第61話 聞きたいこと
リナの家へ修理した道具を届けると、戸口で母親に呼び止められた。
「少し休んでいきなさい。リナも、もう帰るから」
ポルフィラは礼を言い、籠を下ろした。
やがてリナが帰ってきた。水を飲み、ポルフィラを見つけると、疲れた顔に笑窪が浮かんだ。
「来てたんだ。帰る前に会えてよかった」
母親が外へ出たあと、二人は戸口のそばに並んで座った。リナは靴を脱ぎ、足に入った小石を落としている。
「このあいだ、姉さんのところへ行ったとき、また来てって言ってたよ」
「うん。母さんにも伝えておく」
ポルフィラが答えると、リナは靴へ足を戻した。
「ミレアおばさんも来たら、喜ぶと思う」
話しながら、リナがこちらの顔をのぞいた。
「どうしたの?」
「何でもない」
そう答えかけて、ポルフィラは口を閉じた。リナなら、途中でうまく言えなくなっても待ってくれる。
「私を産んだ人も、生きているのかなって、ときどき思うの」
リナの手が、靴の上で止まった。
「父さんと母さんも、知らないでしょう。どんな顔なのかだけじゃなくて、今もどこかにいるのかなって……」
言葉にすると、胸の奥が落ち着かなくなった。生きているなら、どうして来ないのだろう。会えないのか、それとも会いたくないのか。考え始めると、知るのも怖かった。
リナが静かに尋ねた。
「ミレアおばさんには、話した?」
ポルフィラは首を振った。
「最初に聞いたときは、そんなことまで考えられなかった。今になって、また聞いたら……」
「また聞いたら?」
「母さんが、寂しくならないかな」
リナはすぐには答えなかった。外で母親が誰かと話す声がする。その声を聞いてから、ポルフィラへ顔を戻した。
「分からない。でも、ポルフィラが言いだせずに悩んでたって知るのも、つらいんじゃないかな」
ポルフィラは膝へ目を落とした。
リナは隣から、そっと腕へ触れた。
「おばさんに話すとき、一緒にいようか」
「ありがとう。でも、自分で聞いてみる…」
リナはうなずき、腕から手を離した。何を聞けばよいのか、まだ決まらない。それでも、話してはいけないことのように胸へしまい込むのは、やめようと思った。
*
家へ帰ると、ミレアが夕食の支度をしていた。ポルフィラは籠を片づけ、母の隣で野菜を洗った。話そうと思っていたけど、言い出しにくい。
ミレアが娘の手元を見た。
「そこは、もう洗えているわよ」
同じ野菜を握ったままだと気づき、ポルフィラは心を決めた。
「母さん。私を産んだ人のこと、知りたいと思ってもいい?」
母の手が止まった。その顔を見て、ポルフィラは慌てて続けた。
「ここを出ていきたいんじゃないの。ただ、生きているのかも分からないから」
ミレアは持っていた包丁を置き、娘へ向き直った。
「知りたいでしょうね。私たちに話すのを、ためらっていたの?」
「母さんが、嫌かもしれないと思って」
ミレアは娘の濡れた手を布で拭いた。指の間まで拭き終えても、すぐには離さなかった。
「あなたが私に気を遣って、聞きたいことを聞けなくなる方が、悲しいわ」
ポルフィラは母の顔を見た。答えを知らないことを、申し訳なく思わせたくもなかった。
「母さんに、分からないことを調べてほしいっていうんじゃないの」
「ええ。分かっているわ」
ミレアは娘の手を離し、隣へ椅子を寄せた。鍛冶場から戻ったドランも、二人の様子を見て仕事の話をやめた。
ポルフィラは、昼にリナへ話したことを父にも聞かせた。父は最後まで聞き、食卓の向こうへ座った。
「父親のことも、知りたいか」
ポルフィラはうなずいた。
「うん。どんな人かも分からないから。もし、私を預けた人のことが分かったら、私にも教えてほしい。その人なら、何か知っているかもしれないでしょう」
ドランはミレアと顔を見合わせた。
「分かった。だが、天馬の民のところへ、自分で探しに行くのは駄目だぞ」
「行かないよ」
「おまえが知りたいと思うことまで、やめさせたいわけじゃない。もしあの人から何か伝わってきたら、母さんと話して、おまえにも知らせる」
知らない天馬の民の手に娘を渡す場面を思うと、ドランの胸は冷えた。預けた理由も知らされていない。相手が今になって何を求めるかも分からなかった。
娘は父の顔を見つめている。怖いからという理由で、何もかも伏せてよいとは思えなかった。
ミレアがポルフィラへ尋ねた。
「一番聞きたいのは、生きているかどうか?」
「うん。それから、どうして私を預けたのか」
口にしてから、ポルフィラは二人へ目を向けた。
「父さんと母さんに育ててもらえて、よかったと思ってる。それは、本当だよ」
ドランは娘の黒い髪へ手を置いた。
「知ってるよ」
父の手が離れる前に、ポルフィラはその手へ触れた。聞きたいことを話しても、いつものようにそばにいてくれる。そのことにほっとすると、ようやく腹が空いているのに気づいた。
ミレアが鍋へ戻り、椀へ温かい汁をよそった。ポルフィラは受け取り、父にも同じ椀が渡されるのを待ってから、ひと口飲んだ。




