第71話 叔母に見せた石
母の話をしている間、エステリアは何度か笑った。そのたびにポルフィラは顔を上げた。よく似た声で母も笑っていたのかもしれない。
けれど父のことを尋ねようとすると、言葉が出なかった。膝に置いた手を握り直していると、エステリアが話を止めた。
「ほかに聞きたいことがある?」
ポルフィラは隣のドランを見た。父はうなずき、娘が話し始めるのを待った。
「マティアスさんは……私のことを、どう思っているんですか」
エステリアは姿勢を正した。
「とても会いたがっているわ。でもあなたがまだ決めていないと伝えたら、今日は来ないと言いました」
「母が亡くなったから、私を手離したんですか?」
言葉にすると胸が苦しくなった。エステリアは首を振った。
「妹が亡くなったから手離したのではないわ。あなたを隠さなければならないと考えたからです。マティアスも、離れて暮らすことを望んだわけではありません」
父は生きていた。どうして会いに来なかったのだろう。
エステリアが静かに続けた。
「あなたに、なぜ来なかったのかと聞かれたら、自分で答えたいと言っていました」
ドランが娘へ尋ねた。
「本人から聞いてみたいか」
ポルフィラは少し迷い、うなずいた。
「会って聞いてみたい」
ミレアが娘の手に触れた。
「そうね。一緒に聞こう」
エステリアは二人へ視線を移し、それからポルフィラを見た。
「伝えます。会えるように、こちらでも相談するわ」
ポルフィラはそれまで握りしめていた手を少し緩めた。
窓の光が頬へ差していることに気づき、少し顔を動かした。エステリアの目が、娘の瞳に止まる。
「その目……光が当たると、紫に見えるのね」
ポルフィラはうなずいた。
「村でも、そう言われます」
エステリアは口を開きかけ、ドランとミレアを見た。
「一緒にお渡しした石は……?」
「あります。今は娘が持っています」
エステリアがポルフィラへ目を戻した。
「あなたが?」
娘は服の上から、小さな袋のある場所を押さえた。石を持ってから繰り返し見る夢のことを、叔母は知らない。
「見せてもいい?」
ポルフィラが両親へ尋ねると、ミレアがうなずいた。
「この方が、あなたと一緒に持ってきてくれたものだからね」
ポルフィラは袋を取り出した。口を開け包んでいた布をほどくと、黒い石の奥に紫の色が見えた。
エステリアは娘の掌を見つめた。
「大切にしてくださったのですね」
ドランが答えた。
「娘のものだと聞いたので」
「私たちにも、何の石なのかは分からないのです」
ポルフィラは叔母を見た。自分がまだ知らないことを教えてくれるかもしれないと思っていた。
「大事なものだって、父さんたちから聞きました。何に使うのかも、分からないんですか?」
「ええ。石を渡す子が生まれれば分かるという言葉は残っていたけれど、どう分かるのかまでは伝わっていなかったの」
エステリアは石から娘の顔へ目を移した。
「あなたの瞳が、この石に似た色だった。それで、あなたに持たせようと決めたのです」
ポルフィラは掌へ目を落とした。夢に現れる生き物と、この石が関係しているかも分からない。
ドランが尋ねた。
「この石が何なのか、ご存じだったわけではないのですね?」
「分からないことは、お話しすることができません……」
ポルフィラは石を布で包み直した。叔母にも知らないことがある。そのことにはがっかりしたが、疑問に思うことを聞いてもいい人だった。
「では、山のことを聞いてもいいですか?」
エステリアが顔を上げた。ドランも、娘を見る。
「火を吹く山をご存知ですか?頂上のところから、赤いものが噴き出すような……」
話しながら、夢の景色が浮かんだ。暗い岩の上を赤い光が照らし、空へ煙が広がっていく。叔母の青い目には、思い当たった様子がなかった。
「私は見たことがないわ。そんな山の話も聞いた覚えはありません」
ポルフィラは唇を結んだ。やはり夢にしかない景色なのだろうか。
エステリアが尋ねた。
「どこでその山を知ったの?」
ポルフィラはすぐには答えず両親を見た。初めて話した相手に、どこまで言っていいのか分からなかった。母のことを知りたくて来たのに、今は自分の夢の話を叔母へ尋ねている。
ミレアは娘の手元を見てから、エステリアへ顔を向けた。
「この子が夢で見るのです。同じ山を、何度か……」
ポルフィラは袋を握りしめた。




