第60話 娘の答え
インディルの城へ着いたレオノーラ・オランデルは、テオバルトの部屋へ通された。相談があると連絡を受けたとき、家宰の娘についてだと知り、彼女は自ら話を聞きに来ることにした。
部屋にはマティアス・フェルナーも待っていた。挨拶を返した顔には疲れが見えたが、灰青の瞳はレオノーラから逸れなかった。
テオバルトが向かいの椅子を示した。
「マティアスが、娘に自分の存在を知らせたいと言っている。話を聞いてもらおうと思ってな」
レオノーラは腰を下ろし、マティアスへ顔を向けた。
「あなたから聞かせて」
「娘は十六になりました。両親のことを知りたいと思っても、育ててくれた二人には答えられません。大切なことは何ひとつ伝えていませんでしたから」
「それで、知らせたいと思ったのね」
「はい。会うかどうかは、娘に決めてもらいたいと思っています」
レオノーラは彼の言葉を聞いてから尋ねた。
「育てた二人にも、そう伝えられる?」
「娘を連れて帰るつもりはありません」
「ええ。けれど、二人はそれを知らないわ。赤ん坊を預けた天馬の民が、今になって父親の話を持ってきたら、娘を返せと言われていると思うかもしれない」
マティアスは、答えかけて口を閉じた。
レオノーラは机の上で手を重ねた。その美しい顔から微笑みが消えると、問いを曖昧に受け流すことはできなかった。
「私たちが頼むつもりで言ったことも、二人には断れない命令に聞こえるでしょう。あなたが娘の返事を待つつもりでも、二人が怯えていたら、あの子も好きには答えられないでしょう」
「会いたくないと言っても、その家で暮らし続けていいと、二人にも伝えなければなりませんね」
「そうね。断ったら何かされると思わせたまま、返事を求めることはできないわ」
マティアスは膝の上で手を開いた。何度も、娘に会えないと言われる場面を考えた。しかしそれを娘が口にすることさえ、こちらのやり方次第では難しくなるのだ。
テオバルトが口を開いた。
「本人に会いたい気持ちがあっても、育てた二人は心配するだろう。血筋が知られれば、娘だけでは済まん」
「はい」
マティアスはレオノーラを見た。
「娘を預かってもらったときから、二人には危険を負わせています。今度は私に会うために、また同じことを頼むことになるのですね」
その声を聞き、レオノーラは少し表情を和らげた。
「だから、二人の話も聞きたいの。今までどう育ててきたか、何を心配しているか。私たちには分からないことがあるわ」
マティアスはうなずいた。
「教えてもらいたいです。小さい頃のことや、好きなこと嫌いなこと、友達はたくさんできたのか、何もかもを…」
声が途切れた。テオバルトも口を挟まず、彼が続きを話すのを待った。
「生まれたばかりの顔しか、覚えていません。会えたとしても、娘の方は、私を父親だと思えないでしょう」
レオノーラは、マティアスをしばらく見つめた。
「すぐに父親として慕うことができなくても、あなたの話を聞きたいと思うかもしれないわ」
「そうであってほしいと思います」
「そのときに話せるよう、あなたも考えておいて。守るためだったと伝えるだけでは、あの子が知りたいこと全部には答えられないでしょうから」
マティアスの口元が、わずかに緩んだ。
「妻のことなら、話せます。娘には、母親がどんな人だったかも知ってほしい」
レオノーラはテオバルトへ顔を向けた。
「私も協力するわ。ただ、本人にも育て親にも、返事を急がせないで。こちらで会う日を決めてから知らせるようなことはしたくない」
「ああ。まだ人を出してはいない。どう伝えるかも、これからだ」
具体的な方法が決まらないままでも、マティアスは話す前より深く息を吸えた。娘に会わせると約束されたわけではない。それでも、娘の返事を待つために、力を貸してくれる人がいた。
*
庭へ出ると、ヴェスペラがレオノーラへ首を向けた。濃い灰色の瞳に自分の姿が映り、彼女は近づいてその首へ手を置いた。
〈待たせたわね〉
〈話は終わったのか〉
〈今日はね。離れて暮らしている親子の話をしていたの〉
ヴェスペラは彼女の手の下で、ゆっくり息を吐いた。
〈会いたいのか〉
〈父親は、会いたがっているわ。娘の気持ちは、まだ誰も知らないの〉
城の窓へ目を向けると、マティアスがこちらを見ていた。レオノーラが軽く手を上げると、彼も頭を下げた。
リゼリアの縁談を断るために、ここへ来たときのことを思い出した。家のために嫁ぐよう求められた娘も、遠くで育った娘も、自分で返事をする前に大人たちが話を決めれば、その後から拒むのは難しい。
レオノーラはヴェスペラの首から手を離した。
〈あの子にも、聞いてみたいわ。父親の話を知りたいかどうか〉
ヴェスペラは首を低くし、彼女が背へ上がるのを待った。飛び立つ前にもう一度窓を見ると、マティアスの姿はまだそこにあった。




