第69話 母を知るために
エステリアは書状を読み終えても、しばらく顔を上げなかった。妹を知りたいという娘の願いが、そこに記されていた。母親はどんな人だったのか。父親は生まれた自分をどう思ったのか。あの子は答えを求めている。
マティアス・フェルナーが、机を隔てて待っていた。エステリアは書状を彼へ渡した。
「まず私から妹の話を聞きたいそうです。あなたに会うことは、まだ決められないと」
マティアスは読み進めるうち唇を結んだ。娘が父親について尋ねた箇所で目が止まる。
「私は同席しない方がいいでしょう」
エステリアは彼を見た。
「会うと決めていない人が待っていたら、あの子は戸惑うでしょうね」
「私が会いたいからといって、そこで待つわけにはいいきませんね」
エステリアはマティアスの顔から目をそらした。会いたいはずだった。妹を失ったと知って泣いた夜も、マティアスには、あとから伝えられるだけだった。
「あなたに尋ねたいことがあれば預かってきます」
マティアスはうなずき書状を丁寧に畳んだ。
「私にしか答えられないことは、私が答えます」
*
クラウス・ヴェルディアが選んだのは、町へ入る手前にある荷の受け取り場だった。いくつかの村から品を集め、町の倉へ送る場所で竜の民も納付のために通っている。
インディル側の一行は前の視察で見た倉に加え、村から荷を受け取るまでの手順も確かめる予定だった。その帰途に立ち寄るよう日を合わせれば、エステリアがここにいることは不自然ではない。
前にドランを案内した家臣が、受け取り場の部屋割りを書いたものを差し出した。
「荷を扱う者は普段どおり働きます。こちらの部屋は視察の説明に使う間、係を入れないようにできます」
クラウスは、荷車の入口と部屋の位置を見比べた。
「妻と娘もドランに同行する者として入れるようにしておけ。誰が来たかを係に隠すな。視察の者に会う理由は知らせなくていい」
「承知しました。三人で来ることを伝えます」
「場所と日を伝えてから、来られるか聞いてくれ」
家臣はうなずいた。クラウスは部屋割りの上へ、インディルからの返書を置いた。エステリアだけが会い、マティアスは同行しないと書かれていた。
*
その話をドランが持ち帰ったのは、受け取り場へ品を届けた日の夕方だった。前の案内役が待っていて、場所と日を伝えたのだという。
ミレアは手を拭き夫の前へ座った。ポルフィラも片づけかけていた椀を置く。
ドランは二人へ話した。
「町には入らん。荷を集める所で、あの方に会えるようにしてくれた。母さんも、俺も、一緒に部屋へ入っていいそうだ」
ポルフィラは、父の顔を見つめた。
「エステリアさんに?」
「ああ。おまえに、お母さんの話を聞かせたいと」
ようやく会える。その喜びが湧いたあとで、何を最初に聞けばいいのか分からなくなった。
ミレアが夫へ尋ねた。
「マティアスさんは?」
「来ないそうだ。会うかどうか、ポルフィラが決めてからと伝えてほしいと言われた」
ポルフィラは膝の上へ目を落とした。会いたくないわけではない。けれど顔を見たら何を言うのか、父さんと呼ぶのか、まだ心の整理がついていなかった。
母がそばへ寄り、娘の髪を耳の後ろへよけた。
「今回は、お母さんのことを聞きに行こうか」
ポルフィラは母を見て、うなずいた。
ミレアはドランと目を合わせた。領主の家臣が場を整えたからといって怖さが消えるわけではない。
ドランが言った。
「俺たちも一緒に行く。おまえは聞きたいことだけ聞けばいい」
「途中で帰りたくなったら?」
「父さんに言え」
ポルフィラは息を吐いた。母のことを知りたいのに、会う日が決まると怖くなる。叔母は自分の顔を見て母に似ていると思うだろうか。それとも似ていないと思うだろうか。
ミレアが尋ねた。
「何を聞きたいか考えてる?」
「声はどんなだったのかなって……」
口にしてみると、それだけでは足りなかった。自分が生まれるのを楽しみにしてくれていたのか、何もかもを知りたい。
ポルフィラは母の袖をつかんだ。
「私が生まれるのを、待ってくれていたのかな?」
ミレアの手が、娘の指に重なった。
「それも聞いてみよう。私も一緒に聞きたいわ」
ドランは二人を見てから、受け取り場で伝えられた日を確かめた。
ポルフィラはつかんでいた袖を離し、食器を片づけるために立った。椀を持つ手は、まだ少し震えていた。




