第43話 種を残すために
城へ戻ったクラウス・ヴェルディアを待っていたのは、領内の村々から届いた報告だった。机の上に重ねられた紙を読むうち、レオノーラから聞いた王領の村の話がよみがえった。村人は植えるための種まで差し出した。それでも王家は、反抗した村を罰したのだと告げていた。
次に植えるものまで奪われて、あの村の人々は何を頼りに生きればよかったのか。
クラウスは読み終えた紙を脇へ置き、報告に来た役人へ顔を向けた。
「これで全部か」
「まだ返事の届いていない村があります。遠いところへは、知らせを持たせた者も戻っておりません」
王家の通達とともに、不足があれば早く申し出るよう伝えさせていた。だが、返事のある村からも、納付の量について願いはほとんど来ていない。
役人は机の端に目を落とした。
「昨年、収穫の少なかった村からも、今年も定めの量を納めるとだけ返っております」
クラウスは、その村の報告をもう一度手に取った。短い返事のどこにも、村にどれだけ残るかは書かれていなかった。不作だった村が、急に困らなくなったとは思えない。
「種を残せるか、確かめてくれ。足りないと言い出せずにいるのかもしれん」
「王領のことを恐れているのでしょう。ただ、こちらから尋ねれば、納付を減らせると受け取る者もいるかと」
「減らせるかは、量を知ってから考える。黙って納めさせたあとで、植える種がないと分かっても遅い」
そう言って立ち上がると、椅子の背に掛けた外套が床へ滑った。拾おうとした役人より先に腕を伸ばし、緑の布を肩へ掛ける。
「城の倉を見たい。備蓄を預かる者を呼んでくれ」
*
倉の戸が開くと、乾いた麦の匂いがした。
壁際に積まれた袋は、クラウスの肩より高くまで重なっている。領内から集められた麦だった。王都へ送る分、城や領内で使う分を分けて置いていると、倉を預かる家臣が説明した。
クラウスは袋の間を進み、奥に並んだ小さな袋の前で足を止めた。
「これは」
「村で種が足りなくなったときのために、別に残している麦です」
家臣が口を開いて見せると、よく実った粒が現れた。クラウスはひとつかみ取り、掌の中で転がした。食べればなくなる。土へ播けば、また麦になる。その違いを王弟に訴えた者は、殺された。
粒を袋へ戻すまで、家臣は黙って待っていた。
「ここにあるものから、村へ渡せる分を出したい」
家臣の目が袋へ戻った。
「まだ返事の届いていない村もございます。ここにある量で足りるかどうか」
「村ごとに必要な量を確かめてくれ。足りなければ、その分も用意しなければならん」
後ろにいた役人が、ためらいながら口を挟んだ。
「納付が足りないと取り立てられれば、村人はこの種まで差し出してしまいませんか。逆らえば殺されると思っているはずです」
クラウスは役人へ向き直った。灰色の瞳を受け、役人がわずかに顎を引く。
「荷を集める者にも命じておく。この種は畑に播くために渡す。納付として取り上げてはならんと。村にも、その命令を伝えろ」
「王都へ送る量は、どうなさいますか」
家臣の問いに、倉の中が静かになった。城の麦を村へ出せば、ここに残る分は減る。村の種を守っても、王家から求められる量が変わるわけではない。
クラウスは、王都へ送る袋を見た。
「不足をほかの村へ回すことはしない。まず、領主の取り分から補える量を出してくれ。それでも足りなければ、買い入れに使える金を確かめる」
「その金を使えば、ほかの支払いにも影響が出ます」
「分かっている。だから、今ここで量を確かめたいんだ」
家臣は口を閉じたが、クラウスも、麦を買う金が簡単に出せるとは思っていなかった。兵や家臣への支払いを滞らせるわけにはいかない。どこから捻出できるか、帳面を見て確かめる必要がある。それでも、村人に種まで納めさせて済ませることだけは、したくなかった。
家臣が袋の数を確かめに行くと、役人が声を落とした。
「殿。村をかばっていると、王家に申し立てる者もおります」
クラウスには、王都の庭で広げられた白い翼が見えた気がした。あの一頭より強い黒い天馬を、国王は持っている。自分の城の空には、父が生きていたころのような翼はなかった。
それを知らずに言っているのではない。
「何をしたかは、隠さず残しておけ。種を渡した村と量、王都への不足をどこから補ったかもだ」
「王家へも、お伝えになるのですか」
「問われたら、私が答える。次の収穫を失わないためにしたことだと」
役人は頷いたが、表情は晴れなかった。その顔を見て、クラウスも軽く言い切りすぎたと思った。事情を説明すれば聞き入れられる相手なら、王領の村は失われなかった。
しばらくして、家臣が戻ってきた。
「すぐに出せる分はございます。必要な量が分かった村から、荷を用意いたします」
「ああ。ほかの村からの返事を待たずに届けてくれ」
家臣が袋を運ぶ者を呼びに出ていくと、開いた戸の向こうで、城の緑の旗が風を受けた。縫い取られた天馬の翼が、布の動きに合わせて広がる。
旗には今も天馬がいる。その下で村を守るのは、翼を持たない自分たちだった。
クラウスは倉の入口で役人を引き止めた。
「申し出た村を、納付を嫌がる村として記すな。何を残せば畑を続けられるのか、そこを聞いてくれ」
役人は今度は顔を上げて返事をし、家臣のあとを追った。倉の奥では、村へ送る袋が積み直され始めていた。




