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オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
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第50話 王都の外へ

腕の傷が塞がりかけたころ、エナたちは隣村の家を出るよう命じられた。行き先は、王都の外にある王家の洗濯場だった。


寝床の年配の女が、傷めた足へ手を置いた。

「まだ、歩けません」


「車を用意してある」


診察に来ていた医師が、役人を引き止めた。

「この人に立ち仕事はさせられません。傷の手当ても続ける必要があります」


役人はそのことを向こうの係へ伝えると答えた。若い男が三人とも同じ場所へ行くのか確かめると、今はそうだと言う。


エナは少し息をついた。行き先も仕事も自分たちでは決められない。それでも、残った二人と引き離されずに済むことに、ほっとしていた。


荷車へ上がる前、泊めてくれた家の女が、包んだ食べ物を渡してくれた。

「道で食べて。向こうへ着くまで、何も出ないかもしれないから」


エナは礼を言おうとしたが、肩へ置かれた手の温かさに、涙がこぼれた。何も口にできなかった夜も、この人は水を差し出してくれた。眠れずにいると、そばへ来てくれた。夫と娘のいない夜を、この家で何度も越えさせてもらった。

「ありがとうございました」


女はエナの手を両手で包んだ。その手を離すのがつらかった。


若い男と医師が年配の女を乗せると、荷車は動き出した。見送る姿が曲がり角へ隠れてからも、エナは来た道を振り返っていた。帰る家はもうない。それなのに、夫と娘の眠る場所から遠ざかることが、二人を置き去りにするように思えた。


*


王都の城壁が見えてきても、荷車は門へ向かわなかった。馬車が通り過ぎるのを道の端で待ち、川沿いの作業場へ入る。柵の内側では、竜の民が大きな布を干していた。


淡い金髪の係が役人から書類を受け取り、三人を見た。

「足を傷めている者は、座って繕い物をしろ。ほかの二人は洗い場へ行け。ここを出るには許しがいる。王都の門へ近づくことも禁じる」


柵の向こうには城壁があり、その上に城の塔が見えた。


セヴェランは、あそこにいるのだろうか。


夫へ向けられた剣と、血のついた長靴が浮かんだ。家族を殺された自分達は命じられるまま、あの男のいる王家のために働かされる。


エナは唇を噛み、年配の女を宿舎へ支えていった。


*


薄い敷物へ女を座らせると、エナと若い男は洗い場へ呼ばれた。城や兵の詰所から届く寝具を洗い、乾かして揃える仕事だという。仕上げた物は天馬の民の運び手が引き取り、ここで働く者は王都へ入れない。


洗い場の女が、濡れた布の反対側をエナへ差し出した。

「今日はこれを手伝って。腕が痛むなら言って。濡れると重いから」


水へ手を入れると、塞がった傷が少し引きつれた。家でも、こうして夫の仕事着を洗っていた。娘が手伝いたがると、袖を濡らさないようにと言いながら、小さな手へ布の端を持たせた。


あの子は、まだ一人では絞れなかった。


ここには娘も、洗ってやる夫の服もない。朝に干して夕方に取り込み、畳んだ服を二人に渡す暮らしは、もう戻らない。


*


夕方、宿舎へ戻ると、年配の女は寝床に座って布を畳んでいた。仕事をここまで持ってきてもらったという。濡れた袖を絞るエナを見て、女は隣を空けた。

「替えがないのに、冷えるよ」


渡された掛け布を肩へ巻き、エナはそばに座った。若い男も戻ってきて、配られた食事を三人で受け取る。女は椀を持ったまま、戸口へ目を向けた。

「また、どこかへ移されるのかね」


誰も答えられなかった。ここにいてよいと言われても、朝になれば別の命令が届くかもしれない。女はエナへ顔を向け、小さく名を呼んだ。

「先に連れていかれることがあったら、声を掛けておくれ。気づかないうちに、いなくならないで」


エナは椀を膝へ置き、女の手を握った。

「声を掛けます。黙って行ったりしません」


女がもう片方の手も重ねてくると、エナは握り返した。夫と娘に会いたかった。何度そう思っても、二人はもう待っていない。けれど今、隣の人は、自分がいなくなることを恐れている。


しばらくその手を握ってから、エナは椀を持ち直した。開いた戸口の向こうに城壁が見える。あの向こうで、セヴェランは今日も食事をしているのだろう。夫の服を血に染め、娘と帰る家を奪ったあの男が。


食べ物は、なかなか喉を通らなかった。それでも、エナはもう一口、匙を口へ運んだ。セヴェランへの憎しみが彼女を前にすすませた。

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