第259話 次の旅へ持っていくもの
王都を発つ朝、ポルフィラはレオンハルトから文箱を受け取った。
中には、封をした返書と、向こうの言葉で意味を書き添えた紙が収められている。
「船の調べは、君が旅をしている間も続ける。次に来るとき、向こうで分かったことも教えてほしい」
「うん。返書も、必ず届けるね」
その先は、竜の故郷へ向かうつもりだと伝えると、レオンハルトは驚いて目を見開いた。
「オブシディオンの生まれた所へ?」
「外の世界を旅して戻った竜なら、弩弓のことも知っているかもしれないと思って」
レオンハルトは、そばで休む黒い竜を見た。
「君から聞いた、火を吹く山々だね」
「うん。いつか行こうって、前から思っていたの」
「では、次に会うときの話が、また増えるな」
彼は笑い、文箱を持つ彼女の手へ目を戻した。
「どうか、二人とも無事で。私たちも待っているよ」
ポルフィラはしっかりとうなずいた。
*
村へ戻ってからも、ポルフィラは二か月ほど家で過ごした。
鍛冶場では、ドランが異国の金属を少しずつ試していた。
ポルフィラの覚えてきた鍛え方を聞き、書き留めた紙を眺めては、火のそばへ戻っていく。
ある朝、試しに鍛えた金属を見せてくれた。
ポルフィラが手に取ろうとすると、大きな掌が先に出た。
「まだ熱い」
「父さん、今、持っていたでしょう」
「父さんも、今気づいた」
水へ入れる音に、ポルフィラは声を上げて笑った。
ミレアに話すと、母は呆れた顔をしながら、夫の指を確かめた。
友達とも、仕事の合間に会った。
リナとトーマの家で食事をし、セラに異国の文字を見せた。シオンの勤め先では、旅で持ち帰った香り草の話をし、ガルには舟の上で覚えた動きを見せた。
オブシディオンに乗って近くを飛ぶ日もあった。
彼が狩りへ出た日は、家で待ちながら、旅の袋を繕ったり、帳面を整理したりした。
マティアスとエステリアにも、次の行き先を伝えた。
そのあとはどこへ行くのかと尋ねられ、ポルフィラは、まだ分からないと答えた。
竜たちに話を聞いてから、オブシディオンと決めるつもりだった。
*
出発の日が近づくと、ミレアは持たせる食べ物の用意を始めた。
ドランは、箱を結ぶ紐を確かめている。
今度は、レオンハルトから預かった贈り物を運ぶ旅だった。
リャンの国から持ち帰った箱でいっぱいだった部屋の片隅に、今は、あちらへ持っていく品が並んでいる。
「向こうでも、荷を下ろすのが大変そうだな」
ドランが言った。
「手伝ってくれる人は、たくさんいるよ」
「そうだったな。あちらには、皇帝様がいる」
ポルフィラが笑うと、ミレアも包みながら笑った。
「陛下に運ばせるつもりではないでしょうね」
「リャン陛下なら、持つと言いそうだけど」
ドランは、娘の話で知った皇帝を思い浮かべたらしく、楽しそうにうなずいた。
「一度、会ってみたいものだ」
ポルフィラも、そうなればいいと思った。
父とリャンが同じ食事の席にいたら、きっと話が終わらない。
*
出発の朝は、よく晴れていた。
草地では、オブシディオンの背へ荷が載せられていた。
翼を動かす所を空け、当て布の上へ箱を分けて結ぶ。
ポルフィラが紐を確かめている間に、友達も見送りに来た。
リゼリアとアドリアンから届いた便りは、親書とは別に袋へ収めていた。
旅の無事を願う言葉を、昨夜、もう一度読んだ。
ポルフィラはミレアを抱きしめた。
「行ってきます」
「ええ。元気でね」
ドランの大きな手が、背中を叩いた。
五人の友達とも挨拶を交わす。
リナは強く抱きつき、離れてから、ポルフィラの服の襟を直した。
「次の土産話も、待ってるから」
「うん。皆の話も、また聞かせてね」
ポルフィラはオブシディオンへ向き直った。
畳まれた翼の付け根から肩へ、ためらわずに上がっていく。
いつもの場所へ立ち、下へ手を振った。
黒い翼が大きく広がった。
村を離れてからも、ポルフィラはしばらく振り返っていた。
朝の光の中に、家々と、草地に立つ人々が見える。
今度はどれほどの旅になるのだろう。
先のことは分からないが、まず届けなければならない物と、会いたい人たちがいた。
〈返書、持ったか〉
オブシディオンが尋ねた。
〈持ったよ。何度も確かめたもの〉
〈ならば、行くぞ〉
ポルフィラは前を向いた。
遠く、海が光っていた。




