第36話 赤い旗の城
ポルフィラがリナから聞いたことを伝えると、ドランは修理を待つ道具を見に行った。
「寒くなる前か。それなら、先に直しておこう」
昨夜、両親は仕事の記録について話し合い、家の中で書いて、使ったあとには本と同じように隠しておくことを認めてくれた。
ミレアは戸口から外を確かめ、娘の隣へ座った。
「お父さんが決めたことも、書いておく?」
ポルフィラはうなずき、リナの名前と、直す物を書いた。長い文章にはせず、自分が読み返して分かるだけの言葉を残した。
ドランが、向かい側からのぞき込んだ。
「何て書いた?」
ポルフィラは木片を見ながら答えた。
「リナの家の道具。寒くなる前に使うから、先に直す」
父はうなずき、もう一度その木片を見た。
「それを見れば、あとで母さんにも伝えられるな」
ポルフィラはうなずいた。
「うん。私が読むよ」
ミレアが、膝に広げていた布を畳んだ。
「私が預かった物も、家へ戻ってからあなたに話すわ。鍛冶場には持っていかないようにしましょう」
ポルフィラは、もう一枚の木片を取った。
「母さんが昨日預かった物も書く?」
ドランが顔を上げた。
「それは今朝、直して渡してきたぞ」
ポルフィラは手を止めた。もう済んだ仕事まで、これから直す物と一緒に書こうとしていた。
「じゃあ、いらないね」
ドランは少し笑った。
「渡したことも書いておけば、あとで確かめられるな。読んで聞かせるときは、まだ直していない物か、もう渡した物かも教えてくれ」
ポルフィラは、もう一枚に今朝直して渡した道具のことを書き、これから直す物の記録とは分けて置いた。
修理そのものはできなくても、父が頼まれた仕事を忘れないように手伝うことはできる。次に書く物があるときも、自分が読み返して両親に伝えようと思った。
*
それから数日後、王都の城に、七つの領地を治める者たちが集まった。
赤い地に天馬をあしらった旗が、正面の大きな窓の上に掛かっている。高い天井を支える柱の間を、書類を抱えた役人が行き来し、広い机には領地ごとの報告が並べられていた。
レオノーラ・オランデルは、机の向こうに座る国王を見た。
ヴァルテル・ルベリオンは、淡い金髪を後ろへなでつけた男だった。細くまっすぐな鼻筋と、引き締まった顎が、整った顔に冷たい印象を与えている。薄い青の瞳が報告を追う間、ほかの者たちは声を落として待っていた。
東部の水運についての報告を終えたロデリク・アズレインが、書類を役人へ渡した。短く刈った淡い金髪と、日に焼けた頬が目を引く。引き締まった顎を上げ、青灰色の瞳を国王へ向けた。
「船へ積む荷は、各地の倉に揃っています。出航前に、量をもう一度確かめさせます」
ヴァルテルがうなずくと、ロデリクは席へ戻った。各地から納める物の話が一段落したところで、レオノーラはクラウスの書状を机へ出した。
「村の職人を町へ呼ぶ件について、確かめておきたいことがあります」
ヴァルテルが顔を上げた。
「ヴェルディアからの報告か」
クラウスが答えた。
「はい。倉の扉を直すため、村から二人を呼びました。修繕は済みましたが、その間、村の仕事が止まっています」
ヴァルテルが尋ねた。
「納付には、間に合ったのだろう」
クラウスは答えた。
「期限を延ばして、間に合わせました。ただ、戻った者に、倉の仕事と村の仕事の両方をさせたことになります。今後は、村で納める量も調整してから呼ぶつもりです」
ヴァルテルは書状に目を落とした。
「町で使うたびに、村の納付を減らすのか」
レオノーラが口を開いた。
「村で働くはずだった日を、町で使うのです。どちらの仕事も同じだけさせるなら、その者だけ負担が増えます」
ヴァルテルはクラウスへ顔を向けた。
「村に残った者で補うことはできないのか」
クラウスは国王を見た。
「鍛冶のできる者が一人しかいなければ、残った者では直せません」
「そのために畑の仕事まで遅れれば、別の納付にも影響します」
インディル家のテオバルト・インディルが、白に近い金髪の下で眉を寄せた。細い頬と目元には深いしわがあり、机に置く手の動きはゆっくりだった。
「町の職人が足りないたびに村から呼ぶのでは、同じことが続きます。町で修繕を担う者を増やすことも、考える必要があるでしょう」
ヴァルテルはテオバルトを一瞥し、椅子の肘掛けへ手を置いた。
「それなら、領内で調整しろ。ただし、王都へ納める分まで減らしてよいとは言っていない」
クラウスは唇を結び、うなずいた。
南西のヴィオレスタ領を治めるリュシエンヌ・ヴィオレスタが、彼へ顔を向けた。銀に近い淡い金髪を首の後ろでまとめ、細い眉の下から灰青色の瞳が静かに相手を見る。整った小さな口元は、ほほ笑んでいるようにも見えた。
「クラウス、村の納付を減らして、足りない分はどこから出すの? こちらへ同じやり方を求められても、簡単には引き受けられないわ」
クラウスは彼女を見た。
「いま、そちらの領地に何かを求めているわけではない。まず私の領地で調整する」
リュシエンヌは答えを聞くと、国王へ目を戻した。
レオノーラは、書状の端へ指を添えた。職人を出した村の納付を減らしても、王都へ届ける量は変わらない。不足した分をほかの村に納めさせれば、今度はそちらの村人に余分な仕事をさせることになる。
「王都から職人を求める場合も、同じように村の仕事を確かめていただきたいのです」
ヴァルテルの目が彼女へ向いた。
「今は、おまえたちの領内の倉の話だろう。王都の仕事にまで話を広げる必要はない」
レオノーラは答えた。
「今後、必要になった場合のことです」
ヴァルテルは書状を机へ戻した。
「必要になれば、そのときに話せ」
「町で働かせるにも、竜の民を嫌がる者は多い。騒ぎを起こさせぬよう、行き来と作業する場所は限っておけ」
レオノーラは国王から目をそらさなかった。
「働きに来た者へ、町の者が暴力を振るう場合もあります。その扱いも、見過ごせません」
ヴァルテルがクラウスへ尋ねた。
「それで、修繕が遅れたのか」
クラウスは答えた。
「今回、暴力の報告は受けていません。次に呼ぶ場合は、係の者に、罵りや暴力を禁じる命令も伝えます」
ヴァルテルは眉を寄せた。
「人を招くのとは違う。あれらを使うために、そこまで町の者を縛る必要があるのか」
アウレリス家の当主、ユリウス・アウレリスが、椅子に深く腰を掛けたままうなずいた。ふっくらした頬の上で、細い目がレオノーラへ向く。
「同じ部屋に入れるだけでも嫌がる者がいる。人と同じ扱いを求めれば、町の者のほうが不満を持つだろう」
レオノーラは書状を押さえる指に力を込めた。国王もユリウスも、竜の民が傷つけられることを問題にしていない。
「呼びつけて仕事をさせる相手です。町の者が嫌がるからといって、殴ってよいことにはなりません」
ユリウスは口元をゆがめた。
「ずいぶん、あれらを気に掛けるのだな」
クラウスが、レオノーラに続いて口を開いた。
「鍛冶のできる者の腕を傷つければ、倉の修繕も、村での農具の修理もできなくなります。納付に支障を出さないためにも、働ける身体で帰す必要があります」
ヴァルテルは、しばらくクラウスを見た。
「使い物にならなくなれば、こちらも困る。係に見張らせるのは、そういうことだな」
国王は机の書類へ手を伸ばした。
「ただし、町の者から離しておけ。命令に背けば罰することも忘れるな。竜の民に、身の程を誤らせるなよ」
ユリウスが満足そうにうなずいた。返事を待たず、国王は次の報告を手に取った。
レオノーラは膝の上で手を握った。クラウスは、納付への支障を口にして、ようやく国王の言葉を引き出した。傷つけられる者の痛みを訴えるだけでは、取り合ってもらえない。
そばにいた役人が書状を集めようとしたとき、彼女は自分の手元へ引き寄せた。
「これは、持ち帰ります」
会合のあと、クラウスと話しておかなければならなかった。村人をさらに働かせずに、王都へ納める量をどう確保するか。国王が次の報告を読み上げる声を聞きながら、レオノーラは書状を折り畳んだ。




