第258話 二つの国を結ぶ返書
リャンへ宛てた返書の文面が決まると、ポルフィラはレオンハルトの執務室へ呼ばれた。
机には、清書する前の紙が広げられている。
「友好の申し出を喜んで受けること。航路をこちらでも調べること。それから、使節が来られるようになれば、迎える用意があると伝えたい」
レオンハルトが、書かれた文を指した。
「向こうの言葉に直すのを、手伝ってくれるかな」
ポルフィラは椅子へ座った。
「うん。一つずつ確かめながらなら」
彼女は別の紙へ書き始めた。
王都で覚えた文字の中には、日々の買い物では使わない言葉もある。
リャンから預かった親書の表現を確かめ、意味が違ってしまわないよう、書いた文をレオンハルトへ説明した。
すべてを書き終えるまで、何度か休憩を挟んだ。
最後の行を確かめると、ポルフィラは筆を置いて指を伸ばした。
「よく、毎日こんなに書けるね」
レオンハルトが笑った。
「毎日やっているからね。君が舟の上を歩けるのと、少し似ているかもしれない」
「それなら、私ももっと書けば慣れるかな」
「次に来たら、この国の文字を読みたい人がいるか、聞いてみてほしい。こちらでも、向こうの言葉を学ぶ者を探したいんだ」
「うん。シェンリュカは、きっと見たがると思う」
ポルフィラの返事に、レオンハルトは嬉しそうにうなずいた。
*
数日後、ロデリクから調査の最初の報告が届いた。
彼はまだ王都に残り、海沿いの町へ出した問い合わせの返事を集めていた。
机に並べた地図の一枚を、彼が指す。
「君が故郷へ帰り着く直前に見た島だ。近海の漁師が知っている島と、岩の形がよく似ている」
ポルフィラも写しを覗いた。
「この、浜の端の岩ですか?」
「ああ。まず、実際に確かめてもらう。そこが同じ島なら、その次の島を探すときの目印になる」
まだ、海の向こうまでの距離が分かったわけではなかった。
天馬で渡れるかどうかも、調べはこれからだという。
レオンハルトがうなずいた。
「急がず進めよう。向こうでも調べていることは、返書に添えて知らせる」
ポルフィラは、自分の描いた小さな岩を見た。
浜で休みながら残した絵が、海へ出る人の手に渡る。
次に戻ったときには、どこまで調べが進んでいるだろう。
レオンハルトは、部屋の端に置かれた箱も見せてくれた。
「皇帝一家への贈り物だ。君が持ち帰った品を、こちらの職人たちも感心して見ていたよ。私たちの国の品も、届けてもらいたい」
ポルフィラは箱を見回した。
「リャン陛下と同じことを言ってる」
「そうか。では、気が合うかもしれないね」
*
その夜、ポルフィラはオブシディオンへ、考えていたことを話した。
〈あなたの故郷へ行ったら、弩弓のことを知っている竜に会えないかな〉
黒い竜が頭を上げた。
〈故郷か〉
〈旅に出た竜も、ものすごく年を取ったら戻ってくるって言っていたでしょう。長老たちだけじゃなくて、最近戻った竜なら、今の人間の国を知っているかもしれない〉
オブシディオンは、少し黙った。
遠く、城の塔の上を見ている。
〈私が出てから、一度も戻っておらぬ〉
〈道は覚えている?〉
〈覚えている〉
〈会いたい竜は、いる?〉
大きな目が、彼女へ戻った。
〈私に、外の世界のことを教えた長老がいる。まだ生きているかは、行ってみなければ分からぬが〉
ポルフィラは、その鼻先へ手を置いた。
〈私も、会ってみたい。あなたが生まれた場所も、見てみたいの〉
銀の竜を射た国を知る者が、必ずいるとは限らない。
それでも、あてもなく人間の国を巡るより、外の世界を旅してきた竜に尋ねたかった。
〈人を連れて戻った竜は、いなかったそうだぞ〉
ポルフィラは、手を止めた。
〈……私も行っていい?〉
オブシディオンが顔を寄せた。
温かい息が髪を揺らす。
〈お前を置いて、私だけで行くつもりはない〉
ポルフィラは笑い、黒い鱗へ額を寄せた。
〈じゃあ、決まりね。リャン陛下に返書を届けたら、あなたの故郷へ行こう〉
〈ああ〉
どんな竜たちがいるのだろう。
オブシディオンを知っている長老は、彼が人間を乗せて戻ったら、どんな顔をするだろう。
ポルフィラは顔を上げた。
先ほどまで、行く先を考えると浮かんでいたのは、見えない武器への不安ばかりだった。
今は、会ってみたい竜たちの姿も思い描いていた。




