第53話 翼の先にあるもの
リゼリアがマティアスの部屋を訪ねたとき、彼は三人について届いた知らせを机へ置いた。
「王都の外にある、王家の洗濯場へ移されたそうです。城や兵の詰所で使う寝具を洗い、繕う仕事を割り振られています」
「三人とも、働けるようになったのですか」
「足を傷めた方は、まだ立ち仕事ができません。座ってする仕事へ回されたとあります」
リゼリアは椅子の端を握った。寝る場所も与えられたという。けれど、そこで暮らしたいかを尋ねられたのではないことは、マティアスの言葉から分かった。
「村も家族も奪われて、そのあとも王家のために働くのですね」
マティアスは頷いた。
「作業場を出るにも許しが要ります」
リゼリアは縁談の書状を思い出した。行きたくないと告げれば、テオバルトは聞いてくれた。そのあと庭へ行き、シルヴァのそばでほっとした。三人には、そのどちらもない。
「レオノーラ様は、ご存じですか」
「この知らせを送ってくださったのが、レオノーラ様です。残した医師から報告を受け、移送のことも確かめられています」
見放されたわけではないと分かっても、リゼリアの胸は軽くならなかった。
「足が治るまで、休ませてもらえないのでしょうか」
「休む必要を伝えることはできます。ですが、王領の働き手をどう扱うかは、こちらでは決められません」
マティアスの手が書類の脇で止まった。リゼリアは、娘のことを尋ねかけて口を閉じた。彼の娘が今も無事か、答えられないと知っている。別の村の話をするたび、その心配も戻るのだろう。
彼女は机へ目を戻した。
「足のこと、テオバルト様にも伝えていただけますか。働き始めたならもう大丈夫だとは、思ってほしくないのです」
「お伝えします」
マティアスはその願いを書き留めた。リゼリアは立ち上がって礼を言い、部屋を出た。三人を助ける方法は、まだ分からない。それでも、仕事を与えられたというだけで、その後を気にしなくなることはできなかった。
*
インディルから使者が着いたとき、レオノーラはユリウスの名が記された箇所で手を止めた。
リゼリアへの縁談を断ったという知らせだった。シルヴァと繋がる彼女がアウレリスへ嫁げば、王家に従うその家も、天馬を持つ一族との結びつきを得る。母方の血を探られる危険も、テオバルトは案じていた。
レオノーラは使者へ顔を上げた。
「ユリウスから、返事は来ている?」
「私が城を出たときには、まだです」
彼女は書状を畳んだ。ユリウスがなお縁談を押しつけるなら、テオバルトだけに迫れば済むと思わせてはならない。リゼリアの意思を、オランデルも支持していると示す必要があった。
「テオバルトに伝えて。近いうちに、私もそちらへ伺いたい。リゼリアにも会って話したいわ」
使者が下がると、レオノーラは家臣へ旅の支度を頼んだ。訪問の知らせには、テオバルトだけでなく、リゼリアとも会うことを記すよう命じる。隠された血筋には触れずとも、誰を支えるための訪問かは伝わる。縁談を無理に進めれば、オランデルとの関係にも響くと、ユリウスに考えさせたかった。
*
庭へ出ると、ヴェスペラが首を寄せた。レオノーラは頬へ手を置き、インディルへ向かうことを伝えた。
〈シルヴァと繋がっている娘のところへ?〉
〈ええ。本人の話も聞きたいの。縁談を断ったあと、怖い思いをしていないか〉
ヴェスペラは静かに顔を低くした。
〈行こう〉
その翼を見ながら、レオノーラは訪問の日程を考えた。馬車で長い道をたどる家臣たちと、いつ合流するかも決めなければならない。山を前にして、地上の道は大きく回り込む。翼があれば越えられる場所でも、人が歩いて通れるとは限らなかった。
子供のころに聞いた、遠乗りの話が浮かんだ。
〈昔、うちの天馬乗りが、火を吹く山を見たという話があるの〉
ヴェスペラの目が彼女へ向いた。
〈見たことがあるのか〉
〈私はないわ。高い岩壁を越えた先にあって、歩いて入る道はないと言っていた。山の頂から煙が上がり、夜には赤い火が見えたそうよ〉
幼いころ、レオノーラは、山が燃えるなら草や木が燃えるのだと思った。けれど、話に出てくるのは、草のない岩の山だった。火は山の中から出るのだと聞いても、どんなものか想像もできず、見てみたいと思ったものだ。
実際に見た天馬乗りが、帰って人々に話した。それを聞いた者が、また子供へ語った。レオノーラが聞いたころには、その山へ飛んだ者に会うこともできなくなっていた。
〈場所は分かるのか〉
〈飛んだときの話は家に伝わっているけれど、今も同じ景色かは分からない。山を見たことのない人に、話だけで場所を教えるのは難しいでしょうね〉
ヴェスペラが翼を少し広げた。濃い灰色の羽が、庭へ長い影を落とす。
レオノーラは広がった翼を見上げた。幼いころ、話の続きをせがんだときの気持ちが、ふと戻ってくる。
〈いつか見てみたいわ。場所が分かれば、だけれど〉
ヴェスペラの首を撫でてから、城へ戻った。
まずは、リゼリアに会う日を決める。その娘が自分の望みを口にできるままでいられるよう、テオバルトだけに任せてはおけなかった。




