第41話 知らせの届いた日
ポルフィラが薪を抱えて家へ入ろうとしたとき、道を来る管理者の姿が見えた。いつもの帳面の上に、封を切った書状を重ねている。鍛冶場から出てきたドランに、村長と各家の大人を集めてほしいと頼む声を聞き、ミレアも薪を下ろした。
「何かあったのですか」
「王家から、村々へ伝えるよう命じられた知らせだ」
*
村長の家の戸口には、入りきらない大人たちが立っていた。両親の後ろにいるポルフィラからは、ガルと父親、セラと母親の姿も見えた。話し声が収まるのを待ち、管理者が書状を開く。
「王領の村が、命じられた納付を拒み、王家へ手を出したため、処罰された。ほかの村も、命令に背くことのないように」
村長は、管理者が読み終えても紙から目を上げないのを見て、尋ねた。
「どのような罰を受けたのでしょうか」
管理者は戸口の者たちまで見渡した。
「王弟殿下が天馬を率いて村を壊滅させ、生き残ったのは三人だけだと伝えられている」
何人かが言葉にならない声を漏らした。しかしそれ以外は誰もかれもが息をするのも忘れ凍りついていた。
三人しか残らない村を、ポルフィラは思い描こうとした。ガルの家もセラの家も、人のいなくなった戸口が並ぶ。今、ここに集まっている人たちの顔が浮かび、途中で考えられなくなった。
村長が膝の上で手を組み直した。
「ほかの者は、皆……」
管理者は答えず、書状を畳んだ。セラの母親が娘を引き寄せるのが見えたとき、ポルフィラの手にも母の指が触れた。握ってくれる手が冷たくて、ポルフィラは両手で包んだ。
ドランが感情をおさえた声でたずねた。
「王家へ手を出したというのは、何をしたのですか」
「この知らせには、詳しいことまでは書かれていない」
「ただ、私たちの領の役所から別に事情が伝えられた。不作で、全部納めれば次にまく種までなくなる村だったそうだ。種を残せるよう、納付を減らすか、待ってほしいと願い出ていた」
ガルの父親が、管理者を見つめた。
「来年の畑を作るために残したのですか」
「そう聞いている。食べる分も残していたが、種を渡してしまえば、次の収穫ができなくなる」
父親は膝へ両手を押しつけた。
「畑だけあっても、種がなければ……」
ガルが父の方へ顔を向けた。ポルフィラも、そのあとの言葉を待ったが、ドランは口を閉じてしまった。戸口から、別の男の声がした。
「次も納めるために残したのではありませんか。それまで、逆らったと言われるのですか」
管理者の指が、書状の折り目を押さえた。
「………その願いは、認められなかった」
種を選び、湿らないように保存し、まく時期を待つ。ポルフィラが小さいころから見てきた仕事だった。あの村の人たちも同じことをしていたのに、来年の畑を守ろうとして殺された。
母の手を握る指へ、力が入った。
戸口の女が、隣に立つ女へ寄り添った。
「子供もいたでしょうに」
囁いたつもりの声が、部屋の奥まで聞こえた。管理者は顔を伏せかけ、もう一度上げた。
「領主が会った生存者の話では、子供は家の中にいた」
「家に、いたのに……」
セラの母親が言いかけ、娘の腕を抱え直した。セラも母の手へ自分の手を重ねている。
ポルフィラは、ミレアのそばへ寄った。怖いことがあれば父と母のいる家へ帰ればよいと思っていた。その村の子供たちも、そう思ったのではないか。
父を見上げると、ドランは歯を食いしばっていた。娘に気づいて口元を緩めようとしたが、うまくいかなかった。ポルフィラは目を伏せ、母の手を握り続けた。
管理者は別の紙を取り出した。
「納付が足りなくなりそうなときは、期限を過ぎる前に知らせてほしい。領主から、役所へ早く事情を上げるよう指示が出ている」
村長はゆっくり頷いたが、ガルの父親は身を乗り出した。
「そうすれば、減らしてもらえるのでしょうか」
「必ず認められるとは、私からは言えない。だが早く分かれば、役所も対応を考えられる。届いた願いは私が伝える」
戸口の男は口を開きかけ、隣の妻を見て黙った。その村も、先に願い出ていた。そのことは、部屋にいる誰もが聞いていた。
雨の降らない年も、作物が病気になる年もあった。土を耕し、手を掛けても育たないことはある。家に残してきた仕事があるのに、大人たちは話が終わっても立ち上がろうとしなかった。
*
外へ出ると、ガルとセラはそれぞれ親と帰っていった。ポルフィラも両親について歩きかけたが、書状をしまう管理者を振り返る。ミレアが足を緩めると、ポルフィラは手を繋いだまま尋ねた。
「天馬は、本当にいるんですか」
管理者は顔を上げた。ドランも足を止め、ポルフィラを見た。
「逆らったら天馬が来るって、小さいころから聞いていました。でも、誰も見たことがないから……」
言い終える前に、管理者が身体をこちらへ向けた。
「いる。王家にも、ほかの家にも、加護を持つ者と繋がる天馬がいる」
怖がらせるための嘘だと言ってほしかった。
ポルフィラは母の手を引き寄せた。どんな姿かも分からない生き物が、家も家族もなくしてしまう。それを、種を残した人たちのところへ王家が解き放った。考えるほど腹の底が熱くなるのに、それ以上言葉が出てこなかった。
管理者がドランへ目を向けた。
「今日は、家で一緒にいてやってくれ」
ドランは礼を言い、妻と娘を連れて歩き出した。まだ聞きたいことはあったが、管理者もその村を見たわけではない。振り返るのをやめ、父の歩く背中を見た。
道の脇で母親を待っていたトーマの妹が、こちらに気づいた。手を上げかけたところへ母が駆け寄り、その小さな身体を抱き寄せる。その様子を見つめるトーマのそばで、母親は娘を離さなかった。
ポルフィラは声を掛けずに通り過ぎた。
*
ドランは家へ戻ると鍛冶場の火を落とした。今日中に直すつもりだった道具を脇へ寄せ、娘には、残りは明日にすると言った。
ポルフィラは母と食事の支度をしたが、切った野菜を前にしたまま、手が止まっていた。気づいたミレアが籠を引き寄せる。
「こちらは私がするわ。少し座っていなさい」
「一緒にいたい」
母はポルフィラの顔を見てから、棚の方へ目を向けた。
「じゃあ、椀を出してくれる?」
椀を抱えて戻ると、鍋からいつもの煮物の匂いがしていた。父が部屋へ入ってくる足音に顔を上げ、ようやく少し息をついた。
食事のあいだも話は少なかった。片づけが済んでも鍛冶場へ戻らない父に、ポルフィラは尋ねた。
「その村の人たち、どうすればよかったの?」
ドランは食卓へ置いた手を握り、すぐには答えなかった。
「種まで納めたら、来年の畑を作れん。残せば命令に背いたと言われる。どうしろというのか、父さんにも分からん」
娘へ伸ばした手が、途中で止まった。
「おまえたちを守るためにできることは、何でもしたい。だが、その村に父さんがいても守れたとは……言えん」
ミレアが夫の手へ触れた。ポルフィラは二人を見て、膝の上で指を握った。
「それなのに、悪いことをした村みたいに言われるんだね」
「王家からの知らせは、そうだったな」
種を残した理由も、家にいた子供のことも、王家からの知らせにはなかった。殺されたうえに、あの村の人たちは王家に逆らった者になっている。
「そんな言い方、ひどいよ」
声が震えるのが悔しかった。怒っているのに涙が出そうで、ポルフィラは俯いた。母が肩へ手を回してくれると、その腕へ寄りかかった。
ミレアは娘の背を撫でながら言った。
「今日聞いたことを、覚えておきましょう。あの人たちは、また種をまいて、暮らしていきたかったのよね」
ポルフィラは頷き、しばらくして顔を上げた。
「残った三人の人たちは、これからどうするのかな」
ミレアは娘の髪へ触れた。
「まずは、怪我を治してほしいわ」
窓の外で足音がすると、父も母も戸口を見た。隣の家の夫婦が話しながら帰っていく声だと分かってから、ドランが立ち、戸を確かめた。
ミレアは娘のそばに残っていた。ポルフィラは戻ってくる父を見て、母の腕から離れずにいた。三人とも家の中にいる。それでも、今日はその家が自分たちを守ってくれるとは思えなかった。




