第32話 私のもの
夏が過ぎ、畑で収穫した物を運ぶ日が増えた。ポルフィラは鍛冶場を手伝うかたわら、母と家の仕事をし、夕方には父と文字を学んだ。ドランはまだ短い言葉しか読めなかったが、娘の名前も、自分で書けるようになっていた。
友達と本を読む時間は、以前より少なくなった。それぞれに家の仕事があり、親が許す日も違う。それでも、会えたときには続きを読み、分からないところを一緒に考えた。石板の写しは、両親がしまったままだった。
ある朝、ミレアは娘の長い黒髪を束ねていた。顔にかかっていた髪を払うと、すっきりとした眉と、整った横顔が現れる。幼いころの頬の丸みは薄れ、伏せたまつ毛の下には、黒く見える瞳があった。
ポルフィラが窓へ顔を向けると、朝の光を受けた瞳に深い紫が見えた。光が外れると、また黒く見える。ミレアは、その静かな美しさに、娘が大きくなったことを改めて感じた。
「今日で、あなたがうちへ来て十五年になるのね」
生まれた日は、両親にも分からない。その代わりに、家へ来た日を毎年祝ってくれていた。いつもは楽しみだったその日が、今年は少し違った。
「これからは、私も一人分に数えられるんだね」
ポルフィラが言うと、ミレアは髪を結び終えた。
「ええ。でも、昨日できなかったことを、今日から全部できるようになるわけではないわ」
ポルフィラはうなずいた。
*
昼前、管理者が来て、ドランと話をした。ポルフィラが十五歳になったことを帳面へ記し、今どの仕事をしているか確かめる。
ドランは、運搬や道具の仕上げを手伝っていることを説明した。
「鍛冶を一人で任せられるわけではありません。そこは、前にもお伝えしたとおりです」
管理者はうなずき、娘へ顔を向けた。
「父親がいないときにも、一人で修理を受けているのか」
「いいえ。預かって、父に見てもらっています」
管理者は書き足してから帳面を閉じた。納める物をどれだけ増やすかは、役所が決めるという。
ポルフィラは、閉じられた帳面を見た。自分の名前も、父の説明も書かれている。読めるようになった今も、その内容を見せてほしいとは言えなかった。
*
その晩、食事が済むと、ドランが棚の奥から小さな布包みを取り出した。ポルフィラはすぐに分かり、椀を置いた。
父が布を開く。黒い石の縁に、灯りを受けた紫色が見えた。
「これを、おまえに渡そうと思う」
ポルフィラは父を見た。
「私が持っていていいの?」
「ああ。もともと、おまえのものだ」
ドランはミレアへ目を向けた。妻は、小さな袋を食卓へ置いた。
「失くさないように、中へ入れておける物を作ったの。服の内側に付けられるから、人には見えないわ」
ポルフィラは石を手に取った。以前持たせてもらったときと同じように、少し冷たい。指で包むと、黒い部分はほとんど隠れた。
「あの人は、これを私が持っていなければならないって言ったんだよね」
ドランがうなずいた。
「今は俺たちに預けたいとも言った。いつ渡せとは聞いていない。だから母さんと相談して、おまえが成人する今日にした」
ミレアが娘のそばへ座った。
「あなたのために託された石だから、これまで大事に預かってきたの。これからは、あなたが持っていてもいいと思ったのよ。大切にしてね」
ポルフィラは石を袋へ入れた。母に付け方を教わり、服の内側へ収める。外から触れると、小さな硬さがあった。
「父さん、母さん。ありがとう」
ドランは、袋を入れたところを確かめる娘を見守った。
「分からないことばかりで、気になるよな。父さんも、もっと話してやれたらいいんだが……。聞きたいことがあったら、いつでも聞いてくれ。すぐに答えは出せなくても、一緒に考えよう」
ポルフィラは父を見てうなずき、服の上に置いていた手を下ろした。
「私を連れてきた人にも、会えたら聞きたい。どうして、これが私のものなのか」
両親は黙った。その人が今どこにいるのか、二人にも分からない。
ミレアが答えた。
「そうね。私たちも、聞きたいわ」
ポルフィラは母を見た。自分だけが分からないのではなかった。十五年間石を守ってくれた二人も、答えを知らずにいた。
父は娘の椀を取って、重ねた食器の上に置いた。
「今日は、もう休もう。明日も仕事がある」
ポルフィラは席を立った。歩くと、服の内側の袋がわずかに動いた。石を持ったからといって、自分が誰の子なのか分かるわけではない。それでも、あの夜から自分と一緒にあった物が、今は自分の手元にある。
寝床に入る前、彼女は袋の留め具を確かめた。




