↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
PR
53/228

第53話 翼の先にあるもの

リゼリアがマティアスの部屋を訪ねたとき、彼は三人について届いた知らせを机へ置いた。

「王都の外にある、王家の洗濯場へ移されたそうです。城や兵の詰所で使う寝具を洗い、繕う仕事を割り振られています」


「三人とも、働けるようになったのですか」


「足を傷めた方は、まだ立ち仕事ができません。座ってする仕事へ回されたとあります」


リゼリアは椅子の端を握った。寝る場所も与えられたという。けれど、そこで暮らしたいかを尋ねられたのではないことは、マティアスの言葉から分かった。

「村も家族も奪われて、そのあとも王家のために働くのですね」


マティアスは頷いた。

「作業場を出るにも許しが要ります」


リゼリアは縁談の書状を思い出した。行きたくないと告げれば、テオバルトは聞いてくれた。そのあと庭へ行き、シルヴァのそばでほっとした。三人には、そのどちらもない。

「レオノーラ様は、ご存じですか」


「この知らせを送ってくださったのが、レオノーラ様です。残した医師から報告を受け、移送のことも確かめられています」


見放されたわけではないと分かっても、リゼリアの胸は軽くならなかった。

「足が治るまで、休ませてもらえないのでしょうか」


「休む必要を伝えることはできます。ですが、王領の働き手をどう扱うかは、こちらでは決められません」


マティアスの手が書類の脇で止まった。リゼリアは、娘のことを尋ねかけて口を閉じた。彼の娘が今も無事か、答えられないと知っている。別の村の話をするたび、その心配も戻るのだろう。


彼女は机へ目を戻した。

「足のこと、テオバルト様にも伝えていただけますか。働き始めたならもう大丈夫だとは、思ってほしくないのです」


「お伝えします」


マティアスはその願いを書き留めた。リゼリアは立ち上がって礼を言い、部屋を出た。三人を助ける方法は、まだ分からない。それでも、仕事を与えられたというだけで、その後を気にしなくなることはできなかった。


*


インディルから使者が着いたとき、レオノーラはユリウスの名が記された箇所で手を止めた。


リゼリアへの縁談を断ったという知らせだった。シルヴァと繋がる彼女がアウレリスへ嫁げば、王家に従うその家も、天馬を持つ一族との結びつきを得る。母方の血を探られる危険も、テオバルトは案じていた。


レオノーラは使者へ顔を上げた。

「ユリウスから、返事は来ている?」


「私が城を出たときには、まだです」


彼女は書状を畳んだ。ユリウスがなお縁談を押しつけるなら、テオバルトだけに迫れば済むと思わせてはならない。リゼリアの意思を、オランデルも支持していると示す必要があった。

「テオバルトに伝えて。近いうちに、私もそちらへ伺いたい。リゼリアにも会って話したいわ」


使者が下がると、レオノーラは家臣へ旅の支度を頼んだ。訪問の知らせには、テオバルトだけでなく、リゼリアとも会うことを記すよう命じる。隠された血筋には触れずとも、誰を支えるための訪問かは伝わる。縁談を無理に進めれば、オランデルとの関係にも響くと、ユリウスに考えさせたかった。


*


庭へ出ると、ヴェスペラが首を寄せた。レオノーラは頬へ手を置き、インディルへ向かうことを伝えた。

〈シルヴァと繋がっている娘のところへ?〉


〈ええ。本人の話も聞きたいの。縁談を断ったあと、怖い思いをしていないか〉


ヴェスペラは静かに顔を低くした。

〈行こう〉


その翼を見ながら、レオノーラは訪問の日程を考えた。馬車で長い道をたどる家臣たちと、いつ合流するかも決めなければならない。山を前にして、地上の道は大きく回り込む。翼があれば越えられる場所でも、人が歩いて通れるとは限らなかった。


子供のころに聞いた、遠乗りの話が浮かんだ。

〈昔、うちの天馬乗りが、火を吹く山を見たという話があるの〉


ヴェスペラの目が彼女へ向いた。

〈見たことがあるのか〉


〈私はないわ。高い岩壁を越えた先にあって、歩いて入る道はないと言っていた。山の頂から煙が上がり、夜には赤い火が見えたそうよ〉


幼いころ、レオノーラは、山が燃えるなら草や木が燃えるのだと思った。けれど、話に出てくるのは、草のない岩の山だった。火は山の中から出るのだと聞いても、どんなものか想像もできず、見てみたいと思ったものだ。


実際に見た天馬乗りが、帰って人々に話した。それを聞いた者が、また子供へ語った。レオノーラが聞いたころには、その山へ飛んだ者に会うこともできなくなっていた。


〈場所は分かるのか〉


〈飛んだときの話は家に伝わっているけれど、今も同じ景色かは分からない。山を見たことのない人に、話だけで場所を教えるのは難しいでしょうね〉


ヴェスペラが翼を少し広げた。濃い灰色の羽が、庭へ長い影を落とす。


レオノーラは広がった翼を見上げた。幼いころ、話の続きをせがんだときの気持ちが、ふと戻ってくる。

〈いつか見てみたいわ。場所が分かれば、だけれど〉


ヴェスペラの首を撫でてから、城へ戻った。


まずは、リゼリアに会う日を決める。その娘が自分の望みを口にできるままでいられるよう、テオバルトだけに任せてはおけなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。