第67話 夢に残った景色
ポルフィラは、暗がりの中で顔を上げた。
もう馴染みになった大きな瞳が、そばにあった。黒く見えた目の奥に紫がにじみ、こちらを見ている。
「私、エルディオの子孫なんだって」
話してから、その名をこの相手が知るはずもないと思った。けれど、誰かに聞いてほしかった。
「本当にそうなのかな。自分では、何も分からないの」
返事はなかった。瞳を見つめているうちに、周りが赤く明るくなった。
あの山だった。
岩ばかりの斜面の上で、煙が膨らんでいる。頂の大きなくぼみが赤く光り、その中から火が噴き上がった。煙が流れると、崩れたような岩の縁が見える。
ポルフィラは目をそらさなかった。
「また、ここなの?」
そばにいたはずの瞳は見えなくなっていた。足を動かそうとしても、自分がどこに立っているのか分からない。山へ近づく道も見えなかった。
「どこにあるの。どうして、同じ場所なの?」
答えの代わりに、煙が目の前を覆い、赤い光が薄れた。
*
朝、目が覚めると、まだ岩の縁を思い出せた。ポルフィラは起き上がり、忘れてしまう前に形を残そうと思った。
父に使っていない木片を一つもらい、炭で山の形を描いていると、ドランがそばへ来た。
「また夢を見たのか」
ポルフィラはうなずいた。
「前に話した火が出る山。ここに大きなくぼみがあったの」
父へ木片を向けた。線が太くなり、煙と岩の境が分かりにくかった。説明しながら、山の頂だけを横へ描き直す。
ドランはそれを見た。
「その中から、火が出ていたんだな」
「うん。今日はあの目も見えた。でも山が見えるといなくなって、何を聞いても答えてくれなかった」
父は黙って絵へ目を戻した。
ポルフィラは木片を膝へ置いた。
「夢でしか見たことがないのに、また同じ場所だって分かったの」
ミレアもそばへ来て、夫の隣から絵を見た。
「眠れなかったの?」
「ちゃんと眠れたよ。ただ、起きても覚えていたから」
ポルフィラは、木片の縁についた炭を指で払った。
「叔母さんなら、こんな山の話を知っているかな」
ドランが娘を見た。
「聞いてみたいのか」
「母親のことを聞きたい。でも、会えるなら、知らないことも尋ねてみたい。父さんも母さんも見たことがない場所へ、行ったことがあるかもしれないでしょう?」
ミレアは娘の横へ座った。
「あの人が石を託したからといって、夢のことまで知っているとは限らないわ」
娘はうなずいた。答えてもらえそうな人ができると、聞きたいことばかり増えてしまう。それでも、叔母が何を知っているかは、まだ何も分かっていなかった。
ドランは絵をもう一度見てから言った。
「父親のことは、どう思っている」
ポルフィラは少し考えた。
「まだ、顔も知らないでしょう。会いたいかって聞かれると、うまく答えられない。でも、私が生まれたときのことは、その人にも聞きたい」
父はうなずいた。
「分かった。無理に返事を決めなくていい」
その声を聞き、ポルフィラは父へ目を向けた。
「叔母さんから話を聞くとき、父さんたちにもいて欲しい」
ドランは、娘の肩へ手を置いた。
「俺たちも、聞けるなら一緒に聞きたい。おまえに一人で抱えさせたくないからな」
ポルフィラは絵を布で包み、自分の物をしまっている場所へ置いた。最後に見えた岩の縁を、もう一度頭の中でたどる。
あの山は、自分の思い描いた夢なのか。それとも、本当にどこかにあるのか。
名前を知らないあの目は、今日も、何も教えてくれなかった。




