第44話 自分で確かめる
ドランが村長の家から戻ったとき、ミレアは戸口まで迎えに出た。
「どうだった?」
ポルフィラは食卓に広げていた木片を揃えながら、父の袖から出てきた紙を見た。
領主から、納付が足りなくなりそうな村の事情を詳しく聞くよう、指示が届いたという。ドランは村長から借りてきた紙を食卓へ置き、娘を呼んだ。
「管理者が読んでくれたんだが、父さんにも、何が書いてあるのか確かめてほしい。読めるか」
ポルフィラは母と椅子を寄せ、父へ声を落として読む。
「納める量が足りなくなりそうな村は、その理由と、仕事を続けるために必要なものを確かめて、役所へ報告すること……」
ミレアが娘の示したところを覗いた。
「鉄が足りなくて仕事ができないときも、伝えていいということ?」
「うん。何が必要なのかも、聞くようにって書いてある」
ドランは娘が示した行を見つめた。
「本当にそう書いてあるんだな?」
父は管理者の言葉を疑っていたのではない。聞いたことが紙にも残っていると確かめたかったのだ。ポルフィラが頷くと、父は少し肩の力を抜いた。
ミレアは紙へ目を落としたまま尋ねた。
「それで、皆は話せそうだった?」
「足りないと言ったら、納めたくないのかと疑われるんじゃないかって、気にしていた。木を伐る者も、家畜を飼う者もだ。管理者は理由も伝えてくれると言っていたが……」
ドランはそこで口を閉じた。王領の村も、事情を話さなかったのではない。訴えたうえで、家族もろとも殺された。
ミレアは夫の手に自分の手を重ねた。
「あなたが帰ってくるまで、誰かと揉めていないか気になっていたの」
「そんなことはなかったよ」
ドランは妻へ答え、娘にも顔を向けた。父と母も、村の誰かが天馬の民を怒らせれば、自分たちまで殺されるかもしれないと思っている。これまでは家に帰ってくればほっとできたのに、今はその怖さが消えなかった。
戸を叩く音に、母の手が伸びた。
紙の上へ布を掛け、ポルフィラの前にあった木片も包む。
「ドラン、いるか」
ガルの父親の声だった。父が戸を開けると、鍬を持ったガルも後ろに立っていた。
濃い緑の髪がいつものように跳ねている。けれど、ポルフィラを見つけてもすぐには笑わなかった。
「刃がぐらつくんだ。明日、使いたいんだけど」
ガルの父親が鍬を受け取り、ドランへ渡した。
「急にすまんな。直せるか」
ミレアは二人を椅子へ招いた。ポルフィラも立とうとしたが、包んだ木片へ触れかけた母の指がまだ震えていることに気づき、そのまま隣にいた。
ガルは母の手を見て、膝へ目を落とした。
「うちも、戸を叩かれると、母さんが黙るようになった」
言ってから、父親の方を見た。叱られると思ったのかもしれない。父親は息子の肩へ手を置いたが、話を止めようとはしなかった。
ポルフィラが尋ねた。
「弟は?」
「一人で外へ出るなって言われてる。昨日も、畑へ来ただけなのに怒られてた」
ガルの父親が、肩に置いた手を下ろした。
「母さんは、どこへ行ったか分からんかったんだ。家に戻って、あいつがいなかったからな」
ガルは頷いた。いつもなら、弟が何をしでかしたか面白そうに話す。その顔が今日は、幼い弟を見失った母のことを思い出して曇っていた。
父親はドランへ顔を戻した。
「今日も、こいつ一人で持ってこられたんだが……」
誰も、一緒に来るほどの道ではないと笑わなかった。
帰り際、ガルが戸口でポルフィラへ振り向いた。
「またな」
「うん」
二人が家を出ると、ガルは父親と並んで歩いていった。小さなころから何度も通った道なのに、父親は曲がり角で一度足を止め、先を確かめていた。
ミレアは戸を閉め、布の下から紙を取り出した。
「これ、明日には返すのね」
「ああ」
ドランは折り目に沿って紙を畳んだ。
「助かったよ。父さんだけでは、確かめようがなかった」
覚えた字が父の役にたった。ポルフィラは微笑んだ。




