めた所で帰りを待つ。古い話に出た道筋の全部を、一度にたどることはできなかった。
その日の空からは、いくつもの山肌が見えた。緑の斜面の向こうに岩が続き、雲の影が煙のように動く。近づけば、ただ霧が流れているだけの山もあった。
午後、ヴェスペラが首を傾けた。
〈風が変わった〉
レオノーラは遠い稜線を見た。まだ越えていない所がある。けれど飛んできた道の雲が厚くなり始めていた。
〈戻りましょう〉
翼が傾き山肌が離れていく。夢の絵に似た場所を、今日は見つけられなかった。
*
王都ではヴァルテル・ルベリオンが、王弟の持ち込んだ報告を脇へ置いていた。
「三家が、また割当てを変えたそうだな」
セヴェランは椅子へ身を預けた。
「こちらの倉でも働かせたという理由で、村へ納めさせる分を減らしています。それを許せば、どの村も同じことを言い始める」
「理由があるなら先に聞く」
王は弟の意見に耳を貸さなかった。生産に必要な者まで潰し、納付が減れば困るのは自分たちだった。
セヴェランが口元を曲げる。
「兄上まで、あの連中の説明を待つのですか」
ヴァルテルは弟を見た。
「待たずに兵を動かせば、オランデルとインディルの天馬も相手にすることになる。おまえが行って倉も道も壊してくるのか」
セヴェランは口を閉じたが、不満は消えていなかった。
王は報告へ手を置いた。
「領内のやり方を確かめさせる」
三家を煩わしいと思う気持ちは、弟と同じだった。だが弟は争いを起こしたあとも、同じように品が届くと考えている。ヴァルテルは、もう一度釘を刺してから退出させた。
*
次に届いた王家の照会を、クラウス・ヴェルディアは読んでから家臣へ回した。
「職人をどこで使い、その間の納付をどう扱ったかだ。帳面を用意しろ」
家臣が森の館へ目を向けるように顔を動かした。
「親族の方々との面会も、しばらく控えますか」
「用務の記録と、私事を混ぜるな。村の家族を呼ぶ日は、外から来る者の動きも確かめて決める」
クラウスは机から離れた。昔の血筋を王家が捜しているのではない。それでも別の用件で人が入り込めば、隠している家族に近づくことがあるかもしれない。
窓の向こうには緑の旗が風を受けていた。天馬の紋はある。だが、その旗の下を飛んで領内を守る天馬は、今この家にはいなかった。




