第30話 三日ぶりの家
巡察から五日後、管理者が鍛冶場へ来た。ドランは、その手にある紙を見て仕事を止めた。
「倉へ行く者は、おまえとガルの父親に決まった。明後日、私が連れていく。三日で直す予定だが、終わらなければ帰れない」
管理者は紙を畳んだ。
「納める道具の期限は三日延ばす許しが出た。泊まるのは倉の敷地内の小屋だ。向こうでは係の指示に従ってくれ」
ドランは作りかけの道具を見た。
「あなたも、修繕が終わるまで倉にいるのですか」
「いや。案内はするが、修繕の間は付いていられない」
ドランはうなずいた。扉を見なければ、三日で直せるかも分からない。だが、行くかどうかを尋ねられたのではなかった。
*
その晩、ミレアは持たせる食べ物を包みながら、夫に言った。
「無理なことを言われても、言葉には気をつけて。村で修理を頼みに来る人とは違うのよ」
ドランはうなずいた。向こうでは、必要な説明さえ口答えと受け取られるかもしれない。
「分かっている。だが、危ないやり方を命じられたら、理由は伝えないとな」
ポルフィラは父のそばへ寄った。
「私にできること、ない?」
「母さんを手伝ってくれ。修理を頼みに来た人には、帰るまで待ってもらうんだ」
ドランは娘の肩に手を置いた。
「おまえが代わりに直そうとしなくていいからな」
「うん。父さんも、無理しないでね」
翌日、ガルの父親が道具を持って来た。ついて来たガルは自分も木を運べると言ったが、父親は首を振った。
「勝手に一人増やして行ける所じゃない。家で母さんと弟を頼む」
ガルは黙り、父の鋸を布で包むのを手伝った。
*
出発の朝、ドランは道具袋と、食べ物や着替えの包みを持った。ミレアとポルフィラに見送られ、ガルの父親と管理者の後を歩き始めた。
三時間ほどで、町の建物が見えてきた。管理者は店の並ぶ通りへは進まず、倉の裏手へ曲がった。
柵の戸口で待っていた天馬の民の係が、二人を見た。
「荷はあの小屋へ置け。まず扉を見ろ」
倉の重い扉は片側が下がり、下の端には地面を擦った跡があった。ドランが近づくと、係は身を引いた。
ガルの父親が木枠を確かめ、ドランは扉を支える金具を調べた。少し動かすだけでも引っかかる。下から支えずに金具を外せば、扉ごと倒れかねなかった。
ドランは係へ向き直った。
「先に扉を支える木が必要です。使ってよい物はありますか」
係は倉の脇を指した。
「そこにあるだろう」
積まれていたのは薄い板だった。ガルの父親が一枚を持ち上げ、ドランに見せた。二人の目が合った。
「これでは重さに耐えられません。もっと太い木を使わせてください」
ドランが言うと、係は眉を寄せた。
「持ってきた道具で直せないのか」
「道具だけでは、扉を支えられません。外す前に支えておかないと、扉が倒れて、木枠まで壊れるおそれがあります」
係は扉を見た。ドランは返事を待った。言い方が気に障れば、何をされるか分からない。それでも、木がなければ安全に金具を外せなかった。
「……待っていろ。聞いてくる」
係は柵の戸を閉め、倉の表へ回っていった。
太い木が運ばれてきたのは、昼を過ぎてからだった。二人は扉を支え、傷んだ金具を外した。ガルの父親が木枠を直す間に、ドランは倉で用意された炉を使って金具を打ち直した。
作業をしていても、係はそばを離れなかった。水を飲みに小屋へ戻るにも、一声掛けなければならない。日が暮れると小屋へ入れられ、扉の外で柵を閉める音がした。
持ってきた食べ物を分けながら、ガルの父親が尋ねた。
「間に合いそうか」
「ああ。金具は明日には付けられる。あとは、扉がきちんと動くか確かめないとな」
村に残した家族のことは、二人とも口にしなかった。話せば、今すぐ帰りたくなる。ドランは残りの食べ物を包み直し、明日のために横になった。
*
三日目の昼、扉は地面に触れずに開くようになった。二人は何度も開け閉めし、重さが一方の金具にかかっていないことを確かめた。
係も自分で動かし、初めてドランたちへ顔を向けた。
「直ったな」
「道具を片づけろ。帰す手続きをする」
それを聞いて、ガルの父親が大きく息を吐いた。ドランも道具を袋へ戻し始めたが、片づけ終わっても、すぐには出られなかった。
倉の担当者が修繕を確かめ、帰る許しが出たころには、管理者が迎えに来ていた。係は二人が寝ていた小屋を調べ、荷を持たせて柵を開けた。
「途中で町へ寄るな」
言われるまでもなく、寄るつもりはなかった。
管理者が二人へ尋ねた。
「仕事は、予定どおり済んだのだな」
ガルの父親が答えた。
「はい。ただ、材料を頼んでも、すぐには使えませんでした。必要な物がそろわなければ、三日では終わらなかったと思います」
管理者はうなずいた。
「それは報告しておく」
ドランは、修理した扉を思い出した。直せたのは確かだった。だが仕事ができると知られれば、また呼ばれるのだろうか。帰れる喜びの中に、その不安が残った。
*
家に着いたとき、窓には灯りがともっていた。ドランが戸を開けると、食事の支度をしていたミレアが振り向いた。
「帰ったのね」
「ああ。遅くなった」
ポルフィラが父のところへ駆け寄った。ドランが荷を下ろす前に腕へしがみつく。娘の髪が頬に触れ、三日間張りつめていたものが、ようやくほどけた。
ミレアは夫の顔を見てから、椀をもう一つ出した。食卓についたドランは、倉であったことを二人に話した。
ポルフィラは、係が小屋の外から柵を閉めたというところで、父を見た。
「仕事が終わっても、外へ出られなかったの?」
「ああ。寝る小屋も、修理する倉も、決められていた。それ以外の所へは行けなかった」
「呼ばれたから行ったのに……」
ドランは娘の言葉にうなずいた。修理ができるから呼ばれても、人として扱われるわけではなかった。それを、娘に隠して話すことはできなかった。
ミレアが食べ終えた夫へ言った。
「今日、管理者さんから本が戻ってきたの。巡察が済んだからって」
「また、読んでもいい?」
ドランはミレアを見てうなずいた。
「ええ。これまでと同じように、外から見えない所でね。皆と読むことは、それぞれのお父さんやお母さんに確かめてからよ」
ポルフィラは本を開いた。久しぶりに見る文字を、一文ずつ声に出さずに読んだ。つかえずに最後まで読めると、父へ顔を向けた。
「忘れてなかった」
ドランは娘の隣に座った。
「俺にも、少し教えてくれないか」
ポルフィラは目を丸くした。
「父さんに?」
「ああ。自分の名前から覚えたい」
ドランは本に並ぶ文字を見た。
「倉では、俺がした仕事も、帰っていいかどうかも、紙に書かれていた。何が書いてあるのか、俺には分からなかった」
娘はしばらく父を見ていたが、やがて木片を取りに立った。戻ってくると、父の名前を大きく書き、その横へ木片をもう一枚置いた。
ドランは娘の書いた字をまねた。ポルフィラは急かさず、父が一字を書き終えるのを待った。
ミレアは戸が閉まっていることを確かめ、二人のそばへ腰を下ろした。




