第7話 残っていたもの
昼食のあと、ポルフィラは椀を片づけながら、父へ声をかけた。
「お父さん。この前、家で何を話したか教えてくれって言ってたでしょう。今日、みんなに聞いたよ」
ドランが娘へ向き直ると、ポルフィラは続けた。
「ガルとリナとセラとトーマは、階段のことをまだ話してないって。シオンは、お母さんに下の部屋のことを話したけど、石板の字や絵までは話してないって」
ドランは、椀を受け取ったミレアと目を合わせた。シオンの母親には道で尋ねられたが、ほかの四人の家には、地下の話が伝わっていない。
「分かった。知らせてくれてありがとう。ほかの親には、見つけたところから説明しないとな」
ポルフィラは父を見た。
「本のことだけでも心配されてるから、話しにくいみたい」
ドランが答えた。
「そうだろうな。だが、知らないままにはしておけん。どう話すかは母さんと考える。おまえたちは、下へ行かない約束を守ってくれ」
父母がほかの親にも話してくれる。ポルフィラは、少しほっとしてうなずいた。ドランは鍛冶場から、直し終えた鍬を持ってきた。
「トーマの家へ届けてくれるか」
ポルフィラは柄を握った。
「畑にいると思う。今日は石を拾うんだって」
父は刃を外へ向けないよう持ち方を直してやった。
「手伝ってきてもいいが、夕方の仕事までには戻れよ」
トーマの家の裏では、母親が鍬で土を起こし、トーマが出てきた石を拾っていた。畑の端には祖母が座り、そのそばへ妹が小さな石を運んでいる。ポルフィラが鍬を渡すと、母親は軽く土へ入れた。
「助かるよ。ドランにお礼を伝えてね」
トーマの母親に少し手伝いを頼まれ、土から出ている石をトーマと拾っていく。奥には、二人でも持ち上げられそうにない大きな石が残っていた。祖母が、そちらへ目を向けた。
「あの辺りは、私があんたたちぐらいのころには、まだ畑じゃなかったんだよ」
ポルフィラは畑と草地の境を見た。
「どうして広げたの?」
祖母が答えた。
「納める分が増えたからさ。同じ畑で、急に豆や芋がたくさん採れるわけじゃない。家で食べる分も残そうと思えば、植える場所を増やすしかなかった」
母親が鍬を止めた。
「それで、おじいさんたちが木の根を掘ったんでしょう」
祖母の口元が緩んだ。
「あの人は、今でもあの石を見ると話すよ。三人がかりで引いても動かなかったとな。だから、よけて耕したんだ」
トーマは奥の石を見て、小さく笑った。ポルフィラが祖母へ尋ねた。
「おばあちゃんも、ここを耕したの?」
祖母は足元の籠を指した。
「私は、小さい石を運んだよ。あんたたちと同じことさ」
何度も来ている畑なのに、大きな石を残している理由も、ここを広げたのが誰かも知らなかった。いつも見ている場所にも、尋ねれば聞ける昔の話があった。
*
休むよう母親に呼ばれ、ポルフィラとトーマは祖母のそばへ座った。母親が持ってきた水の器は、縁の一か所が欠け、そこだけ滑らかに削ってある。祖母が器を見た。
「それは、まだ使えるね」
母親は縁をなぞった。
「ドランが削ってくれたから。落としたときは、もう駄目かと思ったけど」
祖母はうなずいた。
「産屋から持ってきたころは、欠けていなかったんだよ」
ポルフィラが顔を上げた。
「あの産屋にあったの?」
祖母は器を母親から受け取った。
「もう使わなくなって、残っていた物を家々で分けたんだ。母がこれをもらってきた」
父から聞いた話とつながった。屋根が傷み、家で子を産むようになったあと、産屋は物置になった。その間に、中の物を運び出した人たちがいたのだ。ポルフィラが言った。
「お父さんも、昨日、村長に昔の産屋のことを聞いてたよ。古い建物だから、気になるんだって」
母親は畑の向こうへ目を向けた。
「子供だけで使うには、心配なところだものね」
ポルフィラは返事をする前に、言葉を選んだ。トーマの母親は、地下のことを知らない。
祖母は妹の手を拭きながら続けた。
「使える布や器は捨てずに、それぞれの家で使ったんだよ」
ポルフィラは母親の持つ器を見た。産屋から来たものとは知らなかった。
そろそろ帰るよう母親に言われ、トーマが畑の端まで送ってくれた。
「産屋の話、お父さんにも教える?」
ポルフィラが答えた。
「うん。あの器が産屋にあったって聞いたら、きっと驚くよ」
妹に呼ばれて畑へ戻っていく彼に手を振り、ポルフィラは家へ向かった。
*
鍛冶場へ帰ると、ポルフィラは畑で聞いた話をした。産屋の器や布を家々で分けたこと、トーマの祖母も母親と取りに行ったこと。ドランは作業の手を止めた。
「あの器は、そこから来たのか。欠けたところを削ったことはあるが、知らなかったな」
ポルフィラがうなずくと、父は尋ねた。
「おばあさんには、下の部屋のことも話したか」
娘は首を振った。
「話してないよ。器のことから、昔の産屋の話になったの」
ドランが答えた。
「そうか。俺も、あそこにどんな物があったかは知らなかった」
ミレアに呼ばれて家へ入ると、ポルフィラは、昔の畑がもっと小さかったことを話した。母は懐かしそうに言った。
「私が子供のころも、今とは違うところがあったわ」
ポルフィラは母を見上げた。
「お母さんにも、聞いていい?」
ミレアが答えた。
「覚えていることでよければ」
祖母にも母にも、自分が生まれる前の暮らしがあった。その人たちが覚えている話を、もっと聞いてみたかった。
*
夕方、ドランはミレアへ、トーマの祖母から聞いた話を伝えた。産屋を使わなくなったあと、布や器を家々で分けたという。
ミレアは夫のそばへ座った。
「今も使っている物があるのね」
ドランはうなずいた。
「上の部屋を片づけた人たちはいたんだな。だが、その人たちが地下まで知っていたかは分からん」
布や器は運び出され、別の家で使われていた。その一方で、石板は壁の奥に残っている。なぜそうなったのか、祖母の話だけでは分からなかった。
ミレアが戸口へ目を向けた。
「トーマのお母さんは、まだ階段のことを知らないのよね」
「ああ。ほかの親にも、下の部屋と石板のことを話しておかないとな」
娘が戻ってくる前に、どう説明するか妻と話しておきたかった。外で桶を置く音がして、ドランは立ち上がった。
ポルフィラから桶を受け取りながら、あの壁を思い浮かべた。上の部屋を片づけていた人たちは、その向こうに何があるか知っていたのだろうか。




