第56話 五人に話すこと
夕食のあと、ポルフィラは椀を片づけていた母を呼び止めた。
「リナだけじゃなくて、みんなにも話したいの。私が、父さんと母さんに預けられた子だってこと」
ミレアは娘の隣へ座った。
「自分で話せそう?」
「うまく言えるかは、分からない。でも、聞いてもらいたい」
仕事を任されるようになってから、六人で集まれる日は減っていた。顔を合わせても、それぞれ次の用事がある。話そうと思ううちに別れてしまい、今日も言えなかったと、帰ってから考えることが続いていた。
ドランも椅子を寄せた。
「それなら、うちへ呼んだらいい」
ポルフィラは父を見た。
「村の人たちも、ずっと私には言わないでいてくれたんだよね」
「ああ。俺と母さんから話すまで、おまえには言わないでくれと頼んだ。みんな、その約束を守ってくれた」
よその家へ遊びに行った日にも、抱っこしてもらった日にも、大人たちは知っていた。それでも、誰も父と母に代わって教えようとはしなかった。
ミレアが娘の手を包んだ。
「途中で話せなくなっても、いいのよ。全部、一度に言おうとしなくていいから」
ポルフィラは頷いた。
*
五人が揃ったのは、数日後の夕方だった。それぞれ家に行き先を伝え、仕事のあとで寄ってくれた。
ガルは座るなり、ポルフィラへ身を乗り出した。乱れた濃い緑の髪の下で、眉が上がっている。
「話って、何だ? 何か困ったことでもあったのか」
「父さんと母さんに聞いたことで、みんなにも話しておきたくて」
そこから先が出てこなかった。いつもの五人がいる。けれど口にしたあとも同じように見てもらえるだろうかと思うと喉が詰まる。
隣のリナが膝に置いた手へそっと触れた。ポルフィラはその手を握り顔を上げた。
「私、母さんが産んだ子じゃないんだって。赤ん坊のとき、父さんと母さんに預けられたの」
ガルは背を起こした。
「え……?」
トーマ持つ椀から水がこぼれた。机に広がった水にすぐには気づかず、ポルフィラを見つめている。セラの細い眉が寄り、何か言おうとした口が閉じた。シオンも切れ長の目を見開いたまま動かなかった。
鍛冶場から鉄を打つ音が聞こえた。みんなも知っている家の音だった。
ガルがようやく口を開いた。
「ミレアおばさんとは別に、おまえを産んだ人がいるってことか?」
ポルフィラは頷いた。ガルは戸口のほうを見てから、もう一度こちらを向いた。
「俺、ずっと……二人の子だと思ってた」
「私も、そう思ってたよ」
セラが小さく息を吐いた。
「ポルフィラも、知らなかったの?」
「うん。少し前にどうして自分だけ髪が黒いのか、母さんに聞いたの。その夜、父さんと二人で話してくれた」
セラの目が黒髪へ動いた。ポルフィラがリナの手を強く握ると、トーマがこぼれた水を布で拭きながら尋ねた。
「聞いたとき、つらかったか」
ポルフィラは少し考えた。
「びっくりした。二人が父さんと母さんじゃなくなるみたいで」
トーマの手が止まった。角ばった顎の下で口元が固くなる。
「そんな話、急には分からんよな」
その声を聞いて、ポルフィラは少し息をつけた。四人は驚いている。けれど、自分をとても気遣ってくれている。
シオンはしばらく俯いてから、顔を上げた。
「小さいころ、ポルフィラの髪の色のことで父さんに聞いたことがある。どうしてその色で生まれたのかは分からないって言われて、それからは気にしなくなってた」
リナが頷いた。
「私も母さんに聞いたよ。ポルフィラも知らないんだから、何度も聞いて困らせるなって」
セラがリナを見た。
「リナは先に聞いてたの?」
「うん。ポルフィラが話してくれた。そのときまで、私も知らなかった」
四人の顔がまたこちらへ向いた。ポルフィラは握っていた手を少し緩めた。
「みんなにも、もっと早く言いたかったんだけど……」
セラが首を振った。
「言えるようになってからでよかったのよ」
ガルも頷いたが、まだ落ち着かない様子だった。
「おまえを産んだ母さんは、どこにいるんだ?」
「分からないの。父さんと母さんも知らないんだって」
ガルは口をつぐんだ。
「……ごめん」
ポルフィラは首を振った。自分も初めに同じことを知りたかった。どんな顔なのか。今も生きているのか。思い出せることは何もなく、尋ねても分からなかった。
シオンが静かに言った。
「知りたいことがあっても聞ける人がいないんだね」
ポルフィラは頷いた。それを分かってもらえたことが、うれしかった。
ミレアが鍛冶場へ水を運んでいく。娘たちのそばを通るときも話へ入ろうとはせず、空いた椀を一つ持っていった。
その背を見送ってからポルフィラは言った。
「でも母さんは母さんだよ。父さんも。二人と暮らしてきたことまで変わったわけじゃないもの」
ガルはゆっくり頷いた。
「うん。おじさんもおばさんもおまえの両親だ」
リナがこちらを見て笑った。日に焼けた頬にえくぼが寄る。その顔を見てポルフィラもようやく口元を緩められた。
*
日が傾き、トーマがそろそろ帰ろうと声を掛けた。妹に家で続きを手伝うと約束してきたという。ガルも立ち上がり、弟が待っているから一緒に帰ると言った。
戸口でセラがポルフィラの袖へ触れた。
「話してくれてありがとう。私たちから、ほかの人には言わないよ」
その後ろでシオンも頷いた。ポルフィラは四人の顔を見た。何を尋ねられるのかと身構えていた気持ちが、少しずつほどけていく。
「聞いてくれて、ありがとう」
リナは帰り際に振り返った。
「今度はうちに来てね。姉さんも待ってるから」
ポルフィラは、近いうちに行くと答えた。話す前と同じ約束ができたことが今日はうれしかった。
家へ戻ると、ドランが手を洗っていた。娘に気づき、少し背をかがめる。
「話せたか」
「うん。みんなびっくりしてた。でもちゃんと聞いてくれたよ」
父の顔が和らいだ。
「父さん。小さいころ父さんの膝で寝てたの、私覚えてる」
「ああ。下ろすと起きるから、なかなか立てんかった」
ミレアがそばで笑った。
「あなたも一緒に眠っていたわ」
ポルフィラは父の腕へ頬を寄せた。今の自分を膝に載せたら、きっと重い。それでも、腕の太さも、仕事のあとにする鉄の匂いも、覚えているものと同じだった。




