↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブシディオン  作者: 空飛ぶワイン
PR
273/294

第263話 火を吹く山々

山を越えたあとも、旅は続いた。


朝に飛び立ち、夕方には下りられる場所を探す。

広い谷で休む日もあれば、海に浮かぶ小島で夜を過ごす日もあった。

遠くに人の町が見えても、オブシディオンは高い所を飛び、高度を下げなかった。


*


ある夕方、オブシディオンは海沿いの岩場へ下りた。

少し奥には木立があり、その間を小さな流れが通っている。

ポルフィラは地へおり荷をほどき、リャンたちが持たせてくれた食べ物を取り出す。

干し肉を少しずつ噛み、穀物の菓子を食べた。

水を飲んで一息つくと、夕日を受けた海へ目を向ける。

〈たくさん持たせてもらって、助かったね〉


オブシディオンは岩の上へ体を伏せた。

〈まだ残っているのか〉


〈うん。こんなにあるよ〉

ポルフィラが包みを持ち上げると、黒い目がそちらへ動いた。


竜には、一口にもならない量だろう。


夜になって風が冷えると、厚手の上衣を重ねた。

岩陰に敷物を広げ、オブシディオンの体に近い所で横になる。

大きな胴が海風を遮り、ゆっくりした呼吸が聞こえた。


〈もう近い?〉

眠る前に尋ねると、彼は頭を上げた。


しばらく、暗くなった海の先を見ている。

〈あの陸を越えれば、見覚えのある山があるはずだ〉


ポルフィラも起き上がった。

夕方には見えていた陸の影が、今は闇へ溶けている。

〈楽しみだね〉


オブシディオンは、すぐには答えなかった。

それから、低い声が届いた。

〈ああ〉


ポルフィラは上衣の襟を寄せ、また横になった。

彼はまだ、海の方を見ていた。


*


その陸へ渡り、さらに山並みをたどった。

雲が切れたとき、遠くの空に、白いものが立ち上っているのが見えた。

初めは、峰にかかる雲だと思った。

だが、近づくにつれ、山の頂から上がっているのだと分かった。

一本だけではなかった。

右にも、奥にも、煙を上げる山がある。

裾野の向こうへ、さらに高い峰が重なっていた。


〈あそこだ〉

オブシディオンが告げた。


ポルフィラは顔を上げた。

〈あなたの故郷?〉


〈ああ〉


大きな翼が、深く空気を打った。

速度が上がる。

ポルフィラは膝を曲げて中腰になり、角を握ったまま上体を低くした。


山々が、少しずつ大きくなる。

青く霞んでいた斜面に、黒い岩肌が現れた。

裂け目から細い煙が上がり、風に押されて横へ流れている。

オブシディオンは煙を避け、山の手前で緩やかに進路を変えた。

足元には、木々の茂る谷が広がっていた。

川が流れ、その向こうからは、草のない斜面が高くせり上がっている。


ポルフィラは角のそばから辺りを見渡した。

遠い山の頂が、内側から赤く光っていた。

〈あそこも、火を吹くの?〉


〈吹く。昔より、頂が低くなったな〉

オブシディオンが首を向けた。


ポルフィラも同じ山を見る。


彼はその先の峰へも目を向け、翼を傾けた。

〈あの二つに分かれた岩は、まだ残っている〉


それは、谷を挟んだ向こうの尾根だった。

大きな岩が二本、並んで空へ突き出している。


〈覚えているの?〉


〈幼い頃、あの間を飛び抜けようとして、翼をぶつけた〉


ポルフィラは目を丸くした。

〈あなたも、そんなことをしたんだ〉


〈今より、ずっと小さかった〉


思わず、足元の黒い体を見下ろす。

この大きな竜にも、小さな翼で飛んでいた頃がある。

岩にぶつかり、飛び直し、山の向こうへ出ていった日があったのだ。


オブシディオンは、次の谷へ顔を向けた。

普段より、辺りを見ることが多かった。

何百年も前の景色を、今の山々に重ねているのだろう。

ポルフィラは話しかけず、彼と一緒に尾根を越えた。


*


山の陰から、何かが飛び出した。


ポルフィラは角を握り直した。

大きな翼だった。

二度羽ばたき、こちらと同じ高さまで上がってくる。

日に照らされた鱗が、赤銅色に光った。


「竜……!」

声が、風の中へ飛んだ。


長い首と尾。

背に沿って並ぶ硬い突起。

広げた翼の縁には鉤爪があり、後脚は腹の近くへ引きつけられている。

オブシディオンよりは小さかった。

それでも、近づいてくる姿には、思わず息を止めるほどの大きさがあった。

羽ばたくたびに胸が動き、翼の膜を光が透かしている。


生きている、別の竜だった。


赤銅色の竜は二人の前を横切り、大きく回った。

首を伸ばし、オブシディオンの顔へ近づく。

ポルフィラは、その目と合った。

金色の目が見開かれたように見えた。

竜は急に翼の角度を変え、二人から離れた。


〈見つかった〉

ポルフィラは小さく告げた。


〈お前を見ている〉


赤銅色の竜が、もう一度回ってきた。

今度は少し離れた所から、顔を傾けてこちらを見ている。

ポルフィラが手を上げかけると、その目が、動いた腕を追った。


彼女は角へ手を戻した。

〈私、どうしたらいい?〉


〈そのままでよい〉

オブシディオンが、低く喉を鳴らした。

胸から響く音が、足元へ伝わった。


赤銅色の竜も、声を返した。

ポルフィラには、その意味は分からなかった。

ただ、相手の目は何度も、オブシディオンと自分の間を行き来していた。


やがて、オブシディオンの声が届いた。

〈ここで生まれ、長く旅に出ていたと伝えた〉


〈私のことも?〉


〈私と繋がった人間だと話した〉


赤銅色の竜は、まだ彼女を見ていた。

それから体を返し、山の奥へ向かって飛び始める。

少し進んだ所で振り返り、また低い声を上げた。


〈ついてこいと言っている〉


ポルフィラは、彼方の峰へ目を向けた。

赤銅色の翼が、その前を横切っていく。


〈あなたを知っている竜も、いるかな〉


〈会えば、分かる〉

オブシディオンは翼を打ち、後を追った。


*


谷が開けると、山に囲まれた広い場所が見えた。

黒い岩棚が幾段も続き、低い所には木々も茂っている。

その上を、もう一頭の竜が滑るように飛んでいた。


今度は、青みを帯びた鱗だった。


ポルフィラは、言葉もなく見つめた。

尾根の向こうにも、小さな影が動いた。

岩だと思っていた大きな塊が首を上げ、こちらを向く。


竜たちがいた。

翼を広げて飛ぶ者も、岩の上で休む者もいる。


ポルフィラは、手の下の角へ目を落とした。

この場所から、彼は旅立ったのだ。


〈オブシディオン〉

名前を呼ぶと、彼は少し首を上げた。

〈帰ってきたんだね〉


〈ああ〉


黒い翼が、故郷の谷へ大きな影を落とした。

ポルフィラはその上に立ち、顔を上げてくる竜たちを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。