第28話 本を返す日
二日後、管理者が村へ来てドランへ来月の巡察を知らせた。
「二人来る。畑と仕事場を見て、作っている品や働く人数を確かめるそうだ」
「何か、納めた物に問題があったのでしょうか」
「おまえの村だけではない。この近辺の村を順に回る。納付の割当てを変える必要があるか、現場を見て決めるのだという」
管理者は、倉の修繕を任せられる職人も調べるそうだと付け加えた。ドランが町へ呼ぶということか尋ねると、まだ誰を呼ぶかは決まっていないと答えた。村へ運んで直せない、建物に取り付けた扉と金具の修繕だという。
管理者が入口へ目を向けた。近くに人がいないことを確かめてから、声を落とす。
「もう一つ、話したいことがある。本のことだ」
ドランは手を止めた。
「調べに来る者が、どこまで見るかは私にも分からない。仕事場や、品を置いている場所には入ると聞いている」
道具や作物の置き場所は、家の暮らしときれいに分かれているわけではない。
「今のうちに、別の所へ隠した方がよいのですね」
管理者は首を振った。
「村の中で移しても、そこを見られるかもしれない。いったん、私に戻してくれ」
ドランは顔を上げた。
「あなたが預かってくださるのですか」
「私の家なら、教科書があっても咎められない。村に置いておくよりはよいだろう」
同じ本でも、置かれている家が違えば罪にはならない。
ドランはうなずいた。
「妻と娘に話して、持ってきます」
管理者が続けた。
「字を書いて練習した物があれば、それも片づけてくれ。本だけなくしても、読んでいたと分かる物が残れば危ない」
「ほかの親たちにも伝えます」
「頼む。巡察の日が決まるまで待たない方がいい。」
ドランは、管理者が言葉にしなかった先を考えた。
「分かりました。今日、戻します」
*
家へ入ると、ポルフィラはミレアと干した薬草を分けていた。父に声をかけられて、二人とも手を止めた。
ドランは戸を閉め、巡察の話をした。管理者が本を引き取ると伝えると、ポルフィラは包みをしまっている場所へ目を向けた。
「もう、読めないの?」
「ああ。しばらくは、本を出せん」
「いつまで?」
ドランは娘のそばへ座った。
「それは、まだ分からん。巡察が終わっても、すぐ戻してもらえるとは約束できない」
ポルフィラは父を見つめた。仕事を終えて本を開く時間を楽しみにしていた。友達が来られない日にも、一人で読んだところを、次に会ったときに話したかった。
「来る日だけ、隠すんじゃだめなの?」
父は首を振った。
「日が変わるかもしれんし、急に誰かが来るかもしれん。見つかってからでは遅いんだ」
ミレアは分けかけの薬草を籠へ戻した。
「せっかく読めるようになったのにね。でも、見つかったら、あなたたちを守れないかもしれないの」
「捨てるんじゃないよね」
ドランはすぐに答えた。
「捨てん。管理者が家で預かってくれる」
ポルフィラは立ち上がり、教科書の包みを取り出した。布を開くと、何度もめくったページの端が見えた。読めない字を探し、友達と頭を寄せた本だった。
父へ渡す前に、表紙を一度なでた。
「みんなにも、教えてくれる?」
「ああ。今日のうちに、父さんから家の人に話す」
娘は包み直して差し出した。ドランは両手で受け取り、ミレアへ顔を向けた。
「練習に使っている木片もだ。」
母がうなずき、ポルフィラも自分の使っている物を集め始めた。父に一つずつ渡しながら、今日はもう続きを読めないのだと、ようやく実感した。
*
ドランが戻ると、管理者は鍛冶場で待っていた。本を受け取り、持参した袋へ収める。
管理者は袋の口を閉じ、ドランへ言った。
「娘には、私が預かると伝えてくれ。処分するために持っていくのではない」
「話しました。いつ戻るかを、気にしていました」
管理者の手が止まった。
「……今は答えられん。返せると分かるまでは、約束しない方がよいだろう」
ドランはうなずいた。娘に聞かれたときと同じように、この人にも答えがないのだ。
管理者が袋を持って出ると、ドランは戸口から見送った。ポルフィラも家の入口へ出てきて、本を入れた袋が遠ざかるのを見ていた。
ドランは娘のところへ戻った。
「ほかの家へ知らせてくる。母さんと、残っている物を確かめておいてくれ」
ポルフィラはうなずいた。巡察というものは、まだ村へ来てもいないのに、本を読む時間を奪っていった。
父が道へ出る前に、娘は尋ねた。
「父さん。納める物を変えるって、もっと働かなければならなくなることもあるの?」
ドランは足を止めた。
「ある。どこまで作れるかを見て決めるそうだ。俺たちの事情も、伝えなければならん」
ポルフィラは畑の方を見た。家の仕事が増え、六人で集まる時間は減っていた。今でも父母は、暗くなるまで働く日がある。
何を、どれだけ増やすつもりなのだろう。これ以上、どこに働く時間があるのか、ポルフィラには分からなかった。




